精霊の日 ③
ブックマークが増えていました。嬉しいです!頑張ります!
今日一日楽しかった。良い一日だった。こっちの世界へきて初めて、こんなに楽しいと感じた。これからは、こういったことを見つけていかないといけないな。
そうすれば、少なくとも平静でいられる。穏やかでいられるだろう。
うーん。けれど、聖霊の日が月に一度しかないことが残念だ。こういったことが、毎週あればいいのに。ああ、でも、月に一度だから特別な日って感じがするのかもしれない。
みんなさんへのお土産はもっと買うべきだったかな? でも、日持ちがしないものばかりだし。それに、たぶん肉の方が喜ばれるだろうな。
ああ、でもシーやしゃるねすさんには喜んでもらえそうだ。
今日のキメラ討伐はどうなっただろ。あまり、騒がしい気配は感じなかったから、大丈夫だったんだろうな。
日もだいぶ落ちてきたことだし、もう宿に戻っているだろうか?
そう思って、のんびりと宿への帰ろ道を歩いていると、見覚えのある人影が。
「?」
あれは、メアリーさん?と男の人かな、どうしたんだろ?
今日はでるすさんのお店はお休みなのに(精霊の日だから)、どうして店の前に居るんだろう。不思議に思いながらも、近づいて行くとメアリーさんの声が響いた。
「私は行かないと言ってるでしょ!」
「それでは、世界が滅んでしまいます」
「そんなこと・・・・。人違いよ。私じゃない!」
「いいえ。間違えていません。貴方は聖女なのです」
「どうしてそういえるの? 私の両親は普通の下級貴族よ? 貧乏でも、貧層でも、私は優しい両親から生まれたわ。そんな私が聖女?そんなはずない!」
「聖女は生まれに縛られません。神の生まれ変わり、それが貴女です」
「信じられません!そんな話。仮に信じたとしても、私は家族を見捨てられない」
「あなたが我々の庇護下に入れば、御両親、また兄弟、姉妹は今よりも健康的な暮らしができます」
「大きなお世話よ!」
「左様ですが。しかし、大きな借金がお有りですね? 妹君は体が弱いとか。兄君は遠方へ出稼ぎをして、姉君は嫁ぎ先から離縁され母君の面倒にかかりっきりで自由がない。弟君も望む勉強ができていないのでしょ? 貴女が教会の庇護下に入れば、それはすべて解消します。お約束します」
「そ、そんなこと・・・・・」
「ご家族を本当に想われるのならば、何を迷われます」
「わ、たし、は」
「こんにちはメアリーさん。今日は奇遇ですね」
「くうき、さん?」
「はい。どうしたんですか?」
僕は二人の間にのんびりと割って入った。
メアリーさんが驚いたように目を見開いている。そしてもう一人、裾が長い上等な白い服を着た男が、怪訝そうに僕を見てくる。
鋭い鳶色の瞳に、赤茶けた髪。
路地裏にいるゴロツキもきっと彼の一睨みで退散する眼光が、ひたりと僕を観察してくる。
でも、その目線にかまわずメアリーさんにへらりと笑って見せる。
「え?いえ、別に・・・」
よほど緊張していたのか、顔から血の気が引いていて青白い。大丈夫だろうか?
