閑話休題 ④ー2
前回の続きです。10000字ほどありますので、休み休み読んでいただければ幸いです。
子供たちはもうしばらく、話をしてから別れた。ガキ大将の巳之助が先に行き、後から河童の子の水栴が続いた。
どうやら、ここに一度集まってから広場へと行っているらしい。
その後を、大人たちも追う。
ここまで来たら、最後まで見守りたのだろう。元々は、河童の子が人の子に相撲で負ける話を聞き、それを見たくて後を着けたものだが、いつの間にか話は変わっていった。
「この先だ」
藪を抜けた先に広場がある。大人たちは、ちょうどいいと藪の内から子供たちを覗き見る。ここに、子供たちの親がいたら鍬をもって追いかけられることだろう。
「おっ!どうやら始まるらしいぜ」
子供たちが遊んでいたところに、水栴が現れる。
それに気づいた(振りをして)巳之助が声をかけて、相撲をとることになった。どうやら、相撲をやることはすでに子供たちの中では決まりごとのようだ。
巳之助の隣にいた子が相撲の線を引き始める。
子供が棒を使って適当に描くだけだから、いびつになるが広さは申し分ない。ちょっと大きすぎるぐらいだ。
それでも、子供たちは線の外側に集まり楽しそうにはやし立てる。
巳之助と水栴が向き合った。
真剣勝負そのもの。線を引いた子が手に持った棒ではじめ!と宣告する。勢いよく飛び出した水栴に、受けの構えをとる巳之助。
勢いよくぶつかる水栴。巳之助が押されたように後退する。その姿に、子供たちの声が大きくなった。どうやら巳之助を応援しているようだ。ガキ大将といっても、慕われているらしい。
水栴との話を聞いていると、いじめっ子というよりも頼りになる兄貴分といった気質のようだったことを考えると。絶鬼が言ったように、子供ながらに複雑な事情というものがあるのかもしれない。
巳之助が後退をし、線のぎりぎりまで差し掛かる。周りの子供たちが大声を上げる中、二人は線ぎりぎりで力比べをするように留まった。
あわや、巳之助が押し負けるか?と思ったときに、巳之助が水栴の足をひっかけて体制を崩してしまった。水栴はそのまま巳之助のいいように、線の外へと転がされてしまう。
しかも、派手に砂煙が上がった。どうやら、力の加減が出来なかったようだ。
ああー!っと子供たちから声が上がり、巳之助の勝利を先導役の子が言い渡す。
そこに、わっと集まる子供たち。大半が巳之助へ、数人が水栴に。
話に聞いたように、女の子二人が率先して水栴を助け起こしていた。照れながら、水栴は素直に助け起こされている。
しばらく、わいやわいやしっていた子供たちだったが、巳之助が水栴に近づき、手を差し出す。その手に、素直に水栴は【河童の妙薬】を置いた。それを、懐にしまって巳之助は馬鹿にしたように鼻で笑い、また集まりの輪に戻っていく。
そこまで見届けて、大人三人はその場を後にした。
☀
「で?」
「?なに?」
夕食時。飯処の手伝いをしていた時に、絶鬼が唐突に話し出した。昼時よりも繁盛はしないものの、近くにある小さな村から食べにくる者たちがいる。
彼らは大概賃金ではなく、品物持参で食事をしに来る。つまり、食事と酒に対しての物々交換。
疝鬼の飯処にして見れば、彼らが持ってくる食材が明日の商売(料理)になり、今晩の夕食に変わるのだ。しかも、そこらの料亭よりもうまい料理に化けるのだから、品物持参をしてくる者たちは多くいる。
「何って、今日のことだろ。今日の。どう思う?」
「どうって言われても。あれだけじゃ、なんとも。でも、まぁ。事情があるんだろ。人目を避けてコソコソして、人の目の前で茶番を演じるだけの事情が」
「だから、どんな事情があると思う?」
「そんなこと言われても・・・。お前はどう思うんだ」
「俺か?俺としたらさぁ―――――」
絶鬼の話に静かに耳を傾ける空鬼。
話しを聞き終えて、言葉をかみ砕くと、なるほど、そういうこともあるかもしれないと思えてくるから不思議だ。
「だとしたら、それを確かめるためには、あの子らから話を聞かないことには、お前の話が本当かどうかわからないぞ?」
「そうだけどさ。面白くないか?」
ニヤリと笑いながら、絶鬼が話す。
「・・・そう、だな」
面白いとは思うが、面白くないとも思う。
人の子と河童の子だ。所詮、種族が違う。違いすぎる。だが、子供たちにとって其はどれほどの差があるのだろう?
