子守り ②
廊下から小走りしてくる足音が、子供たちの起床を知らせてくれる。駆け足で台所の扉を開けた。開けて、僕を見て、固まった。
「おはようございます」
とりあえず、朝の挨拶をする。
子供たちは固まったままだ。
頭から山羊のような角を生やしている子。
体が薄緑の子。
両腕から鱗が覗いている子。
三人とも女の子だけど、ポカンと僕を見て固まっている。たぶん、十歳ぐらいかな?しばらくそうしていたら、意識を取り戻した子が、他の二人の腕を引いて逃げるように走って行ってしまった。
もしかして、シスターは何も言っていなかったのだろうか?
僕は、鍋が焦げ付いてしまわないよう、ゆっくりかき回しながら、どうしようか迷った。
けれど、廊下の奥から今度は慌ただしい足音が響いてくる。まるで、喧嘩に行くかのような険悪な音だ。もしかして、誤解されたのだろうか?
「おい!」
勢いよく開け放たれた扉の先には、肩を怒らせた男の子が立っていた。上背があり、耳と尻尾を生やしている。お頭さんやキーくんと同じ獣人。おそらく狼だろう。牙も生やしている。
「はい。おはようございます」
狼の少年は朝から怒り心頭らしい。毛を逆なで、牙を剥き、鋭い視線を向けてくる。
「誰だ、おまえ」
唸るような声と共に、一歩前に出てくる。どうやら、先ほどの女の子たちは少年を連れてきたらしい。どういう説明がされたのか、僕を親の仇のように見てくるのはどうしてだろう?
「今日から、この孤児院のお手伝いに来ました。空鬼と申します」
笑ってそう答えると、少年の目がさらに吊り上がる。
「誰がそんなことっ!」
狼少年は最後まで言葉を言えずに、その場でうずくまってしまった。その後ろには、シスター。
「あなたたち失礼ですよ!」
少年の後ろには、シスターが拳をつくって、少年と少女たちにげんこつを繰り出していた。
どうやら相当痛かったらしい。みんな涙目で震えている。
「でも、いきなりだったことは、私も悪かったわ。ごめんなさい。けれど、初対面の人に飛び掛かろうとするのはいけなせん」
シスターはそういって子供達を叱り付けた。
しっかりと面倒を見てるのがわかる。彼女は子供達が好きなのだろう。子供たちも、彼女の言葉に反省したようにしょんぼりとしている。
何はともあれ、子供たちと朝の挨拶を交わすことができた。
あいさつの後、シスターはほかの子供たちを起こしてくる、とのことだった。まだ、全員ではなかったのか。
途中で僕のことを思い出してこっちに来てくれたのだろう。ちょっと、抜けているところがあるみたいだけど。
子供たちは、ぎこちなくではあるけど、朝食の手伝いをしてくれた。僕では、まだ食器の場所は分からなかったから助かった。
どうやら、この孤児院ではみんなが助け合っているのだろう。最初に来た少女三人組は朝食の準備をいつもしているらしい。
狼少年は井戸の水を台所の甕に移すのが朝の仕事だとか。
警戒しつつも、外まで水を汲みに行ってくれた。
僕は少女たちに後は任せて、玄関に向かう。朝来た時に、落ち葉が結構たまっていたから掃き掃除をと思ったんだけど、掃除道具はどこにあるのだろう?
道具を探していると、玄関口に鳥がとまった。
鶏よりも大きい、立派な尾羽を持った鳥。僕の事を数秒だけ見つめて、首に下げていたカゴから手紙を三通取り出して差し出してくる。
「ありがとうございます」
受け取ってお礼を言ったら、一声鳴いて飛び立って行った。賢い鳥だ。
手紙を見ると、なんとなく人の名前が書いてあるのはわかった。けれど、誰宛か分からなかったから、とりあえず、戻って聞いてみよう。
「あ、ちょっといいですか?」
「はい!」
ものすごく驚いた声を出された。しかも、警戒されているのか、引き気味でこっちを見ている。
「手紙が来たんですけど、これはどうしたらいいですか?」
手紙を差し出して見せると、子供たちは、これはシスターに、これは先生にと振り分けてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って、手紙をシスターに持っていこうとすると。
「あ、あの」
か細い声が引き留めてきた。
「はい。なんでしょうか?」
警戒しながらも、僕と打ち解けようとしているのか、勇気をだしたその言葉に、ゆっくりと目線を合わせる。
「あ、さごはん、は、食べますか?」
びくびくしながらも、聞いてきてくれたことに嬉しくなる。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。朝ごはんは食べてきました」
同じ食事をして仲良くなった方がいいのかもしれないけれど、今朝方、一人シスターが出ていったばかりだ。いきなり知らない人が近づいては、この子たちも気疲れしてしまうだろう。
「外の掃除をしたいんですが、道具はどこにありますか?」
「玄関のところに」
「分かりました。ありがとうございます」
お礼を言って、シスターのところに向かう。小さな子たちも起き出していて、布団を片付けているところだった。シスターも一緒だったため、今度は怯えられずに挨拶をすることができた。
けれど、小さな子たちは僕をびくびくしながら見上げていて、しまいには泣き出しそうな子もいた。
それを見て、シスターに手紙を渡し、朝食は済ませていることと、玄関の掃除を簡単にしてくると伝えて子供たちの部屋から出る。
子供たちは、大人の男が怖いのだろう。
慣れるのに時間がかかるかもしれない、と思いながら、もう一度外へ出る。
簡単に周りも見ておこうか。
しかし、子供達とシスターが一人。女性と子供だけではいろいろと不便ではないだろうか。
医聖のアルメスさんがいるとしても、彼は複数の孤児院を持ってると言っていた。ここばかり来られないだろうし。
玄関脇の戸棚から箒を見つけた。落ち葉を掃いて、一か所にまとめる。穴でも掘って、其処に放り込んでおこうかな。
子供たちの声が奥から聞こえてきた。楽しそうな声だった。




