治癒
医聖・アルメスさんを伴い宿まで戻る。
すでに日は落ちていて、通りの明かりは少ない。普通であれば、酒屋が繁盛している時間帯なのだろうけれど、何かおふれでも出ているのか、戻る道中は静かとも言えた。
宿に着き、部屋に入ると一目で容態がわかったのか、ギロリと睨まれ「下がれ」と言われた。
看護師のせーてぃあさんだけ部屋に残して、全員が部屋の外に出た。何も言われなかったけれど、治療をしてくれるのだろう。
見た目と言動は横暴そうだけど、根っこの部分は医者なのだろう。
僕たちはそのまま部屋の外で待っていた。何時まで治療がかかるのかわからないけれど、一人も離れようとはしなかった。
シーは両手を組んで、まるで祈るように扉を見つめていた。
しゃるねすさんは、シーの肩に手を置いて心配そうにしていた。
さぁくすさんの表情は仮面で見えないけれど、唇をかみしめて佇んでいた。
皆が皆、心から祈っている。二人の無事を。
だから、僕もこの場から動かずに、目を閉じる。
どのくらい、たっただろうか?
それとも、それほど時間は経過していないのかもしれない。
扉が開く音と共に、目を開く。
そこには、強面だけれど、瞳に安堵の光を宿した医聖がいた。後ろのせーてぃあさんは涙ぐんでさえいる。
「できるだけのことはした。今は意識はないが明日、明後日には戻るだろう」
その言葉を聞いて、一番に部屋に駆け込むシー、その後に、しゃるねすさん、さぁくすさんが続いた。
他のみなさんは安堵の息を吐きだした。
「二人の傷について、事情を聴きたい」
緩んだ空気に鋭い声が飛んできた。
まるで、尋問するような聞き方だけれど、医聖の言葉はもっともだろう。この街での、魔物大量発生と、キメラが街の近くに現れたことは無関係ではないはずだ。
「ああ。もちろんだ。ことと次第によっては、俺たちも協力したいと考えている」
カイサルさんがそう切り出し、別の部屋で話をしようということになった。もちろん、ギルドの人たちはついていった。僕は新人で、カータさん達が心配だったから残ったけれど。
部屋に入り、穏やかに眠っているカータさんの顔を見る。
血の気がもどり、いつでも起き出しそうな気さえする。もちろん、満足な食事をしていないから、多少やつれているけれど、危機は脱したとみていいだろう。
隣の、団長さんも穏やかな顔をしている。厳ついけれども。
「これで一安心だな」
「はい」
レンさんがそう言って、僕の肩を叩いた。それに、笑って応える。
そう。これで一安心。
明日、もしくは明後日にはきっと起きてくれるだろう。
◆
しばらくカータさん達の回復を喜び、部屋を出た。
医聖にお礼の言葉と謝礼金をとの事だったんだけど。
「つまり、魔物の異常行動ではなく、異常繁殖だと言われるのか?」
「残念ながら」
部屋から漏れ聞こえたのは物騒な言葉だった。
異常繁殖?
しゃるねすさんとさぁくすさんの雰囲気が変わった。シーも体を強張らせている。けれど、このまま部屋に入らずに立ち聞きするわけにもいかず、ノックをして入る。
「一段落した後で悪いが、アテナの暁にも参加してもらうぞ」
「もちろんです。狼の森でも似たような状況でした。あの時は繁殖の手前で討伐出来たのですが」
「ここでは、悪化している。悪化する一方だろう。見つけたときは、繁殖前で数を揃えて討伐したのだ。ただ、完全では無く、数を残したのがまずかったのだろう、気がつけばこの有様だ」
「完全討伐しては、自然のバランスを崩します。当然の判断でしょう。問題は短期間で異常繁殖が立て続けに起きている事だと思います」
「そればかりか、他でも同じ現象が見られる可能性があることだな」
難しいことを話しているのだろう。僕にはよくわからないけど、大変なことになっているようだ。
この状況のなかで治療をしてくれた医聖は、本当に優しく頼もしい人なんだろう。態度は横暴だけど。
「治療はすんだ。代金として討伐に参加してもらうぞ」
お願いではなく、決定事項のようだ。
それ程、切迫しているということだろう。態度と言葉遣いが上から目線なのは、常日頃こんな態度だからだろうなぁ。
「もちろんだ。しかし、治療のお代も払わせてもらう。ギルドとしても捨て置けん」
カイサルさんがそういうと全員が頷いた。討伐と治療は別物だといって、きちんと謝礼金を支払い、討伐にも参加するとのことだ。
異常繁殖の問題解決には人数と武力がいるのだろう。それならば、治療費は別で支払い、討伐はギルドとして参加するべきだと主張するカイサルさん。
カイサルさんのこの様子なら、カータさんと団長さんが起きたらすぐにでも参加すると言いそうだ。
「金はそういらないんだが」
稼いでいるといいたいのか。お金は受けとろうとしない。
「そうだ、金の変わりに一人、孤児院を手伝え」
孤児院?確かに人手が足りていなさそうだったけど。
「先ほどお前達がいた孤児院に、一人手伝いに行ってほしい」
その医聖の言葉に顔を見合わせるギルドのめんばー。どうしたんだろうか?
「行ってほしいと言われても、子供のお守りは、」
カイサルさんが難しそうにつぶやいた。その言葉に男性陣は頷いている。シーやしゃるねすさん、せーてぃあさんも微妙な顔だ。
「看護師なので多少の心得はありますが・・・」
「負傷者の手当が出来るものは欲しい。戦力になる者に抜けられては意味がない。だからといって、少女では孤児院の仕事は負担が大きいだろう」
成るほど。もっともだ。
「じゃあ僕なら手伝えます」
僕が手を挙げると、睨まれた。何故?
「話が聞こえなかったか?戦力は減らしたくない」
「?ああ。僕はまだ駆け出しです。ギルドに登録したのも最近ですし、カータさんに稽古をつけてもらってます。それに、子守の経験は多少ありますよ」
「そうなのか?」
カイサルさんに確認を取られた。基本簡単に他人を信用しない人なんだな。
「そうだ。子守の経験があるのは知らなかったが。まだ新人だ。剣の腕前もここにいる者の中ではシーの次ぐらいじゃないか?」
カイサルさんの言葉は信用出来るのか、わかったと頷いている。
詳しくは明日との事で、今日は孤児院へと戻ると言って帰って行った。