昼間、話をしている姿を見る限りにおいて、お互いを尊敬し合い助け合おうとしていた。
大人たちが考えるような、種族の差は果たして其処にあっただろうか?
空鬼はふるりと頭を振る。それがどうした?関係ないだろ。
「疝鬼に話してみるか?」
関係のない話を振る。絶鬼は空鬼がどんな気持ちになるのか判かっていて、自分の考えを話したのだ。だから、深く追求せずに空鬼からの返答に「応」と答えて、手伝いへと戻っていった。
☀
店の片づけも終え、明日の朝の仕込みも済み、後は寝るだけとなった疝鬼の所に空鬼と絶鬼が訪れた。
絶技が空鬼へとした話を、疝鬼にも聞かせる。
疝鬼は絶鬼の話を聞き終えて、しばらく考え込んだ。
「う~ん。なるほどね。無くはないだろう、けど・・・」
開け放した窓から入り込む、月明りだけを浴びながら、三人は座している。
蝋燭をつけるよりも、淡い月の光ははっきりと三人の姿を照らし出してる。秋の夜空は雲一つなく、月と星の輝きを地上に届けていた。
「まあ、言いたいことはわかるぞ。人の子に対して河童の子がそんなことをするのか?ってことだろ」
「ああ。そうだね。私としては、いい話だと思うけれども、どうしても半信半疑な部分もある。空鬼はその辺りはどう思ってるんだ?」
「・・・僕は、そうであれば、別に」
相も変わらずだねー、と疝鬼は呟いて、腕を組んで「さて」と切り出す。
「私としては、その話が本当かどうか、知りたい。是非ともね。けれど、そうなったら、二人の力を借りることになるんだけれど?」
含みのある言い方をする疝鬼に、空鬼と絶鬼は肩を落とす。疝鬼が言いたいことはよく分かる。彼の悪癖とも取れる癖に毎回二人は犠牲になっているのだから。
でも、今回は、疝鬼が発端になった出来事だ。犠牲になる云われはない。
「・・・・・・・新しい薬の服用は勘弁して下さい」
「一宿一飯のお礼をするってことでは、駄目か?」
どうにか、納得のいく理由を提示する。
一宿一飯の礼。確かにその通りだし、協力を仰いできたのは疝鬼だ。普通なら、納得してもらえることだろう。普通なら。
「(二人用に取っておいた薬を試してほしかったんだけれど。でも、無理に言うともう来なくなるかもしれないしなぁ。今回は、)仕方ない。それでいいよ」
「間が気になる」
ポツリとつぶやいた絶鬼の一言に、同意する空鬼。しかし、問いかければ、聞きたく無い返答が帰ってきそうで、今回も無視することに決める二人だった。
☀
疝鬼との話を終えて、酒を飲みながら、空鬼と絶鬼は何でもない話をしていた。
飯処の二階は住まい屋になっている。隣の部屋で疝鬼が薬の勉強でもしているのか、うっすらと気配がする。
客間、というよりも、ちょっとした物置状態になっている部屋に布団を敷いてもらった二人は、酒を持ち込み、二階の窓から月見をしながら晩食をしていた。
「河童か~。聞きはするが、実際にあったことはなかったなぁ」
「数回見たことはあるけどね。あんなに堂々としている河童も珍しいんじゃないか?」
「そうだな。なんせ子供だ。警戒心が緩い。タチの悪い大人だったら、捕まえて売り飛ばすだろうさ」
「だな。それにしても、仲がいいというか、なんというか」
「子供は怖いもの知らずだ。たぶん、自分たちが大人に見つかって、どんな反応をされるのかすら、判ってないだろうなぁ」
「ああ」
「なぁ。空鬼。お前さ、あの子らの関係をどう思う?」
しれっと、夕飯時の飯処でした話を振る。
あの時は、深くは追及しなかったが、今は二人きりだ。言いにくいことだって、言ってもいい。
どうせ、空鬼は言いたくないことは言わないだろうが、言ってほしいことを伝えることで変わることもある。
