酒場での一騒動①
しばらくは、ディスルのお店の話になります。黒い彼の名前をそろそろ出さなければ。。。
「きゃー!」
夜の時間。つまり酒場として仕事帰りの男たちが酒を飲みに訪れる時間帯。
そこで、メアリーさんは昼間と変わらず、よく転んでいる。でも、躓いて転んでいるんじゃない。お客さんに転ばされているのだ。
「大丈夫かい、嬢ちゃん」
そういってニヤニヤ笑いながら、気色の悪い笑みを向けるお客。ああいう奴もいるから、気を付けるように言ったのに。
「メアリーさん」
僕は手をつかんで立たせてあげる。
「う、うぅ」
心が折れかけてる。それもそうだよね。女の子ってだけで、酒が入った男たちは気色の悪い目で彼女を見ている。ああ、これだから。
「ほれ。酒の追加だ。今度は転ばずに持って来いよ」
「はい!」
でも、メアリーさんは気丈に笑顔で答える。
素晴らしい態度だ。でも、それを見ても男たちはニヤニヤ笑いをひっこめない。
夜の時間が過ぎる中、今晩もあの黒い人は来ない。旅に戻ったのだろうか?少しさびしい気はするけれど、彼にも生活があるんだ。
僕も自分の仕事に戻る。
今日もお客さんの入りは良好。このままいけば、でるすさんのお店はこの界隈で一番になるんじゃないのかな。
・・・・あれ。なんか引っかかるような感じが。
「やめてっ!」
僕がさっき感じた違和感がなんなのか考えていたら、メアリーさんの悲鳴が聞こえた。
「おい。客に向かってなんて態度だ?この店は客に手を上げるのか!?」
さきほど、メアリーさんを躓かせていた、赤ら顔で背の高い男のお客が声を荒げていた。何があったのかわからないけど、僕はそこへ向かう。
「申し訳ありません。どうしました?」
「はん。その娘が俺に難癖つけてきたんだよ!」
筋肉質で僕よりも背が高く、カータさんと同じぐらい長身の男は、メアリーさんに恫喝するよう近づいていたから、そこへ割って入る。
黒に近い紫の髪に浅黒い肌。目は鋭く、顎に古傷がある。
一言で言えばゴロツキのような風貌の男だ。
「メアリーさん?」
僕はお客さんの言葉を聞いて、メアリーさんに確認をとる。震える両手を握りしめて、メアリーさんは赤ら顔の男を睨みつけていた。
「違います!その男がわ、私の、お、お、おしりを・・・・」
「あん!なんだよ!言いたいことがあればはっきり言いやがれ!」
「だ、から。あなたが、わたしの、お」
「何だよ。俺が何したってーんだ?言ってみろよ。みんなに聞こえるようによぉー」
「う」
お店の様子が変わったのが分かったのか、でるすさんが奥から出てきた。まずいな。これ以上大事に成ったら、メアリーさんは解雇されるだろう。
それに、さっきの違和感が分かった。
このお店が一番になると、他の店がいい顔をしない。ここらへんで、妨害や変な噂が流れるだろうな。
こういうイザコザが嫌で、料理好きの疝鬼は店を辺鄙な場所に開いたんだから。
「ちょっと。どうしました?」
でるすさんが、僕に変わり男性客とメアリーさんの間に立つ。
さすがに慣れている様子だ。
「その娘に聞けよ。俺は何にもしてねーてっーのに難癖つけてきたんだ」
「難癖?どんな?」
途中から出てきた、でるすさんでは本当に話が分からなかったんだろう。でも男は、メアリーさんが何も言えないって分かっているから強気に出る。
「さぁ?なんだろうな?なぁ、俺はお前になんかしたか?」
「う、う」
女性に対して、嫌なことを言えと強要している男の顔はニヤニヤと赤ら顔で笑っている。その目は、気色が悪いほどギラついていた。もし、メアリーさんがこのままお店を出たら、この男も着いて行くだろう。
ああ。
「さぁ。嬢ちゃん。店長もこうやって出てきたんだ。自分が何をされたか、言ってみろよ。俺は何にもしてねーから、何をしたかあんたが教えてくれなきゃわかんねーだろ?」
「わ、わたし、は」
「なんだよ?あ?」
ああ。これだから、ニンゲンは。
「だ」「黙れよ。変態」
「あ?」
男は扉の方を向く。自分に向けられた侮蔑の言葉だとわかったんだろう。それほどに、はっきりとした軽蔑を含んだ声音だった。
「あん。聞こえなかったのか?なら何度も言ってやるよ。黙れ、へ・ん・た・いっつったんだよ」
「っんだど」
「だって、変態だろ。少女のお尻を触ってニヤニヤといやぁらしく笑ってんだ。変態以外のなんだってーんだ? それに、それを言わせようってーンだから、末期の変態だな?おー。気色わりー」
そう言っておどけた態度で堂々と男の前までくる。
黒髪黒目、上下共に黒い服装。
「おい。何を根拠に言ってやがる」
「根拠、根拠、根拠ねー。根拠ならあるじゃねーか」
そういって、指差したのは浅黒い肌を持つ男の酔った赤ら顔。
「ニヤニヤ笑っている気色悪いお前の顔を見て、変態以外の何を言えってーンだ?」
そう言い放った瞬間、男の顔がどす黒く変わった。
「殺されてらしーな。表、出ろ」
低く抑えた口調が男の本気をのぞかせる。
「いいぜ。殺ろうや」
「ちょ、ちょっと!」
でするさんが止めるが相手にされず、二人は外へ行ってしまう。
たぶん、追いかけても無駄だろう。
「あ、あの、あの、ひと」
「どうしやしょう・・・・」
「大丈夫ですよ。見てきます」
そういって、僕も外へと出る。止めるつもりはない。たぶん。そんな必要もない。
お店の配膳をメアリーさんに任せるのはちょっと心配だけど、何とかなるだろう。
それに、今日の出来事はありもしない尾ひれを付けて出回ることだろうな。さぁ、正念場だ。
うん?でも、僕は従業員でもないし、でるすさんのお店がどうなろうと、僕としてはなんの痛手でもないなぁ。
あ、いや。料理が食べられなくなると、餓死する。うん。どうにかしないとなぁ。




