人の常識
この世界の成り立ち、といいますか、ただの神話語りです。勇者がでてきますが、この今回限りだと思います。
人の世界の常識を知ってもらえばいいとおもいます。
---どうせ、ここでも分かり合えない。
だけれど、ここで僕は生きていかなければならない。だから、知識は必要だ。生きていくためにも、騙されないためにも。
二人が敵でないことは分かる。けれど、味方になってはくれないだろう。
溝が在ることは、当たり前だ。
魔物が跋扈している世界なら当たり前。だから、人に味方することは出来ない。僕は鬼だから。それは、変えられない。
僕はここの世界では余所者で、放浪者なのだ。
だからこそ、知らなければいけない。
◆
朝食が終わり、それぞれがお茶を飲み終えて席を立った。
そのまま案内のため部屋を出る。その直前にハロルドが空鬼に向き直った。
「いきなりで悪いが、角は隠せるかな?」
ハロルドは空鬼の額にある二本の雄々しい角をみやる。天に向かい伸びる角は、優し気な空鬼の風貌と合わさればそう怖くもないが、周りの人間には威圧的で獰猛に映る。
気が弱いものならばそそくさと逃げ去るだろう。
赤く、紅い二本の角。コンコワナ大陸では珍しい種族・オニの証。
「出来ますよ」
空鬼はハロルドの意図を読んだのか、笑顔で応えた。
さっそく左右の角を手で軽く押さえ付ける。それだけで、角はするすると額に沈みこむように消えていった。これには、ハロルドとリクシェラが目を見張る。
「これで良いですか?」
へらりと笑って二人を見た。
そこには、垂れ目がちに頼りない笑顔をみせる赤髪の成年がいた。
「凄いな」
「人みたいです」
ハロルドは素直に感心し、リクシェラは目をぱちぱちさせて驚いている。そんな二人に、不思議そうに首をかしげる空鬼。元の世界では、人間の姿を取れなければ一人前とは認められなかったのだ。人に化けてこそ、人の町に出ていくことができた。
「そうなんですか?」
空鬼の大したことをやったわけではない、といいたげな顔を見てハロルドは苦笑いをこぼす。この世界では、獣人や魔族でも完全に人の姿を取ることができないのだ。そのことを伝えることなく、ハロルドは扉を開け外へと出る。
「じゃあ、案内していこう」
◆
綺麗な中庭から始まり、聖獣スフェルを模った彫像の前に来る。白い彫像だ。三メイトあるだろう。
二つの頭を持つ、美しい鳥が堂々と鎮座していた。
「この世界は、創造神アーステナー様が造られた。それゆえ豊かな大地があり、水があり、風がある。アーステナー様の側には三体の聖獣が居て、その一体がこの国が祀っている聖獣だ」
聖獣スフェルの像より奥へと進むと、美しい女性の彫像があった。創造神アーステナーだろう。髪が風にたなびくように美しい波をうち、纏う衣装は簡素であり、優しげな風貌が人々を見守るように下を向いている。
「しかし、アーステナー様は世界をお造りした後、深い眠りに入った。世界を造るのには大きな力、そして永い時間が必要だったからだ。その為、力が回復するまで、聖獣たちにこの世界の平和を託した」
創造神が置かれている場所は、高い天井に磨きこまれた窓があり、そこから柔らかな光を投げかけている。光は辺りに、静かな静寂を与えていた。
拝礼する人々がいるが、皆口を閉ざしていた。中には話している者もいるが、小声でやり取りしている。
「世界を託された聖獣たちは、聖霊を造り出した。広大な世界を管理するために、魔力が強く自然と共にあれるモノが必要だったんだろう。聖獣から、造り出された聖霊は6体。それぞれ、光・水・緑・大地・火・闇を司っている」
創造神アーステナーの前から今度は来た道を戻る。中庭を通らず、外へと続く道を三人はのんびりと歩く。
「穏やかな時間が過ぎていくなかで、森の民エルフが生まれ、獣が強い魔力を帯びるようになり魔獣が生まれ、彼らが知恵をつけて獣人となり、そして我々人類が生まれた」
ハロルドは一つの壁画の前で足を止める。
壁画には、ハロルドが言ったようにエルフ・獣人・人が互いに共存している絵があった。その絵の横には、壮大な一本の木が描かれている。