少なくとも、絶鬼は変わってほしいと思っている。
「・・・夕方も聞いたな」
少しの間を開けて、空鬼が問うように応える。
夕刻とは違う反応。
それに少し嬉しくなって、絶鬼は距離を詰める。
「おう。聞いた。で?どう思う?」
「はぁー。別に?いいんじゃないか?そう云うのもあって。子供の頃だけだろうしさ。大人になったら、続けられないだろ」
「でもさ。子供の頃の思い出や気持ちが消えることはないぜ」
投げやりに放たれた言葉を、絶鬼は真正面から受け止める。
「それが、どうした・・・・?」
「その頃のことを忘れずに、大切にできてさ。それを自分たちの子供に伝えて、その子たちも同じような時間を、思い出を持てればさ。人だって、なんだ、仲良くじゃねーけど、良好な関係を築いていけんじゃねーの?って俺は、思うんだけれどさ」
絶鬼は空鬼の椀に酒を注ぎながら、何でもない風に話す。実際、何でもない話なのだ。
遠い、未来の話。有り得ないかもしれないし、あるかもしれない。けれども、決して人と妖怪が相いれないとは、決まっていない。そんな話。
けれど、絶鬼の話に空鬼は「ふ~ん」と答えただけだった。
至極つまらなそうに、興味がないように。
冷たい瞳で、
平たい声音で、
頑なな態度で、答えただけだった。
「・・・・・・忘れろってはいわねーよ。言えねーけどさ。・・・まぁ。そんな、ちょっと夢物語みたいな現実がやってきたとして、お前はちゃんと人と向き合えんのかなーって、俺なりに心配してんだけど」
そう、絶鬼が話して、話し終えて。
酒を口元に持っていき、ゆっくりと一口を飲み込んで、一拍。
「ないよ」
静かに、静かに、呟いた。
そんな未来はないのだと、もし仮にあったとしても、「ない」と。
「そうか。まぁ、わかんねーけどさ。いやー、ホントに夢物語みたいな話なんだけどな?」
そう茶化して、絶鬼は別の話へと移る。
空鬼も何の変化も見せず、ふざけるように相槌を打つ。当たり前の、二人の姿。
☀
翌。朝日が昇ると同時に起き、飯処の手伝いをはじめる空鬼と絶鬼。
疝鬼は、料理に専念しながらも、来た客相手に軽口を言い合ったりしている。そんな、彼ら三人が鬼族だとは誰も思ていない。
一人は、無類の戦闘好きとして知られている赤鬼。
一人は、冷酷で無慈悲と知られている青鬼。
一人は、万病万薬を知り尽くしている狂鬼として知られる緑鬼。
そんな、曰く付きの鬼たちと朝の朗らかな挨拶を交わし、うまい飯を食べて仕事に出かける商人や飛脚、村人たち。
清々しい朝の一幕を過ぎると、静かになる。
「うっし。やるか」
客が引いたと同時に、三人は動き出す。昼の仕込みを早々に終えて、空鬼と疝鬼は、ガキ大将・巳之助の家へ。絶鬼は河童・水栴の居る川へと向かう。
人の子と河童の子がどうして、仲良くなり、薬を渡しているのか。ただの純粋な興味本位で暴き立てようとしている、大人げない大人たちだった。
☀
刻は進み、夕刻前。
昨日と同じく、巳之助と水栴はいつもの場所で落ち合っていた。
「おう。巳之助、ちゃんと来たな」
「ああ。来るさ。それより、まだ大丈夫なのか?」
二人はいつもの挨拶を交わす。
「ああ。だいじょうぶだ。みんな、おれにきょうみないし」
水栴は下を向きながら、投げやりに話す。その姿は、大人を信じられずに途方に暮れているように。巳之助には映った。
「そんなことは、ないだろ」
「ふん。おれのことより、お前は大丈夫なのか?よく、なってんのか?」
「・・・たぶん」
巳之助は歯切れ悪く答えた。
自分のことではないから、確信がもてないのだろう。それでも、キッと水栴に向かって胸を張る
「でも、前よりは大分良いみたいなんだ」
「そうか。よかった」
