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鬼の道中①

淡々と進みます。戦闘シーンがありですが、拙いものなのでグロテスクではありません。そういう、表現が苦手な人でも読めるものです。

 勇者が召喚されて、5日がたった。

 その間、空鬼はこの世界【イシュイ】のことを学んだ。必要最低限であり、あまり詳しい国の事情などは学ばなかったが、生きていく上で必要な知識は理解した。

 

 しかし、必要最低限のただの知識でしかない。今だ空鬼は、教会から外へは出たことがなかったのだ。だから今朝、メイドに手渡された服を見て空鬼は首をかしげた。

 珍しく服装が違ったのだ。

 今まで通り簡素だが、丈の長いフード付きのマントに、丈夫なベストとズボンを渡された。

 不思議に思いメイドに尋ねると、今日は外に出かけるのだとそこで初めて知った。


「今日は、どこに行くのですか?」


 朝食を終え、入ってきたリクシェラに空鬼は聞いた(初日以降は、一人で朝食と夕食を摂っている)。


「隣国ですよ。私達も行きます」


 リクシェラは初日よりもだいぶ打ち解け、接してくれるようになっていた。時々だが、空鬼に笑いかけることもある。

 空鬼もリクシェラとは話をするよう努めていた。距離の開きはどうしようもないが、縮める努力をしてくれる彼女を好ましく思っている。


「隣国に、何をしにいくのですか?」


 リクシェラはいつもの白い巫女装束の上に、灰色のマントを羽織っていた。彼女もまた、旅の恰好をしている。


「実は、この世界にもオニがいます。貴方はそこに行ってはどうかと、陛下が仰ってくれたのです」


 リクシェラは微笑みならが、空鬼に事の次第を話す。

 勇者として召喚したが、彼が勇者になれるはずもない。ならば、仲間のところに行くことが空鬼の幸せになるのではないかと、リクシェラは考えたのだ。

 少しでも、空鬼に今までの生活を、仲間がいる安心感を与えてやりたいと思っての行動だった。


「そうなんですか?この世界にも・・・・」


 空鬼も思うところがあるのか、真剣な顔をしてリクシェラを見る。


「はい。ここより東に行った場所にですが」

「東に」


 そこに、同族がいる。

 もしかしたら、帰る方法があるかもしれない。

 「東」がどれほど先になるのかわからないが、とりあえず身の振り方は決まったと空鬼は気合を入れる。そこに行って、どうなるとも分からないが、生きるための目的が定まった。


 空鬼が気合を入れ、リクシェラが微笑む。

 和やかな雰囲気の中、ハロルドが二人を呼びに来た。


「準備が出来ました」


 リクシェラが先に立ち上がり、空鬼に手を伸ばす。


「さぁ。行きましょう」


 初めて見る、リクシェラの満面の笑顔に空鬼もへらりと笑い返す。


「はい」


 二人はしっかりと手を握り合って、部屋を出た。



 変だとは思った。けれど、リクシェラははにかむように笑っていて、ハロルドもいつも通りだった。


 いつも通りに見えた。


 彼らに関しては、たいして信頼も信用もしていないから、これが裏切りなのかと言われたら、違うと言えるだろう。


 彼らとの間には、裏切られる、裏切るの関係がそもそも成り立っていないのだから。


 だから、これは、成るようにして成ったと言うだけだ。


 「馬車」と呼ばれる、馬に引かせる箱の中に入って一日と半。隣国は2日かければ行ける距離にあるらしい。馬車で近いと聞いていたからそんなものだろう。


 山賊が出るとも聞いた。


 そこが、変だと思ったところ。

 馬車で2日、人の足でも5日かければたどり着けるのに、山賊を野放しにしているものかと。商人や旅人がしょっちゅう狙われていては、誰も寄り付かなくなってしまうのではないだろうか。討伐隊も組まれていないらしいから、隣国との仲が悪いと思ったけど、そうでもないようだ。

 至って、良好だそうだ。

 なら、なおさら変だろう。

 けれど、同じ種族の元に行けるというなら、目を瞑ろう。おかしくても、変でも。二人が僕を騙しているとしても。僕は二人を信じていないのだから、何かあれば僕自身でどうにかすればいい。



 小休憩の時間。

 ハロルドは馬に水を与え、空鬼とリクシェラは馬車の外に出て景色を見ながら話していた。

 些細な話だ。花の名前とか、隣国・ジュンラトの事とか、東大陸の事とか。

 

 街道に人がいない事、とか。


「変ですね」


 リクシェラは、言われて初めて気がついたというように、辺りを見渡した。

 その反応に、空鬼は不安になる。

 安全な場所で暮らし、何も疑う必要がない環境で育ったのだろう。それは、空鬼にとって素晴らしく思えるところもあるが、不安も覚えた。

 守られなければ生きられない者など、空鬼は今まで会ったことがなかった。


「馬車に早めに戻りましょうか」


 空鬼が声をかけて、リクシェラを促す。


「そうですね」


 リクシェラは素直に頷いて、先に馬車に向かった。自衛の手段を持たないリクシェラでは、きっとこれから先の事に怯えてしまうだろう。

 空鬼は一人、広げていた茶器をバスケットに仕舞う。バスケットには、魔法が掛けられ暖かいお茶が飲めるようにお湯を保温してあるのだ。バスケットの扱いは一日目に教えてもらい、もっぱら空鬼がお茶を入れていた。


