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偽りの中で

話が少しだけ進みます。

王様が腹黒です。

 神話の話が終わる頃には、日は陰っていた。

 昼食を摂ることなく壁画を見終わってからも話していたのだ。日も落ちるだろう。それに不満はなく、空腹もないが、夕食前にお茶を飲むのことに、空鬼は変だと思った。


 今日一日で多くの話を聞いた。

 この世界の常識的なことを。ただそれは、神話の話を基本にされたものであり、今世界における現状という話は一切聞いていない。ただ単に、明日に持越しだということだろうか。

 それを問おうにも、聞けずにいる空鬼だ。


 ---勇者なんていらないんじゃないか?


 そう思った。

 今、魔王は生きている。過去、倒された訳でもない。ならそれで、いいじゃないか。

 魔王が生きていても世界は回り続けているのなら、別に今のままで、現状のままでいいのではないだろうか。


 空鬼はそう思った。


 人々が何を騒いでいるのか、空鬼には分からない。話を聞いても、それは「人の言葉」であり「人が思っていること」でしかない。

 空鬼には関係がないのだ。一切。

 勇者として召喚されたとしても、空鬼には勇者の資格はない。それなのに、勇者とは何かを話すハロルド。リクシェラは補助的なことしか言わなかった。空鬼に必要以上に接しようとしないから、事務的な話し方になっている。それを見ても、空鬼は特に態度を変えたりはしなかった。


 ただ、やっぱり、と思うだけだ。


 ハロルドの対応も、リクシェラの反応も、空鬼にとって「この世界では、そうなんだな」ぐらいの認識だ。

 二人を観察して今後、空鬼はこの世界の「人」がどういったものなのか、その物差しとしていくだろう。昨日と今日、この世界の人間はリクシェラとハロルドとしか話してないのだ。この二人が、常識だと空鬼の中では、すでに決定している。


「これくらいかな」

「そうですね。また、明日にでも話しましょう」


 そういって、労いの言葉もそこそこに二人は退出するため席を立つ。

 スフェルの巫女が一日中付き添って、説明をしたことがどれほど貴重なことか空鬼にはわからないが、一日中自分に親切にしてくれたことは理解している。

 引き留めてまで、気になることを聞こうとはしなかった。


「今日はありがとうございました。では、また明日」


 へらりと笑って、二人を見送る。二人も、微笑して退室した。

 閉まる扉を見届けて、ふっと息を吐く。


「いつまで、居ればいいんだろう」


 不安はあった。答えられないと聞いたとき、なんとなく感じてはいた。

 戸惑った視線が、罪悪感という名の悲哀に変わった時、確信していたのかもしれない。


 ―――?なら、何時ですか?


 この世界に落ちてきた日、二人に質問した答えを、まだ聞いていない。



 早朝。

 昨日は一睡も出来なかったが、流石に疲れていたのか、空鬼はベットの端に寄りかかり眠っていた。


「・・・・・」


 朝日が昇るとともに、微動だにすることなく空鬼は目を開ける。

 深く眠っていたわけではないようだ。

 何度が瞬きをし、ベットから降りる。服装はそのまま、着替えることなく夕食後、ランプも点けずずっと同じ体勢でいたのだ。

 ベットから降りて寝室の奥にある扉を開ける。バスルームだ。

 空鬼にとって見たこともないものが幾つか置かれているが、服を脱いで浴室へと入る。

 浴室の中はシンプルだった。

 体を浸す湯槽に緑色の石。それだけ。

 空鬼は体を流す桶を探すが見当たらす、気が引けながらも湯槽に浸かった。


 心地いい温度に頭の中が痺れる感覚が襲う。


「はぁー」


 無意識に声を出して、天を仰いだ。


 見慣れない石の天井だった。

 部屋もそうだが、風呂場も白で統一されている。

 目をつぶって束の間、異世界のことを考えるのを止めた。


 自分の呼吸音と心臓の音に耳を傾ける。


 暫くそうして過ごした。



 時間は少し遡り。

 空鬼の部屋を退室したハロルドとリクシェラは、夕食を食べる前にある場所へと向かっていた。


 夕食を空鬼の部屋で摂ることなく向かった先は、王城の執務室。

 辺りは閑散としているが、二人は忍ぶように進んでいく。


 教会と王城は同じ敷地内にあるため、さほどかからず到着した。

 ハロルドが声をかけ、入室の許可を得る。

 入った先には、王が一人ソファーに座っていた。


「わざわざご苦労」

「勿体ない御言葉です、陛下」


 王の許しを得て、リクシェラがソファーに座る。ハロルドは、リクシェラの後ろに控えた。


「さて。早速本題に入るが、オニの様子はどうだ?」


 王の言葉に、リクシェラが応える。


「私たちに従順です。特に話は真剣に聞き、分からなければ、質問もしてきます。今日は神話の話をし、勇者について説きました」


 説明のほとんどはハロルドが行ったが、王への報告はスフェルの巫女としてリクシェラが行うのが道理だろう。例え、空鬼に罪悪感を抱いているとしても。


「粗野ではないと?」


 王は、意外だと言いたげに目を見開いた。


「はい。終始穏やかに笑っていました。言動、態度共に穏やかな印象を受けました」

「そうか」

「明日は、この世界の現状について説明するつもりです」

「ああ」


 そう言ったきり、王は考え込むように黙る。

 オニとは元来、粗野で乱暴であるものだ。血の気が多く、戦いに秀でた種族であるがゆえに、常に戦いを求めている者が多い。それなのに、勇者として間違って召喚されたオニは「穏やか」なのだ。

