予想外の帰還
少しだけグロテスクな表現があります。
ニニナさんに付ていった先は、三角屋根の大きな建物。ここは?と尋ねたら、教会だと言われた。
もう辺りは暗くて、教会にも必要最低限の明かりしかない。近づいて行くと、鉄錆の臭いが鼻についた。
近づくまで暗くてわからなかったけれど、その教会には、複数の怪我人がいた。
教会の外にいる人たちは腕や足、顔に血の跡がある。みな憔悴しているのか、僕たちが近づいても反応らしい反応はしなかった。
彼らの近くで、白い服にを着た女性たちが治療にあたっているようだ。
「こいつらは?」
ぶろっとるさんがニニナさんに聞いていた。僕は、この状況に少し深呼吸を繰り返す。
「・・・・・依頼で魔物討伐を受けた人たちよ。こっち」
依頼、魔物討伐。
この単語でここに誰がいるのか分かった。
教会の中に入り、一番近い扉を開けるニニナさん。外よりも、一段と濃い臭い。
「こりゃ・・・・」
ぶろっとるさんが声を上げると、しゃるねすさんが振り返る。血に塗れた装い、瞳には涙の幕。
「シャルネス!ごめん!遅くなったわ」
「いいえ。ありがとう。それより・・・・・・空鬼?どうして?」
「私が連れて来たの。早く!」
「そうね」
そういってシャルネスさんは、カータさんの傍らに座り込む。
そう。カータさんの傍ら。怪我をしていたのはカータさん。それも、重傷だ。
「大丈夫。大丈夫よ」
そうだろうか?
左腕は包帯を血で真っ赤に染めて、顔色は最悪で、汗が酷い。そして、何より。
右わき腹が抉られていた。
包帯の上からでもはっきりとわかる。
止血が虚しくなるほどに染まった真っ赤な包帯。その下で時折、脈打つように動いているのはおそらく内臓だろう。
よく呼吸をしている。どう見ても、重体の重傷で。助かる見込みは少ないんじゃないかな?でも、ニニナさんから渡された小瓶から一滴、雫を落とす。
はちみつ色の温かな雫。
【木漏れ日の一滴】
どんな効果があるかわらないけれど、これでカータさんは助かるのだろうか?
そう思っていると、はちみつ色の一滴はカータさんの傷口全体に広がるように輝きだす。目を瞑るような激しい光ではなくて、木漏れ日のように優しい光。
目に見える変化はそれだけ。
傷が癒えたかどうかは、包帯をどかさないとわからないが、先ほどよりも明らかにカータさんの顔色がよくなった。
「ごめんなさい。ブロットルさん。お父さんにも貸してもらえないかしら」
「ああ。もってけ」
「ありがとうございます!」
腕にはよかったのかな。そう思って、ぶろっとるさんに聞いてみると。
「ありゃー。何度も使うと逆効果になる。傷が癒える代わりに、体力を持ってかれるからな。ここまで重体なら一番ひどい傷を治すだけでやめておかないと、怪我が治っても、命が無くなる」
あまり多用できないのか。なら、腕の怪我は自力で直さないといけないということだ。
「あの。ニニナさん。他の方は?」
しゃるねすさんは無事だった。でも、カータさんはこの状態。なら、さぁくすさんとシーは?
