メアリーの事情 ②
後半はメアリーとは、別の話になります。
夜も更けて、宵の口。
お客さんの足も途絶えて、飲み過ぎた酔っ払いがお互いに肩を貸しあって帰路につく。数人は知り合いが迎えに来てくれた。
ある少年は申し訳なそうに謝罪して帰り、ある女性は怒りながら酔っ払いを引きずって帰っていき、ある男性はお酒を飲んで、殿酔していた相方の分もお金を払って帰ってくれた。
人間模様。
人の絆。
あるいは、家族の在り方。
そういったものを酒場では見ることができる。それを、微笑ましいと思えるようになった。
そして、例の三人はやっぱり残っていた。ただし。
「飲んだくれてんなぁ」
レンさんが言った通り、二人飲み潰れている。
「すみません。この二人は気にしないでください」
意外にも飲み潰れていないのは、橙色の髪を持つ穏やかな男性一人だった。結構飲んでるのに、顔色を変えもしない。
「あの。もう、帰ってくれませんか」
メアリーさんが思いつめたような顔をして話かけた。
彼らとは一体どんな関係なんだろう?
もうお店の中には三人組とでるすさん、レンさん、メアリーさんに僕だけしか居ない。
「そうですね。もう遅いですし。けれど、何度でも来ます」
橙色の髪の男性は、穏やかにでもはっきりと言った。メアリーさんはその言葉に、顔を伏せる。握りしめている手が少し震えていた。
「あんたら、何もんだ?」
「わたしたちはー、きしですぅー」
でるすさんへ答えたのは、飲み潰れていたはずの女性だった。がばりと起き上がり、コップを高らかに掲げて、大声で話し出す。
「かのじょをぉ、まもるぅ、きしなんですよおー」
コップに残っていたお酒を飲みほして、机に倒れるように突っ伏した。穏やかな寝息が聞こえてくる。
みんなが見なかったことにした。
「きし?騎士だってーのか?なんで、騎士がメアリーちゃんに会いにくるんだ?」
ろれつが回らない返答だったが、どうにかレンさんが持ち直して尋ねた。橙色の髪の男性は、それに少し困った顔をしたが答えを返してくれる。
「それは、守る対象だからです」
「私は!迷惑してます!」
すかさず、メアリーさんが拒絶を含むように声を上げた。けれども、穏やかな顔に一遍の曇りもなく男性は、諭すように話す。
彼は、一貫してぶれない。それが、メアリーさんを追い詰めているように感じる。
「そうでしょうね。でも、御実家のことを思われるのなら悪い話ではないと思いますよ?」
「兄さん、それは脅迫だよ」
レンさんがそう言う。確かに幼気な少女を相手に、弱みになる家の話を持ち出すなんて。
「・・・・・帰ってください」
メアリーさんの頑なな態度は結局、彼らが扉を出て行っても変わらなかった。どうやら、彼らとは何度が逢って話したことがあるようだ。
「実家ってーと。メアリー。もしかして、貴族の出だったりするのか?」
「・・・・・・・・・・はい」
でるすさんの質問にメアリーさんは悲しそうに頷いた。
「なら。どうしてここで仕事したいなんて言ったんだ?」
「貴族と言っても、没落貴族です。領地だってありませんし、名前だけの貴族です。たぶん、今年にも貴族の名前は剥奪されるでしょう」
「え?でも、彼らは騎士なんだろ?」
「家の騎士ではありません。彼らは、・・・・・・・・・・・聖騎士です」
「聖騎士? 神興国の騎士ってことか?」
「はい」
メアリーさんはあっさりと彼らの素性を話してくれた。でも、話している顔は悲壮感が漂っている。いったい、彼女の身に何が起こっているのか。
「そんなのが、どうしてメアリーちゃんを付け回すんだ?借金でもしてるの?」
「借金は別の所でしてますけど、彼らはそういったものではありません。なんというか・・・・・」
「「ストーカー?」」
でるすさんとレンさんは、息もぴったり言葉を吐く。
すとーかー?そういえば、彼らもそんな話をしていたような。意味はよくわからないけど、メアリーさんの慌て具合を見れば、それはあまり良い意味の言葉ではないんだろう。
「ち、違いますっ。さすがに、なんというか、違うんですけど」
メアリーさんが慌てて否定する。
ふーん。どうやら、レンさんとでるすさんはわざと「すとーかー」と言ったようだ。メアリーさんから緊張が取れた。
それを見て、二人は軽く笑っている。二人もメアリーさんが心配なんだろう。
「まぁ、そうだろうけどさぁ」
「でも、なんか固執しているっていうか、諦めそうにない感じだったぜ」
「そう、ですね・・・・」
でも、聖騎士って確か、はろるども聖騎士だったような。
う~ん。神様につかえているっていっていたっけ?そして、りくしらが巫女?だったかな。役割はよく覚えてないけど、つまり、あの二人みたいな関係を彼ら三人はメアリーさんに求めているってことなのだろうか?