そんな会話をしばらく続けて、二人は別れる。何時ものように、いつも通りに。人目を避けて、人前で演技をする。友達でない振りを、仲の悪い振りを。
そして、しぶしぶ高価な薬を渡す振りをする。
「ちょっと、待ってもらえるかな?」
先に行こうとした、巳之助を止めるように、一人の男が藪から出てきた。
若い男だ。優しそうな風貌に癖のある髪の男。若草色の着流しを着て、通せんぼをするように両手を軽く広げている。
実際に、二人を止めているのだろう。無意味な、二人の幼なさに任せた行動を。
「ごめんね、いきなり出てきて。でも、怪しい者じゃないよ。君たちのほうが怪しいしね。ちょっと、聞きたいことがあるんだ。それを聞けたら、ここを通してあげる」
うふふと笑っているが、自分たちだけしか知らない場所に、いきなり表れた大人を信じるほど不用心ではない。
最大限に警戒しながら、じりじりと後ずさりをする二人。
「・・・・・なんだよ」
巳之助が声をかける。
水栴はきっと眉尻をあげて、親の仇であるかのように睨みつけている。
「そんなに睨まないで。ね?私は、專太郎。この近くで、飯処を開いているものなんだけど。二人は、巳之助くんに、水栴くんだろ?」
二人の名前を言い当てたことで、さらに警戒心をむき出しに睨みつける子供たち。
そうして、二人そろってくるりと背を向け、それぞれ反対の方向へ駆け出した。
「あ!ちょっと!」
駆け出したが、五歩も進まぬうちに、襟首をつかまれ猫の子のように持ち上げられる。
「な!なんだよお前ら!」
「ちくしょ!はなせよ!」
巳之助を空鬼が、水栴を絶鬼が持ち上げながら、疝鬼の近くまで運んできた。
「はいはい。大人しくしてくれたら、離してやるよ」
そう言っても、暴れるのをやめない子供たち。それは、そうだろ。見ず知らずの大人三人が自分たちしか知らない場所に入り込んで、名を呼び、聞きたいことがあるなど、人攫いと見られても仕方がないことだ。
「ちくしょ!何なんだよ!?」
「君の妹のことについて、教えて欲しいことがあるんです」
空鬼の一言で、ぴたりと暴れるのを止める。
どうして知っている?と驚愕の目線を送る巳之助に水栴。
「ごめんね。巳之助くんのお家にお邪魔させてもらったんだよ。妹ちゃん。お鈴ちゃん。目が、見えていないんだね」
疝鬼がすまなそうに二人に声をかけた。
その言葉に、巳之助と水栴は互いを見る。自分たちしか知らないことを、どうして知っているのか? と、はっきり困惑しながらも、どうしたいいか分からずに大人しくするしかなかった。
大人しくなった二人を確認して、空鬼と絶鬼は子供たちを地面に降ろす。
「な、なんで、しってる・・・・?」
巳之助が問いかける。
疝鬼(人での名前は專太郎)は、今日の午後、見聞きしたことを語った。
「聞いたんだよ。川で溺れて、目が見えなくなっちゃったこと。溺れたとき、水栴くんに助けられたってこともね」
疝鬼に続いて絶鬼も午後の出来事を話す。
「俺は、お前の住んでる川に行ってみたんだよ。お前、両親が病気なんだってな。それで、今は別の川に行ってる。まぁ、水流が綺麗な方が体に良いみたいだし。そこで、お前がこっそり薬を持ち出してくることも話してくれたぞ」
「どう、して? はなしたの?」
水栴は河童であることを完璧に隠しきれていると思っていたから、見ず知らずの大人が自分の素性を知り、しかも同族と話をしたことを、にわかには信じられなかった。
しかし、両親のことは巳之助にだって言っていないし、何より薬のこともばれていた。どうしていいか分からずに、狼狽える水栴。
そんな、水栴に絶鬼は身を屈めて、同じ目線になる。