メアリーさんを少し休ませるためにも、男の方から先に対処した方がいいかな。僕は、目線をあえてゆっくりと、男の鋭すぎる目に合わせる。
「そうですか。はじめまして、こんにちは」
「ああ。聞いていましたか?」
僕のあいさつに素っ気なく返して、男は切り返してくる。あまり、世間話をしてくれる雰囲気ではないかぁ。時間を少し稼ぎたいんだけどな。
「何をです?」
一言をいつもよりもゆっくり話す。目は逸らさないまま。
僕自身を観察させないためにも、相手の目線は固定させておかないといけない。手の動きや、足の動きを捉えられて次の動きを阻害されたらたまらない。僕も見ていれば、彼も見ざるえない。目を離した隙が、隙となる。
「・・・・・・・いいえ。聞かれていないのなら、構いません」
僕の考えを読みとられた。彼の目に、警戒の色が浮かぶ。
まずいな。警戒されると、メアリーさんを逃がせないんだけれど。う~ん。ここは、ちょっと変化球で行くか。話術は青鬼の方が特になんだけれどな。
「そうですか。メアリーさん夕食は済みましたか?」
「え。まだ、ですけど」
「では、せっかくですから僕と夕食はいかかでしょう?」
僕は男から目線をはずして、メアリーさんに唐突な話題を振る。そんなことをいきなり聞かれても、戸惑うだろう。メアリーさんは女性だし、僕相手でも警戒するのはいいことだ。
でも、どうやら断るのは僕に失礼だと考えているのか、はっきりと言えないようで下を向いてしまった。
「わ、私。その」
「予定がありますか?」
あえて逃げ道を提示する。メアリーさんと話すときも、ゆっくりと、彼女を落ち着かせるように、一言一言をはっきりと告げる。
しばらくすると、冷静になってきたのか、顔を上げて申し訳なさそうな顔になる。
「いいえ。そんなことは、家で家族が待っているので」
「そうでしたか。ああ。それなら、これどうぞ」
僕は今日買った、くっきーをメアリーさんに渡す。
「え?ええ!?いいです!貰えません!」
「遠慮しなくていいですよ。買い過ぎてしまったので、どうやって食べようか迷っていたんです。もしよろしければ、貰ってやってください」
嘘だ。本当は、今日買ったくっきー全部。
「あ。でも、」
「僕を助けると思って」
「あ、ありがとう、ございます」
「いいえ。どういたしまして。早く帰ってご家族と食べてくださいね」
そう言って、僕はメアリーさんの背中をそっと押す。
押されて一歩、メアリーさんが進む。そこにすかさず、僕は体を滑り込ませた。
「では、また明日。お店で」
そういって、強引に別れの挨拶を済ませて手を振る。
そうすれば、ここに留まる理由もなくて、彼女は小走りに去って行った。
「邪魔をしてくれましたね」
メアリーさんを逃したことを、どうやら男は不愉快に思っているのか声に棘がある。でも、感情を押し殺されるよりも、分かりやすくて対処の仕様もある。
「邪魔?お話は済んでいたのでは?」
ゆっくりと振り返って、今度はいつも通りの速さでしゃべる。
目線はひたりと合わせて。
「・・・・・・・・どこまで聞きましたか?」
僕の態度をどう思ったのか、男から先ほどの険が取れて、冷静さが顔を覗かせている。頭の回転が恐ろしく早い。
僕は苦手だ。
「僕は、何も聞いてませんよ?どんな話をされていたんです?」
「質問をしているのは私です」
「では、答えます。何も聞いていません」
早々に話を切り上げたくて、わざと挑発するようなことを言う。そうすれば、こういった手合いは引いてくるだんけれど。
「・・・・・・」
どうやら、考え込ませてしまったようだ。
考えてもらっている所悪いけれど、さっきの話を聞いて僕が分かることはない。聖女とか、世界の事とか。そんなこと、僕には関係ないんだから。
「今日の予定は終わりましたか?もし時間があるようでしたら、夕食でもご一緒にいかかです?さっき、メアリーさんには振られてしまいましたから」
「・・・・・・・・・・・・・・仕事がありますので」
僕を見る目つきが、少し鋭くなる。彼が何を考えているかまるわかりだ。
僕のことを怪しんでいるが、ただ仕事仲間だからと助けただけだろう。もう邪魔はしないだろうと。
「では」
そう一言残して彼も去っていく。
あーあ。せっかくレンさんに気分よくしてもらったのに。
カータさんたちまだ森にいるかなぁ。
メアリーさんの素性が少し、どころがほとんど明らかになりました。彼女も今後とも出てくるキャラに。