「いつしか世界は命で溢れていった。だが、徐々に歪んでも行ったのだ」
ハロルドは説明するように、壁画を辿っていく。おそらく、この世界の神話が描かれているのだろう。所々色が落ちた部分もあるが、それを抜きにしても躍動感がある絵だ。
空鬼は今まで見たことがない絵を見つめながらも、ハロルドの説明を聞きながらついてく。
「いつの頃からかは、はっきりしないが邪なモノが生まれて来るようになった。それが魔物だ。魔物は争いを好み、命あるものたちを殺し始めた。魔物を止めようとしたものは皆敗れていった。その中で、魔力が強い者は魔力を“強いカタチ”。つまり魔法の法則を編み出していった。魔力が無くとも力が強いものは鉄を鍛え、剣を作り始めた。そうして、我々は魔物に対抗を始めたんだ」
魔物と人との戦争の一場面を抜き取った壁画が現れる。そこには、魔物と呼ばれるモノが描かれていたが、空鬼には人と魔物の違いがよく分からなかった。区別はなんとなくつくのだが、ともに殺しあっている場面である。
憤怒の表情をお互いに浮かべ剣を振り上げ、爪を突き立て、槍を投げているのだ。誰もかれも、同じに見える。
「しかし魔物は力を付けていった。それを率いる魔王の力は、絶大だった。次第に、魔王の下には力の強い魔物が現れはじめる。それらは、魔族と呼ばれ始めた。魔族は魔物の上位種となり、貴族の位を魔王が授けた。この戦いで、魔力を持つ獣でる魔獣が魔物の配下に下った。だが、大半が自然に生きる者たちで、秩序を乱す魔物には付かなかったのは幸いだった。そうでなければ、我々人は苦戦を強いられただろう」
人と魔物たちが争う場面がいくつか過ぎていく。
その中に、明らかに人とは違うが似ている種族も交じっていた。
空鬼には、人は何と戦っているのかわからなくなった。互いが互いを殺し合い、争い合っている。共に憎しみを灯した瞳で、表情で。殺意を向け合い、剣を向け合っていた。
これだけ見ても、何が何だがわからない。ハロルドの説明があって初めて、壁画に描かれ伝えたいことがわかる。
人の言葉を介して、ようやく伝わるのだ。
「いつしか世界は、魔物と人類の戦で疲弊していった。このままでは、人は滅びてしまう。そう考えた聖獣たちは、聖霊に働きかけ、人に加護を与えるようにした。聖霊の加護を受けられれば、人でも上位魔族と戦うことができるようになった。だけれど、魔王には届かない。ああ、聖獣や聖霊が魔王と何故戦わないか不思議に思っただろう?それは、創造神が初めに造り出し、強い力を与えた霊獣たちが戦おうにもできなかったからだ。世界が崩壊しないよう、魔物が出す邪気を抑えるため戦うことがきなかったのだ。聖霊たちも然り」
聖獣と聖霊が人の戦いを見守る壁画が幾つか続く。そのどれも、戦っている人の後ろにあり、見守るような温かい光を投げかけているものだ。
それを背に受けて、勇敢に戦う人々。空鬼は、祈るように跪いている女性が何人か描かれているのはどういう意味があるのだろう、と思いながら見ていく。
「そんな魔物と人類の争いは永遠に続くかと思われ、絶望が広まり始めた。しかし、そんな中、一人の成年が現れた。彼は、全ての聖霊の加護を受けながら、ずば抜けた剣の才能があった。そう、彼こそが勇者だったのだ。彼は、我々の先頭に立ち魔物を倒して行った。例え、上位魔族だとしても彼の前ではみな倒されていった。彼は魔物の軍勢を人の地から追い払った」
勇者。
美しい金髪を翻しながら果敢に戦う成年が、一人、描かれていた。
彼だけの壁画もある。いわゆる、人物描写であろう。金の髪に青い瞳。白い甲冑を身に纏い、髪の色に合わせたかのような黄金の剣を掲げている。
アレで魔物が、生き物が切れるのだろうか、と空鬼は剣を観察した。
終わりである出口までずっと勇者が活躍したであろう場面が連なっていた。出口、つまり教会に入る入り口には、勇者の彫像があった。
高さ二メイト程度だが、剣を雄々しく掲げる成年が一人だけで立っていた。
「長い長い月日がたち、人類はようやく勇者の導きにより平和を手に入れたのだ」