僕には関係がないことだけど。
もし、今メアリーさんが抜けてしまえばお店は回らなくなる。メアリーさんは今では立派にお店の仲間なんだから。
でも、僕じゃ何にもできないしなぁ。
今日はもう遅いと店仕舞をして、それぞれ帰路に就いた。メアリーさんは女の子で危ないから、レンさんが送っていくことになる。この二人っていつの間にか仲良しになったんだよな。
さて、僕も帰ろうかな。
◆
「よう」
「・・・・・・・・」
「どうだ。驚いただろう?俺の隠蔽結界はそっとやちょっとでは見破れないからなぁ」
「どうしたんですか?」
驚く僕をよそに、レンさんはひょうひょうと肩をすくめながら得意気に話す。
「いや。なぁに。お前の様子がまた変だったからな」
「そうですか?別に普通ですよ?」
「普通な奴は、真夜中にキメラが巣食ってる森に来ない」
僕は息をのみ込んだ。どうして、ばれたんだろ?
数瞬だけ、沈黙が降りる。その沈黙を破ったのは、レンさんだった。
「何しようとしてる?てか、何がしたいんだ?」
「僕はー・・・・」
その続きが出てこない。
だって僕は、キメラを狩ろうとしてここに来た。何がしたい?なんてない。
「明日。キメラ討伐なんだって?」
「知ってたんですか」
「まぁな」
レンさんは肩をすくめて、おどけたように答えてくれる。
どこで知ったかなんて聞くだけ野暮だろう。
「どいてもらってもいいですか?」
「嫌だ」
「どうして、です?」
「忠告したはずだ。危険な奴は危険ってだけで危なくなるって。どうして、危険ド真ん中なことをしようとする?」
「それは、キメラが危ない生き物で、もし明日カータさんたちが怪我する様なことなったらいけないと思って」
「お前がやることないだろ?」
僕は答えられない。
まっすぐ、見つめられても僕は返せる答えを持っていない。
ただ、目線だけは外す気にならないけれど。
「クウキ。お前、ストレス発散させてーだけだろ」
「??」
なんだろ?すとれす?
「あー。ストレスってーのは、・・・・・なんだ?なんて言い換えたらいいのか。まぁ、あれだ。もやもやした気持ちをすっきりさせたいんだろってこと」
「・・・・・はぁ」
「うまく伝わらないもんだな。とりあえず!こんばんは此処まで。ここから先は立ち入り禁止です!」
そういって、仁王立ちされた。
そうまでされると僕としては、強行突破するわけにもいかなくなる。駄目ならだめで、別にいい。
街に戻ればいいだけだから。
「おおーとっ!街での人狩りも駄目だからな!」
え?
「そんな目をしてもダメ!駄目なものは駄目なんだ!」
またも、止められてしまう。
「こんばんはもう宿に帰れ。明日俺が付き合ってやるから」
レンさんはそういって、僕の腕を取る。そのまま腕を引かれて戻って行った。
そこでふと、思い出す。こんな風に、あいつとは歩いたなと。こんな風に、僕が不安定な時、すぐそばにいつもいてくれた青色は今、どうしているだろうか。