「おう。寂しさのあまり、川を出てることも知ってる。母親がいる川に行こうとしてるんだろ?でも、遠すぎて子供の足じゃいけない。お前もそれを分かってんだろうが。爺さん、心配してるんだぞ?」
「そんなこと、一ことも言ってない」
「言えるかよ。お前は、みんなとは距離置いてるらしいじゃねーか。行くなって頭ごなしに叱れば、お前が反発して無茶をするんじゃないかって、だから強く言えないって話してくれたぞ」
絶鬼の言葉を聞いて、しゅんと項垂れる水栴。恐らく、心当たりがあるのだろう。
水栴も心の底ではわかっていた、興味がないわけじゃないと、話を聞いてくれないわけじゃないと。でも、自分は子供で、両親と離れることはどうしようもないのだと、判ってはいるのだ。
「そこで、話を聞きたいんだ。どうして、二人は仲が悪い振りをして薬を巻き上げる演技をしているのかをね」
子供二人が素直になったのを見計らい、疝鬼は今一度問いかけた。
☀
よく晴れた日だった。
川で魚釣りをしてたんだ。晩のおかずにちょうどいいと思って、でも、鈴が、妹が足を滑らせて川に落ちちゃって。助けようとしたんだ。でも、流れが速くて、呼んでもどこにいるかわからなくて。そしたら、川下で声が聞こえて、そこにいったら、鈴と水栴がいた。
その時は、びっくりした。
水栴。河童の姿のままだったから。
だから、俺は河童に鈴がさらわれたんだって思って、水栴のことを殴ったんだ。
あれは、痛かったぞ。
本当にごめん。でも、そのあと、鈴が水栴に助けられたって話して、ちゃんとお礼も言った。何か、お礼を渡したかったけれど、鈴はずぶ濡れだし、まだ寒かったから、すぐに家に帰ったんだ。風邪ひいたら大変だと思って。
でも・・・・・、鈴は風邪をひいて、それがなかなか治らなくて、食事もとってくれなくて。そしたら、水栴が会いに来てくれたんだ。
しんぱいだったんだ!あの後、ぜんぜん川にこないし。
そこで、鈴が風邪をひいたってことを話たら、魚を取ってきてくれて、煮て食べさせてやったんだ。鈴も喜んでた。
その後、次第に熱は下がったんだけど、目がかゆいって言って、すごくかくようになったんだ。そしたら、だんだん目が見えないって。病気だって思ったけど、家にはお医者に見せる金もないし、薬だって買えない。かあちゃん、とうちゃんも心配してたけど、どうすることもできなくて。
どうしたらいいか分からなかったときに、水栴が。
おれが薬をわたしたんだ。村のみんなが使ってるし、よくきくって聞いたから。
【河童の妙薬】を渡してくれて、でも、家には薬を買える金がないのに、薬が置いてあると怪しまれると思った。そしたら、水栴が、薬屋の息子と相撲をして負かしたから薬をもらったってことにすれば良いって。俺も、それしかないと思った。だから、みんなの前で相撲をして水栴を負かしてから、薬を受け取ったんだ。
薬を目の周りにつけると、少し良くなったって鈴が言うから、量が必要だと思って水栴には悪いけど、負け続けてもらってる。
おれはべつにいいぞ!おれがもっと早くすずを助けられたら、こんなことにならなかったかもしれないし・・・・。
☀
話を聞き終えて、大人三人は「あー」と心の中で唸った。
いい話だ。話だけは、いい話だ。でも、あまりに幼い。拙すぎる。年齢を考えれば仕方ないかもしれないが、【河童の妙薬】で実際に目はよくなることは無い。
おそらく、妹のお鈴は兄に気を使って嘘を言ったのだろう。兄がどうにかして、手に入れてきた薬が効かないなどと言えなかったのだろう。
薬は高級品。
手が出るはずがないと思っているから、尚更、言い出せなかったのではないだろうか。
実際、午後に空鬼と疝鬼は巳之助の家に行っていた。そこには、絶鬼が言ったとおりに(兄妹または親が居るとのことだったが)妹が居たのだ。
