孤児院のお手伝い ①
孤児院のお手伝いを数日続けて思ったことは、意外とあっちこっち、ガタがきている、ということだった。
室内は綺麗に整えられているし、掃除は行き届いているけれど、孤児院の塀だったり、屋根だったり、庭だったりは、けっこう危ないところが目立った。
ぼろいではなく、破損している。欠けているではなく、落下しそう。
そんな感じで、ちょっと大きな嵐でも来たら、大破しそうなところがあったのは、驚いた。
アルメスさんは、医聖であるのだろうけれど、孤児院の運営は別の人がやっているみたいだ。
シスター、アンネさんにそれとなく聞いたら。
「こちらの修繕をするためのお金をいま工面している、とのことでした。緊急事態も重なっているので、今すぐにというのは無理なお願いですし。それに、大きな事故は起きていませんし」
とのことだった。今のところ起きていないことを心配しても仕方ないのかもしれないけど、事故が起きてからでは遅いのでは?とは言えなかった。
彼女の考えもあれば、経営者の考えもあるだろう。
たとえ、この院にお金を回したくないとしても。僕が、どうこう口を挟むことではない。
僕は、あくまで「お手伝い」を頼まれただけだ。
「子供たちは、どうだ?」
手伝いから宿へと戻ると、必ずアルメスさんからそう聞かれる。
「だいぶ懐いてくれてます」
アルメスさんとは、一日の出来事、子供たちの様子なんかを話すと「そうか」と一言残して、帰っていくのが日課になりつつある。孤児院事態を気にしている、というよりも、子供たちのことを気にしている風なんだよな。
まるで、心配しているみたいな。
「結構、いい奴ではあるんだよ。態度は横柄で、言葉は上から目線だけど、必要なところはしっかり見てるし、あれで気遣いだってできる。戦場に立ってても慌てることもない。医者っつうよりも、戦士、みたいな佇まいなんだよな」
というのが、レンさんから聞いた話。
レンさんもこの数日間、異常繁殖した魔物の討伐に参加している。腕は立つといっていたけれど、どうやら周りの冒険者以上の働きをしているらしい。
「あいつ、すげーな。剣と魔法の混合技とか普通にやってるけど、そう簡単にできるもんじゃねーよ」
とは、カータさんからの話。
完治したといっても、回復したその次の日に討伐に参加して大丈夫ですか?と聞いたら、そんな答えが返ってきた。
どうやら、相当対抗意識を燃やしているらしく、筋力と体力を元に戻すのだと気合を入れていた。
本当に怪我はもう大丈夫のようだ。あれだけお酒を飲んでも、二日酔いもしていなかったから、本当に大丈夫なのだろう。
カータさんがそんな調子だから、さぁくすさん、しゃるねすさん、シーも呆れていた。
心配して損したと、シーは照れながらカータさんに詰め寄っていたけれど、本当は今まで通りのカータさんの姿を見て嬉しかったのだろう。
でも、稽古はお預けになってる。討伐に参加するだけで、疲れ果ててるみたいだし。まだ、無理は禁物だ。いくら、名医が側にいるからと言って、怪我はしてほしくないしね。
だから、孤児院のお手伝いに僕も真剣に取り組もう。
◆
夜が更けたころ、孤児院にようやく帰ることができた。ここの処、王太子府に泊まり込みだったため、本当に久しぶりの帰宅だな。
しばらく帰っていなかったが、私の部屋は綺麗に掃除されていた。どうやら、アンネが気を利かせてくれていたらしい。簡単な夜食もテーブルに置いてあるところを見ると、いつ帰ってきてもいいように整えてくれていたのだろう。
彼女には本当に助けられるな。
「アルメスさま。お帰りなさいませ」
食べた食器の片づけをしていたら、物音で起こしてしまったのだろう。アンネはほっとしたように、頭をさげて出迎えてくれる。
「ああ。ただいま。子供達はどうだ?」
彼女が手早くお茶の準備を済ませる。
元とはいえ、王城で侍女として働いていた時の手際は今でも健在だ。彼女のお茶を飲むと、やっと帰ってきたのだと実感できる。
もう王太子府には泊まり込みはしたくないものだ。無理だろうが。
「ふふ」
「?なんだ?」
「いいえ。子供達はみな元気ですよ。彼にもすっかり懐いております」
私の何が笑いを誘ったのか分からないが、彼女はよどみなく答えてくれた。毎日クウキに確認していることだが、本人の言葉ばかりでは信用ならないからな。
しかし、彼女からも好評価を受けているとは。
「本当か?」
「はい。今日のお昼などは小さい子達を寝かせつけておりましたよ。ぐずる子も居るのに、みな素直に寝入っていました」
にわかには信じられない。ここに居る子たちは皆、魔物との混血児ばかりだ。外見が人である子たちは一人もいない。だからこそ、迫害されるか、売られるかのどちらかだ。混血児たちには、人の街での居場所がない。
そんな子たちを見つけ出し、保護することがこの孤児院の役目だ。
王太子府にも取り付けてある。もし、仮にここから子供たちを攫おうものなら、国に喧嘩を売ることと同義なのだ。
だが、それでも周りからの迫害も、軽蔑の目線も、辛辣な態度も変わることがない。
「子供達はみなクウキさんを慕っています。ルトが、照れながらクウキさんの手伝いをしている姿は微笑ましいかったですね」
それを聞いて、瞠目する。
警戒心が一番強い子だ。私にも唸らずに接してくれるようになるまで、だいぶ時間がかかったのだが。
「そうか。それはよかった」
子供達がここに来てよかったと思えるように、やってきたかいがある。
例え、魔物の血が混じっていようと、人らしく生きていけるように。
聖職者とは本来、弱者を助け、恵みを与えるもののはずが、昨今では見るも無残に退廃している。権力におもねるものが多すぎるのだ。それ程、地位が欲しいのであれば、みな冒険者になって名声でも得ればいいものを。
労せずに、狡猾に、救いの手を伸ばすことなく、金の力を使うぐらいなら、何の為の、地位や名誉なのか。
俺が医聖と呼ばれはじめても、なんら変わらない。
理解を示してくれるものは増えたが、まだまだ先は長いと思い知る。
しかし、あの男がこれほど熱心に子供達の世話を焼くとは。
子供たちにとって、良いことだが。果たして、心の底から親切だけでやっているものか。
アンネが入れてくれた茶を飲みながら、先日出ていったシスターと同じにならなければと、思わずにはいられない。