 空鬼は、片づけを手早く済ませ立ち上がる。不自然ではないように。


 この場で、リクシェラとハロルドとはお別れだ。

 空鬼は気配には敏感だ。

 それが、殺意を放つ者ならばなおさら。

 一日目から見張られていることは気がついていた。だが、何もしてこないようだと放っておいたのだ。それに、ハロルドが彼らと接触していたから、見張りか護衛の者なのだろうと思っていた。

 もっとも、やり取りはリクシェラや空鬼に気付かれないようこっそりとだったが。

 空鬼はハロルドに目を向ける。すぐに目が合い、にっこりと微笑まれた。


 気付いていないと、思われている。


 いや、仕掛けるタイミングまで、ハロルドは知らないのだろう。そのまま、空鬼は足を馬車に向ける。

 馬車とは僅かな距離しかない。開けた場所ということもあり、すぐに戻ることができる。

 だから、足元に矢が突き刺さったことに驚く ―――― 振りをする。


 直ぐに数人の男達が、街道沿いの茂みから出てきた。

 粗末な服を見にまとい、下卑た笑みを浮かべていた。だが、纏う空気で見た目通りでないことが伝わってくる。

 空鬼は馬車に目を向けた。リクシェラが、驚きと戸惑いの表情を浮かべているのが見えた。

 荒れ事をまったく知らないのだろう。


「行ってください!」


 空鬼がわざわざ言わなくても、ハロルドはリクシェラを連れて行くだろう。現に、山賊の服装をする男達は金目のものが乗っているだろう馬車に見向きもせずに、空鬼だけを狙っている。

 だが、声をかけることで早く逃げてくれる。


 リクシェラの腕を掴んで馬車の中に押し込むハロルド。リクシェラは、たいして抵抗することなく馬車の中に倒れ込んだ。まだ、情況が把握出来ていないのだろう。


「潔いじゃねーか」


 盗賊風の男が話しかけてくる。

 数は15人。

 一人を相手にするにしては多い人数だろう。それだけ、空鬼を完全に排除したいことがわかる。誰が何のために、など考える必要もないほどに。


「そうでもないです」


 空鬼は構えをとりながら相手の出方を伺う。

 ここで、刀を取り出す気はない。刀を出すほどでもない。


「まあ、あんたには死んでもらう」


 ありのままの事実を告げる男。一人しか話していないところを見ると、リーダーなのかもしれない。みな服装は違えど、顔を隠すように目元や口元に頭巾やバンダナを巻いている。これでは、区別のつけようがない。

 それもそのはず、もし空鬼に敗れても自分たちから情報が漏れないようにするためだ。


 男たちは空鬼が狼狽えることなく対応していることに、徐々に警戒心を抱く。


 たが、空鬼は現状維持のまま。

 先に動くことはしない。

 焦らずに、じっくりと待つ。


 無手の空鬼に対し、男たちは剣を携えている。抜いてはいないが、抜かれたら厄介なことに変わりはない。だから、焦りは禁物。

 男たちは空鬼を包囲し、徐々に距離を詰めてくる。


 ともに無言。


 無駄な話は、隙を与えることになりかねない。だからこそ、男たちは圧力(プレッシャー)で空鬼を潰しにかかる。

 15人の男たちに囲まれ、武器もない(実際にはあるが)空鬼は中腰の構えを解くことなく、神経を研ぎ澄ませる。


 たかだが、15人。戦場(・・)を知る空鬼してみれば、物足りない数だ。


 空鬼の真後ろにいる男が、剣を抜き放つ。

 躊躇ない一撃。

 背に迫る剣を空鬼は屈んで躱す。

 体を反転させ、がら空きの胴体に潜り込む。すかさず男の顎下を突き上げた。その一撃で、男の意識は永遠に途絶える。脳を揺さぶる一撃ではなく、絶命させたのだ。

 落下する(しにん)から剣を奪う。


 扱ったことはないが、刀と同じ感覚で握る。違和感があるが、構わず反転し剣を振り上げていた二人の男を真一文字に切り裂く。

 それだけで、剣が駄目になった。

 肋骨を無視して、剣を走らせただけで刃こぼれが起きた。質がいいものではないようだ。


 空鬼は早々に見切りをつけて、切り裂いた一人の男が取りこぼした剣を素早く掴む。殴り殺した男がこの時ようやく、地面に跳ねた。

 切り裂いた男を迂回するように、空鬼は右手に向かう。

 戸惑う男たちが目に入る。予期せぬ事態にようやく気付いたのだろう。だが、手遅れだ。目の前にいる男たちを空鬼は切り伏せていく。

 そのまま、街道沿いにある森の中へ逃げ込む。

 その間に、6人の人間を殺した。


 一息に半数に減った盗賊に扮した男たちは、空鬼を追いかけた。

 数は減ったが、仕事を放り出すことはできない。依頼主が依頼主故に、逃げるという選択肢が選べないのだ。それが、彼らの哀れな所だろう。

 このまま逃げていれば、空鬼は彼らを見逃していた。命を狙われたからと言って、恨むような性格をしていない。だが、追ってくるとなれば別だ。


 降りかかる火の粉は、払いのけられる。


 空鬼は森を抜けても、足を止めることなく進む。男たちも追ってくる。

 森を抜けた先は草原だった。ちらほらと、小さな花も咲いている。


 今まさに、血生臭い戦闘が行われようとしている場とは思えないほど平和的だ。

 

 だが、空鬼は駆ける。本来よりも遅く。男たちがぎりぎりで追いつけない程度の速さで走る。男たちが疲れたところを狙う腹積もりなのだろう。しかし、男たちの方に軍配が上がった。


「・・・・・・」


 空鬼が駆けた先は、眼下に川が流れる断崖だった。





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