 ―――――世界が違うからだろう。

 王はそう一人で結論を出すが、どうにも、ズレがありすぎると感じていた。


 世界が違う。

 

 その理由だけで片付けていいものか。

 曲がりなりにも、【勇者】として召喚されたものなのだ。野放しにしていいものではない。これ(・・)は、国の失態でもあるのだから。


「あの、陛下」


 考え込む王に、リクシェラは静かに声をかけた。


「なんだ?」


 王は即座に返す。


「彼はどうなるのでしょう?」


 下げていた目線をリクシェラに向ける。

 スフェルの巫女が言った言葉が、にわかに信じられなかったのだ。


 傀儡として作り上げた巫女。


 長い時をかけて、教会の理想を体現した少女の思考を皇国よりに変えたのだ。少女自身にも気づかれず。

 それなのに、皇国の汚点である【オニ】の召喚に彼女が気に掛けることなどないのだ。利用できないモノは排斥すべきだ、と言うのが彼女の役割だ。

 巫女が見切れば、オニはそれまで。

 教会にも居場所がなくなるだろう。それなのに、目の前のスフェルの巫女、リクシェラは毅然とイェサエル皇国の王を見つめている。


「ああ、そうだな。二人には早めに言っておこう。早ければ二日後、オニは隣国へと移す。決まり次第連絡しよう」

「隣国へと移すのですか?」


 王の言葉に、リクシェラは身を乗り出す。


「ああ。最終的には東大陸へと行ってもらう」


 東外陸、コンコワナ大陸と隣接するもう一つの大陸。

 そこには東大陸、唯一の国がある“四季国”がある。


 正式名を伸月(しんげつ)大陸。


 コンコワナ大陸の住民は皆「東大陸」との別名で呼んでいるのだ。

 伸月大陸にある、唯一の国“四季国”の文字を習っているものならば、大陸の形が容易にわかるだろう。半月が縦に長く伸びた形をした大陸だ。そこには、空鬼と同じオニ族が住んでいる。


「東に。オニが暮らす地に彼を?」


 そこにしか、オニは住んでいない。戦いを好む彼らが住んでいる場所は、東大陸に限られているのだ。


「そちらの方がいいだろ」


 王は穏やかにスフェルの巫女に笑いかける。

 怜悧な美貌で微笑む王にリクシェラは頬を赤く染めて、俯くように頭を下げた。


「はい。陛下」



 日が沈み、月と星が夜空を飾っている。

 深夜を周り、誰もが寝静まる時間において、執務室にはまだ明かりが灯されていた。薄い月明かりと、密かな蝋燭の光が辛うじて部屋の中の二人を照らしている。


「ハロルドすまないな、改めて呼び出してしまって」


 王は、隣に佇む聖騎士を見上げる。


「いいえ。陛下の御呼びならば」


 ハロルドの言葉に、王は密かに笑った。


「お前は教会の騎士だろ。ならば、忠誠を誓うのは神だろうに」


 ハロルドも王の言葉に苦笑いを零す。


「そうですね、では、そのように」


 姿勢を正したままだが、聖騎士であるハロルドが神ではなく、イェサエル皇国の王に忠誠を誓っていることは薄闇の中にいてもわかるだろう。


 ハロルドは聖騎士の礼ではなく、皇国の騎士の礼を取っているのだから。


「オニの件だが」


 王は、ハロルドの態度を気にすることなく話を進める。


「はい、東大陸に移すのですよね。それに、我々も同行するのでしょうか」


 疑問ではなく、確認。

 夕刻の話を聞いた時点で、ハロルドには王の考えが読めていた。だから、呼び出しにも素早く応じられたのだ。


「お前は話が早い。だが」


 ハロルドの態度に、王は多くの言葉はいらないことを理解した。

 だが、幾つかの思い違いを見つけて、にやりと口元を持ち上げる。


「違う」


 この言葉にハロルドは姿勢も表情も動かすことなく、次の言葉を待つ。


「聖騎士ハロルドとスフェルの巫女リクシェラが同行するのは、国境までだ」


 にやりと笑ったままで、王は話を続ける。


「国境まで、ですか?」


「ああ。我が国と隣国の国境まで同行し、オニは置いて隣国には二人で入れ」


「分かりました」


 くくっと笑い。王は足を組む。


「本当に話が早くて助かるよ。私も嫌なことをわざわざ口に出さなくて済む」


「光栄です陛下。ただ、具体的な場所を教えもらいませんか?ただの山賊も出ますので、用心のために」


「ああ。おおよそ森の中間、どちらかと言えば、隣国に近しい場所だろう。お前の言う通りただの山賊も後少しでたどり着ける距離で、気を抜いた旅人や商人を襲うからな」


「御意に」


「お前たちにも手を出すかもしれん。でなくば、格好が付かんからな。その時は、早く逃げた方がいいだろ」


「解りました。私一人では、数が多い山賊を相手にするのは荷が重いですから」


「頼むぞ。しっかりと巫女を守ってくれ。神興国に付け入る隙を与えてしまう。いや、此処は示しがつかないと言うべきか」


 王はくくくっと、楽しそうに笑う。

 スフィラの巫女を失ってうろたえるだろう教会を見るのも楽しいかもしれないと、小さく口に出しながら。

 聖騎士の前だというのに。


 ハロルドはというと、終始微笑みながら王に応えていた。


 まるで、その姿は王を守る近衛のようだ。






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