酒場での一騒動③
黒い彼の名前が出ますが、偽名です。本当の名前は次回に。
俺はクウキと一緒に、ディルスの酒場まで戻ってきた。
営業時間はまだまだ長い。簡単に事後報告を済ませて、クウキは仕事に戻り、俺は酒とつまみを注文する。
しばらくしても、変は客は現れず。いつも通りに閉店時間がきた。
あの時の喧嘩に対して、周りの客は特別な反応はしていなかった。酒場では良くあることだから、受け流されたんだろうな。
まぁ、戻ってきた俺に、いろいろ聞く奴もいたが適当に話をした。酒の肴として話は盛るがな。周りも楽しそうに騒いでいたし。その中で俺は数人の客から酒を奢ってもらえた。
そして、営業が終わり、最後に俺だけが残った。今日のお礼として、ディルスの新作の料理がテーブルに広げられている。一人ではさすがに食べきれないんじゃないか、これ?
「すいやせん。今日は助かりやした」
ディルスが口火を切り、メアリーちゃんが頭を下げる。
「いいって。これも常連客の務めってね」
「あ、ありがとう、ございます」
「おう」
店に戻って、簡単にだが少女=メアリーちゃんを紹介してもらった。そして、今うまい酒と肴を無料でいただく。いいね、無料。響きが最強だ。
「それにしても、あんた喧嘩強いんだな」
「そうでもねーよ。気ままな一人旅だから、何かと絡まれたりもするしな」
「そうか。そういや、あんた旅人だっけな」
「おい。忘れるなよ」
確かに最近、ここに入り浸っていたから偉そうには言えないが。
旅の途中で立ち寄った街に、ここまで居心地がいい場所も今までなかったのは事実。こんな風に、なんでもないことを話せる奴なんて数えるほどしか俺にはいない。
・・・・あれ。おかしいな。何か少し悲しくなったぞ?
「いやーわるい、わるい。えーと、・・・・そういや、名前まだきいてねーな。黒い兄ちゃん」
ディルスの声ではっと現実に戻る。
危ない、危ない。クウキとする馬鹿話の中でならいくら言われてもいいが、自分で自覚したら終わりだ。ディルスの言葉で俺は救われた思いになる。
「俺の愛称は黒なのか。まぁ、いいけどよ。俺はファフナーだ」
「なんか似合わない名前だな」
「ほっとけ」
まぁ、似合わなくて当然だろ。偽名なんだし。
クウキも納得してない顔をしてる。ちょっと露骨すぎたか?
「ファフナーさん。あらためて、ありがとうございます」
メアリーちゃんが精一杯頭を下げてくれる。
きれいな金髪にスカイブルーの瞳。ちょっと近親感を覚える。彼女も、メアリーちゃんと同じ色を纏っていたからなぁ。
ここまできれいで澄んだ色も珍しい。
俺は、小さい身体で精一杯感謝を伝えてくれるメアリーちゃんに笑いかける。
「いいって。つうか、酒場で働くなら、あの程度の客は自力で何とかできるようにならないとな」
「うっ。・・・・はい」
厳しいようだが、事実あんな連中どこでもいる。酒場じゃなくても、運悪く街中で会うことだってあるだろう。
メアリーちゃんはシュンと落ち込んでしまった。だが、そこでどういう訳がディルスが――
「メアリーには厳しいか?まぁ、昼間でも手伝ってもらえば助かるんだが」
「大丈夫です!」
そんな追い打ちをかけるものだがから、メアリーちゃんはスカイブルーの瞳を開いて力いっぱい両手を握る。
その必死な様子を見て、俺は金に困り一生懸命働いている子供たちの姿を重ねる。今日も、そういった孤児院にいって仕事を手伝ってきた。
もらった給金は少量だが、それでも子供たちが稼ぐよりも多く貰っている。
「なんだ。メアリーちゃん。もしかしてお金が要りようなのか?」
「はい。ちょっと、事情がありまして」
「ふ~ん」
俺は、少し複雑な思いを抱く。
こんな少女が懸命に働き、貴族の大人たちは扇を仰いでいれば生活できる。世界はいつから、こんな歪な関係を築いてしまったんだろう。
「私みたいなの、雇ってもらえるところは少なくて。店長とクウキさんには本当に感謝しているんです」
はにかむように笑いそんなことを言ってくるメアリーちゃんに、店長であるディルスは目じりを下げた。なんだが、こいつ父親みたいな心境に達してねーだろうな。
俺は、だらしないディルスの顔から視線を外して、改めてメアリーちゃんを見る。
う~ん。
「そうだろうな。18歳だって、見た目はまぁ、もう少し若く見えるしな」
18歳とさっき聞いたが、どう見ても12~3歳に見える。これじゃ、どんな店に行っても断られるだろう。・・・良く許したな。もしかして、ディルス。そっちの気がないだろうな。
あとで、クウキに確認しとかないと。
「うう」
なぜが胸に手を当てて悲しそうに呻かれた。いや、そっちの話をしてるんじゃなくて、身長ね。身長。
フォローをいれても、しゅんと落ち込んでしまった。ディルスからは、フォローになってないと言われた。まぁ、そうだよな。
素直に謝っておく。
そんなこんなんあって、今日はお開き。でも、帰りざわ、クウキの態度がおかしかった。何がどう変なのかうまく言えないが。そう、何かしでかしそうな感じがした。
う~ん。
◆
う~ん。
後をつけてしまった。
あいつ、すっげー敏感で。一度気づかれてしまったけど。その場はうまくごまかして、今度は魔法で隠蔽結界を自分にかけて後をつける。これって、俺が危ない奴だよな。
ついていくと、クウキは宿には向かわずにあたりを散策するように歩く。
散策ったって、今の時間じゃどこの店も閉まっている。
それに、クウキには目的地はないように思うし。あいつ、どこ行ってんだ。
しばらく、つけていると。裏路地に入って行った。おいおい。人攫いがいるかもしれないところに何ふらふらと入って行ってるんだよ。
そう思って、俺も後をつける。
何を考えてるんだか。
「え?」
路地に入ったはいいが、そこにはクウキの姿はなかった。
忽然と消えていた。
「おいおい」
角を曲がったのは確かだ。俺もすぐに後を追ったから、走って行ったってことはない。たとえ走ったとしても、後ろ姿は見えるだろう。奥に進めば、見失うかもしれないけど。でも、入り口で見失うなんて。
「あいつ。まじなんなの?」
わからない。どうして、裏路地に入ったのかも。どうやって、姿をくらましたのかも。
次回少し動きます。




