メアリーの事情 ①
新キャラ登場。お気づきかと思いますが、新キャラの名前は後々、本当に後々に出てきます。
--キメラ退治に行くことなった。
そう聞かされたのは、キメラの巣を発見してから十日後だった。
依頼内容ではキメラがここに来た原因究明も入っていたとのことだったけど、そのことについては事情が変わったと言われた。
詳しくは聞けなかったけれど、どうやらキメラの群れは複数確認されたらしい。
そのため、すぐにでも討伐体が組まれるとのことだった。
人里には降りては来てないが、森の魔物たちを根こそぎ食べているそうだ。そうだろうな。あんな大きな体と群れを維持しようとするなら、たくさんの食糧がいるだろう。
でも、僕は討伐体には入らなかった。
カータさんの稽古が十日あったわけだけど、まだ合格はもらってない。結構いいところまでいっていると思うんだけどなぁ。昨日なんて、一本取ったのに。
そのことに、嬉しそうな感じはなかったけれど。
まだ手加減されているようだし、僕の動きが危なっかしいのかもしれない。
はぁー。ここまで苦戦するなんて思わなかった。師匠のときだって、(青鬼と協力してだけど)手傷を負わせることができたのに。
まぁ、仕方ないか。僕は僕のできることをやろう。
◆
カータさんたちと明日の予定を話し合った昼。
お店は今日も繁盛、繁盛。いいことだ。けれど、もう少し人手が欲しいな。
「今日もお疲れ様です」
「は、いー」
「だいぶ慣れてきたな」
そうだろうか?転ぶ回数は減ったような気もするけれど、まだまだ先は長い気がする。でも、飲み込みは早いし素直だ。機転があまりきかないけど、そこを好ましく思う人もいる。
それに常連のお客さんの中には、彼女目当てに通っているっていう人もいる。まぁ、鼻の下を伸ばしながらそう言われても、返しに困るんだけれど。
でも必要以上にお客さんと接しない僕よりも、親しみやすいんだろうな。
それと最近、何回か変な人が来た。この間みたいな変態ではないんだけれど。
様子を見ているような、おかしな動きをしていた。
でるすさんのお店も好調で。この間みたいな妨害はない。僕の杞憂ですんだってことだ。それとも、でるすさんのことだから事前に手をまわしていたのかもしれない。意外と抜け目ないんだよな。
さて。今日のお勧めは。
◆
時刻は夕刻。
仕事が終わり、酒場がにぎわう時間。
メアリーさんは、この間のように絡まられることなく仕事をしている。でるすさんも、お客さんと会話を楽しみながら料理を作っている。
「空鬼。明日時間あるか?」
「明日ですか?大丈夫ですよ」
「そうか。ならさ、ちょっと付き合え」
「わかりました」
そう言って、黒髪黒目のば、れんてー、ばれん、ち、てい?・・・・・・・レンさんは酒場に入ってきた(正確にはヴァレンティノール)。
明日はお店が休みの日だから構わないし。
カータさんたちは、明日はキメラ討伐に向かう日だ。だから、僕としてはやることがなくて困っていたところ。
僕以外のみんなが討伐に行くことになっている。シーをしゃるねすさんが気にしていたけど、大丈夫だろうか。
「?」
奥で物音がした、気がした。お店は盛況でお客さんの話声、笑い声、外のヤジや弦楽器の音で満ちている。皆陽気に飲んで楽しんでいる。
でるすさんとメアリーさんにも変化はない。でも、僕は接客から一時身を引くようにお店の奥に進む。
厨房では、でるすさんが料理に夢中になっているようで、特におかしなところはない。けれど、裏口の扉を開けて――――
◆
「おい。本当にここにいるのか?」
「ああ。この目で確かめた、間違えない」
「ならさ。お店が終わった後で跡をつけたほうがいいんじゃない?」
「「ストーカーをして許されるのはお前だけだ」」
「あらそう」
がちゃ
◆
裏口の扉を開けて――――その先には、三人の不審人物が身を寄せ合っていた。
三人と目を合わせて、パタリ。
害意はなさそうだ。
「ちょっとおー!」
「はい?」
「いきなりスルー!?それは酷いんじゃないの?」
「?はぁ」
するーってなんだ?
それにしても、三人の内一人は最近何度がお店に来た変な人だ。変な人というよりも、挙動不審だった人。藤色の髪に、同じ色の瞳。珍しい色だから覚えている。
僕が突然入ってきた女性に困惑していると、後ろの男性二人が女性の襟首を掴んで後退する。数歩後に引いて、三人で固まって何か小声で話しだした。
小さな声での口論が聞こえてくるけれど、内容としては「あのまま無視されたくなかった」「見ないふりしてくれるならありがたいだろうが」「でも後で告げ口されるかもしれない」といったことだ。
数分待ってみたけれど、なかなか話がまとまらなかったので、僕の方から声をかける。
「あの。何かご用でしょうか?」
僕の声に、橙色の髪に青い瞳の男性が振り向いてくれる。
「あ。用というほどでもないのですがー・・・・」
困ったように話す橙色の髪の男性。その後ろで二人はまだ話している。いや、なんか喧嘩しているようだ。
「まぁ、とりあえず」
男性もそのことを分かっているようで、二人に注意を向けつつも話をきりだす。そこへ――
「空鬼さん!お店の方にー・・・・」
そこへ、メアリーさんが顔をだした。
「・・・・・何してるんですか?」
三人組を見たとたん、メアリーさんの顔色が悪くなった。知り合い、にしては態度が怯えているような。
不思議に思っていると、橙色の髪の男性が、両手を振ってとりなそうとする。
「あ、怪しいものじゃ」
「帰ってください!迷惑です!」
そう言って、メアリーさんは扉を閉める。三人の困った顔が扉に阻まれ見えなくなっても、メアリーさんは扉から手を離さなかった。
「メアリーさん?」
「はっはい!」
「大丈夫ですか?」
「平気です。さぁ、行きましょう。お客さんが待っています」
そう言って小走りに駆けだす。でも、僕さはすかさず、メアリーさんの腕を取った。
「きゃっ!」
「危ないですよ」
間一髪。転ぶ前にどうにか支えることができた。
彼女は歩く程度では転ばないけれど、走ったり急いだりすると転んでしまうようだ。そのことを気にかけていれば、事前に腕を取って転倒を防げることに最近気づいた。だから、慌てないようにと言い聞かせて、どうにか転ぶ回数を減らすことができている。
でも、やっぱり走ったりすると危ないから、気を付けるように言ってお店に戻る。
お店は盛況。お客さんの入りは、確実に増えている。これでは、働ける人がもう三人入ってほしいな。料理だって、でるすさん一人では限界がある。
う~ん。
時間があるときにカータさんたちに相談しようと思ったけれど、キメラ討伐でそれどころではない雰囲気だったし。
討伐が終われば、少しぐらい付き合ってもらってもいだろうか?
「あ」
小さな声を拾って、そちらに顔を向けると、メアリーさんが扉を見て固まっていた。僕もメアリーさんが見ている方に目線を動かす。そこのは、やっぱりというか、案の定、裏口にいた三人組が入ってくるところだった。
まぁ、裏口から入るよりも正攻法だ。
このまま、終わりまで飲むつもりなのか、酒ばかりを注文する。別にいいのだけど。メアリーさんがすごくぎこちなくなった。
転ばなければいいのだけど。