「シーは無事よ。サァクスも。だけど、サァクスは魔法の使い過ぎで、今はまだ安静が必要ね」
とにかく、全員助かっている。
そのことが分かっただけでも、肩から力が抜けた。
「・・・・・なにが、あったんだ。こいつらは、腕利きだ。それを、ここまで」
ぶろっとるさんは唖然とカータさんを見ている。
知り合いが、それも古くからの知人が重症なのだ。何があったのか、知りたいのは当然だろう。けれど、ニニナさんは首を横に振る。
「私も、詳しい話は聞いてないの」
「魔物の討伐依頼といったな?その対象の魔物は?」
「それは、」
おそらく、言えないと続けようとしたのだろう。僕はそこに、被せるようにぶろっとるさんに答えを返す。
「キメラです」
「ちょっと!?」
「キメラ?キメラだと?ここで?この街でか?」
「はい。コーラスの森です」
「待って!秘匿事項よ!そう簡単に話していいものじゃないわ。おじいちゃん。この話は忘れて。いいえ。絶対に他に話さないで。お願い」
「分かっている。話した瞬間にパニックだ」
「ありがとう。ごめんね」
そういった後、ニニナさんにはキっと睨まれた。でも、僕が言わなかったらぶろっとるさんは他の人にも聞いて回りそうだと思ったんだ。それなら、遅いか早いかの違いだろう。
「それはそうと。ヴィシェスも重体か・・・・・」
「ええ。カータの方が酷いけれど、彼も重傷。シーが落ち込んでいるわ」
「だろうな。ふぅー」
「ごめんね。なんか、巻き込んでるよね」
「そういうな。気にすることなんか何もね」
孫とおじいちゃんだな。
落ち込むニニナさんをぶろっとるさんが慰めている光景を見ると、身長差とか種族の違いとか気にならない。
でも、ぶろっとるさんがおじちいちゃん。なんか、しっくりくるような気がする。昔気質で無愛想。うん。おじいちゃんだ。
僕はそっと二人の傍を離れる。ここにいても、やることはないだろう。カータさんはきっとニニナさんが見てくれるだろうし。シーとさぁくすさんを見つけたいな。
外で見た限りだけど、大きな外見に見合わず中はこじんまりしている。けれど、部屋数はある。人一人寝れるだけの部屋だからそれほど大きくない。
その一つ一つを“のっく”を忘れずに開けていく。僕は、教会と聞いてりくしらが言っていたことを思い出していた。教会にはシスター(修道女)がいて、クレリック(牧師)がいると聞いていた。
この世界の宗教は―――、なんだったけ?
とにかく、光が神様で闇が魔王とか。そんな感じの宗教だった。聖騎士とかは神興国にいるとか、いないとか。そこらへんは、あまり興味がなかったのでうろ覚えだ。
五つ目の部屋に来たとき、
「くうき?」
そこに涙を流しているシーがいた。
どうしたんですか?と聞こうとして、やめた。
それは、一人の男性の手を握り締めて泣いているからだ。シーにとって大切な人なんだろう。それなのに、無神経に詮索するのは野暮だろう。
「くうきぃ」
僕の名前を呼びながらまたぽろぽろと涙を流す。シー自身もどうしていいかわからないんだ。
感情の波にのまれて、自分の状態をまともに考えられない。
そんな時どうしていいか分からないから、近くにいる知人に助けを求めるように泣く。
でも、泣かれても僕ではどうしようもない。
近づいてそっと頭をなでる。慰めの言葉なんて今のシーには辛いだけだろうから。シーは顔を伏せて嗚咽を漏らす。
僕は臥せっている男の人を見た。がっしりした体格、カータさん以上に筋肉質でたぶん身長も高い。顔もどことなく見覚えがある。
そう、確か、シーと一緒に居た、いや、シーの隣に立っていた、街の自警団の団長。そういえば、父親のようにシーのことを心配していた。
でも、実の親子にしてはシーは遠慮していたし。雰囲気も顔のつくりも違い過ぎる。
「空鬼?何しているの?」
「しゃるねすさん」
しゃるねすさんが、水が入った桶をもって入ってきた。桶と言っても、木ではなく金属で出来ている。
「ねぇさん・・・・・」
僕の声で、しゃるねすさんが来たことが分かったのか、シーは顔を上げた。
けれど、言葉が出ないのか、しゃくりあげるように泣くだけ。その姿を見て、僕はしゃるねすさんに場所を譲る。しゃるねすさんはシーの隣に来て、肩をさすって話しかける。
「シー。大丈夫よ。さっき、【木漏れ日の一滴」を使ったの見たでしょ?回復するわ。きっと」
「でも、でもっ」
「大丈夫。きっと大丈夫よ。カータもサァクスも」
「うぇ」
きっと、僕よりも彼女の方がシーを慰めることができるだろ。
また、そっと部屋を出る。
それにしても、しゃるねすさんが言っていた「お父さんにも貸してもらえないかしら」は、あの人の事でいいんだよな?
あの、いかつい自警団団長が美人なしゃるねすさんの「お父さん」。
・・・・・本当の、親子なんだろうか?




