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不理解の理解

ここでもあまり話は進みません。

空鬼の人を見る目がわかります。

 朝日が昇り、人々が動き出す時間が幾分が過ぎて、空鬼は一人与えられた部屋で待っていた。

 大した時間もたたず、待ち人はノックをして現れた。扉を叩くのは、礼儀の一つだと早朝に来たメイドに聞いていたので、大して驚くことなく扉を開ける。


「おはよう。よく眠れたかい?」


「おはようございます。あまり寝ていません。・・・・りくしら、もあまり寝ていないみたいですね」


 空鬼はリクシェラの顔色を見て、困ったような顔になった。


「え?」


 声をかけられ、ぼんやりしていた目が空鬼に向く。そこでようやく、空鬼の部屋に着ていることに気付いた。


「あ。おはようございます!いえ、その、少し考え事をして、いろいろ考えていましたもので、ちょっと寝るのが遅くなって、寝てないわけじゃなくて、ちゃんと寝ました!はい!大丈夫です!」


 少々支離滅裂なことを言っているが、元気なようだ。

 そんなリクシェラのことを見ながら、ハロルドは苦笑いをする。リクシェラの背をそっと押しながら、部屋へと入った。


「では、そうだね。朝食をとって、内を案内しようか」


 朝食の準備はできていた。朝日が昇り、しばらくしたら、何人かの女性が部屋に入ってきて色々世話をしていったのだ。

 その時に、朝食は運び込まれていた。ちょうど三人分あったので、空鬼は二人が来るということがわかっていたのだ。

 穏やかな朝日に照らさた朝食の席。リクシェラは相変わらず白を基調とした巫女服を纏い、ハロルドは昨日の聖騎士の鎧は着ておらず、胸当てと剣だけを身につけた軽装だ。


 空鬼もまた、着替えていた。灰色を基調とした、簡素なものだ。

 上着にシャツ、ズボンに革製の靴。

 空鬼には、若干窮屈であるが似合っている。

 この世界の衣服は、前で止めることなく被るものだと実演されたときは固まって身を引いていた。それは本当に服なのかと、メイドたちに聞いてしまったほどだ。


 恐々と着替えながら―メイドたちに手伝ってもらった―空鬼は着替えを終え、窮屈だと思いながらもメイドたちに礼を言って、着ていた服を洗濯してもらうよう頼んだ。

 

 初めての洋服で、ぎこちない動きであるが、静かに食べるリクシェラとハロルドを交互に見て、空鬼は見よう見まねで朝食を食べる。


 朝食は豪華なものではなく、スープとパンだけといったものだ。質素倹約を美徳とする教会ならではの朝食だろう。もっとも、空鬼はどちらも初めての食べ物だ。パンなんて見たことすらない。だから、二人を見て恐々と口に入れる。

 ゆっくり噛んで飲み込む。


「(うすい。・・・・・ちょっと、甘い?)」


 結論として、食べられないわけではないと分かり、二口目。


「・・・・・」 

「・・・・・」


 リクシェラとハロルドも何も言わず食べている。食事の席では静かに、が基本なのだろう。

 空鬼は、不慣れなスプーンでスープを掬う。これも、見よう見まね。はっきり言って手で持って飲んだ方が格段に速い。しかし、郷に入っては郷に従え精神で静かに食べる。


「(ここでは、啜らないんだな・・・)」


 空鬼の世界では、汁物は音を立てて飲むのが普通だ。気にする人はいるだろうが、叱られることない。だけれど、目の前は二人はいたって静かに食べて、飲んでいる。音は最小限に抑えていることから、食事中は話さえしないんだろうということは、分かる。

 空気を読んで、同じように習う。

 食事は静かに始まり、静かに終わった。それほど時間もかけていない。一杯のスープに、一個のパン。食べ始めと、終わりに、二人は目をつむって胸に片手を当てしばらく静かにしていたことを除けば、まぁ、普通の食事だといえるだろう。


 食後のお茶を、ハロルドがティーポットから注いで二人の前に置く。自分の手元のお茶を少し飲んで、一つ息をついて話し出した。


「眠れなかったといっていたが、何かあったのかい?」


 空鬼は、不思議そうにカップの中身を覗きこんでいたところに話しかけられ、ぴくっと顔を上げた。


「いえ。大したことじゃないんです。この世界でどうしたらいいのか、考えていただけですから」


 本当は、個人的なことでも悩んでいたのだが。それは、決して口には出さない。

 鬼としての能力も、きっと、彼らの前では一言たりとて漏らさないだろう。


「そうか。それはそうだ。【勇者】が何者かも知らないようだしね。これは、失念していた。そのことだけでも、少し話しておくべきだったよ。申し訳なかった」


「いいんです。聞いていても、まともに理解できたか怪しいですから。一日、時間をいただけてよかったと思っています」


「それならよかった。ああ、今更だけど敬語はいらないよ。俺も今までの口調で話すから」


「はろるど、はそのままでいいですよ。僕はこれが基本です。だから、気にしないでください」


「そうかい」


「りくしら、も敬語はいらないので」


「あ、はい・・・」


 昨日と変わらず、リクシェラは伏し目がちにして声をかける。まだ、空鬼にたいしどう接していいのかわからないようだ。もっとも、これは彼女の意識の問題だが。


「では、そうだね。まず、【勇者】について説明しようか。といっても、昨日リクシェラが言っていた通りなんだけれど」


 そういって、ハロルドはイェサエル皇国ひいては、この世界共通の勇者がどういった役割が担う存在かを簡単に話した。


 勇者とは、邪悪な魔物を倒す勇気あるもの。

 勇者とは、邪悪な魔物の主である魔王を唯一屠ることができるもの。

 勇者とは、この世界に平和を約束することができるもの。


 ハロルドの言葉を空鬼は真剣に聞いた。


「まぁ、ざっとこんなものかな。何かわからなかったことは?」


 空鬼が真剣に聞いていることに、ハロルドは驚きを感じたがそんなことはおくびにも出さずに、柔らかく訪ねた。


「(分からないこと、はないけれど。なんだか、それってやっぱり人間に都合がよすぎる奴のことをいってるだけじゃないか)」


 元の世界でもいなかったわけではない。しかし、そんなものは紛い物だ。現実には、人間だけでは人間の社会は成り立っていないし。魔物たちも成り立っていかないだろう。それなのに、理由もなく糾弾しているようにしか聞こえない。


「(この世界の魔物。きっと、僕たちのような鬼や妖怪や魍魎のこと、だろうな)」


「今のところ大丈夫です」


「(別にその考えは当然だろう。僕たちだって人間にいい感情は抱いていない。個人的にも、好きになれない)」


 当たり障りないことをいえばいい。そうすれば、目の前の彼も無闇に手を出してきたりしないだろう。そう考えて、空鬼はへらりと笑う。

 空鬼の笑顔を見てハロルドも微笑む。


「そうか。なら、教会内を案内しながら、この世界について説明をしよう」

 

「お願いします」


 柔らかい笑みを湛えたまま、ハロルドと空鬼は食後のお茶を飲みほした。




「(どうせ、ここでも分かり合えない)」








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