そこで、話を聞き、目が見えないことと、見えなくなった原因について話してもらった。しばし、往診した後に、兄・巳之助に薬を渡すと話して家を出てきていたのだ。
だから、ある程度の予想をして、この場に立っているのだが。
それでも、思わずにいられない。なんと幼く、無知なのだろう、と。
「まっ。二人の理由はわかったよ。ありがとう、話してくれて。でも、悪いけれど、あの子の目は【河童の妙薬】では、治らないよ」
「え?でも、鈴は良くなってるって」
「・・・・そうだね。でも、完全には良くならないよ。効能、え~と、効き目が違うからね。そこで、はい。これを使ってみて」
まさか、嘘をついているとは言えずに、八つ橋にくるんで伝える。
巳之助は狼狽えながらも、疝鬼が差し出した小壺を受け取った。
「なんだ?これ?」
鶯色の小壺を振ってみると水音がする。
初めの警戒心はどこへやら、好奇心がのぞく瞳で疝鬼に問いかけた。
「お鈴ちゃんの目を完全に治す薬。昔みたいに、はっきり見えるようになるよ。ちょっと時間はかかると思うけどね」
その言葉を聞いて、驚く巳之助。
薬は高級品。
そんなものを、ぽんと、子供の自分に渡すはずがないと咄嗟に思う。
「え。でも」
何か、裏があるのか? と思うも。もし、本当に妹の目を治す薬なら、ここで返すことは出来ないとも考える。良くも悪くも、素直な子供は拒絶することができず、おろおろとするだけ。
その姿に、うふふと笑いながら疝鬼は両手を振り、何でもないことのように話す。
「まぁまぁ。もらっときなよ。そうしないと、お鈴ちゃんの目はうすぼんやりしか回復しないよ。いいの? それ、飲み薬でね。白湯に溶かして飲ませて。朝・昼・晩ね」
「おい!なにたくらんでんだ!?」
水栴が我慢ならないと声を上げる。
さすが、河童の子。
見ず知らずの人間(本当は鬼だが、子供がわかるような変化を三人はしていない)を信用するなと教えられているのだろう。
疑心たっぷりに睨みつける。
その際、巳之助を背にかぱった所を見るに、企みがあったら飛び掛かると覚悟もあるのだろう。
「別に何も企んでなんかいないよ。でも、そうだね。もしお礼をしくれるのなら、君、魚獲るのは得意だよね? 獲った魚を私の処に持ってきてくれたら、お礼として受け取ってあげるよ?」
ふんわりと優しく微笑んで告げれば、水栴の警戒心は何処へやら。頬を紅くさせて、疝鬼に詰め寄る。
「そ、そんなんでいいのか?」
「それが良いんだよ。その時に、次の薬を水栴くんに渡して巳之助くん家までもっていけばいいでしょ?」
何だかんだで、疝鬼に丸め込まれる水栴。
素直な子供が、悪い大人の餌食になる構図になっている。まぁ、本当に企みもなければ、騙そうともしていないのだが。
空鬼と絶鬼は、疝鬼の気性を知っている分、不気味に映っていた。
それに、疝鬼は何がおかしいのか「うふふ」と笑い続けている。子供が好きでもないくせに。
「あれってさ。俺たちに試そうとしてた薬じゃないよな?」
「たぶん。違うと思う。・・・・思いたい」
そんな会話を交わしながら、目の前で一件落着に収まった様子を見守る。
子供たちを懐柔して、お礼まで言われている疝鬼に、「子供たちよ、そんな大人を信用するべきではない」と心の内で呟きながらやり取りを見つめる。
「でも、これで美味しいイワナがさらに食べられるかもしれない」
「お!それは、いいな~」
☀
「本当にイワナを獲ってこさせてるし」
目の前で、ほくほくと食欲をそそる匂いを漂わせている身の詰まったイワナに箸を着けながら、絶鬼はポツリと零した。
「美味しいだろ?」
「ああ。旨い、旨すぎる!」
「美味しいです」
まんまと、疝鬼の思うつぼな気もするが、彼の絶品料理を前にしては完全降伏するしかない。疝鬼の機嫌を損ねれば、出てくるのは得体の知れない薬を盛られた料理になるのだから。
以前、それこそ味に騙されて完食した後、どえらい目にあったことはまだ記憶に新しい。
性別転換なんぞ、一体どんな使い道があるというのやら。もちろん、激怒した空鬼が疝鬼を殺そうと迫ったのは言うまでもないが。
元に戻るまで、色々と耐えなければならなかった苦難の日々。
もう二度とそんな目に合わないためにも、疝鬼の機嫌がいいことは良き事だ、と納得するしかない。
「それで?お鈴ちゃんの目の具合はどうなんだ?」
あの日から、すでに三日たっている。
つまり、空鬼と絶鬼は六日滞在していることになる。だが別段、急ぐ用事もないとはいえ、二人にしてはのんびりとしすぎていた。
もっとも、収穫期を迎えている秋に、戦火を開く馬鹿な国があるはずもなく。それならば、料理は美味しく、飯処の手伝いをすれば宿代はとらない疝鬼の所は居心地がいいぐらいだ。
「だいぶ良くなってるよ。今じゃ、輪郭は見えるようになってきている。さすが、子供は回復力が高いね~。もうちょっと、時間がかかるかと思ったけれど、年が明ける前には、普通に見えるようになるかな」
うふふと嬉しそうに笑いながらも、自分の薬の効果をはっきりと観察することができて、内心小躍りしていることだろう。
疝鬼は、本当に薬のこととなると見境がなくなる。悪癖なのだ。
新しい良薬が出来れば、人で試してみたくなり。
新しい毒薬が出来れば、鬼で試してみたくなる。
空鬼と絶鬼にとってみれば、良薬を試してほしいところだが、どういうわけが、一度たりともまともな薬を盛られたことが無い。
もっとも、毒を盛られたところで、解毒薬をきちんと用意しているため、大事には至っていない。今のところは、という注釈はつくのだろうが。
副産物としては、毒物に耐性ができたことか。
あらかたの毒では、二人に影響はないほどだ。そして、毒草・毒薬・毒茸にさえも詳しくなった。
疝鬼が喜々として、毒を盛って死にかけている二人に詳細を語って聞かせるのだ。
説明をされながら、やれ、どこが痛むのか、どこが苦しのか、目は見ているか、耳は聞こえているかなど、様々な感想を要求される。応えなければ、解毒薬はもらえない仕様となっている。
引っかからないように気を付けている二人だが、どうにも嘘くさい笑顔の前では、空鬼の勘も鈍るのか、何度がそんな目にあっている。
もちろんその後で、空鬼が疝鬼に切りつけているのだが、反省する気は微塵もない。切られた箇所に喜々として手製の塗り薬で処置をして、傷の経過を見ては改良を加えている有様だ。
もちろん、それを見逃す絶鬼ではなく。改良された塗り薬をいつももらっている。
薬代も馬鹿にならない。
あらゆる毒物・薬物に精通し、尚且つ、的確に使用している緑鬼の考案した薬だ。そこらの薬よりも、よほど効くというもの。それに、人間仕様ではなく、鬼仕様なため、本当によく効く。
「まぁ、良かったじゃんか。子供らの親も喜んでるだろ」
人の子の親も、河童の子の親も。
友人が、妖怪というのは話していないらしいが、それでも「良いこと」だ。
「そんじゃあ。俺らもそろそろ行くかね」
「そうだな。いい骨休めになった」
食べ終わった食器を前にして、手を合わせる空鬼・絶鬼。
衣装はすっかり、旅装飾になっていた。
「そりゃあ、よかった。またいつでも来るといいよ」
そんな二人に、にっこりと笑い疝鬼は手を振る。
気のいい友人たちが、また来てくれるようにと薬を渡し、怪我がないようにと言い含めて送り出す。
麗らかな、秋の午後の出来事。




