鬼の戦い方
「あ。遅かったかな?」
「え?」
何か聞こえたと思ったら、いきなり目の前が真っ暗になった。
「姉さんっ!!」
シーの悲鳴のような絶叫が聞こえる。
そんな心配そうな声を出さないで。私は無事よ。痛い所なんてない。でも、視界が効かない状態じゃさすがにまずい。
でも、感覚を探ったら私は誰かに抱えられているような?
「大丈夫ですか?」
声が聞こえて体が離される。
目の前には赤い成年が居た。
「空鬼?」
「はい」
戸惑って彼に声をかければ、いつものヘラリとした笑顔を向けれらる。
「シャルネス!」
珍しく焦ったようなサァクスの声が聞こえた。そちらに目を向けたら――――
「ぐるるる」
私の正面にソレはいた。
ライオンの顔、黄金色のタイガーの毛並み、蝙蝠の翼に蛇の尻尾。爛々とした赤い瞳。獣の唸り声に、牙が除く赤い口腔。
その体躯から濃い魔素を感じる。
「キメラ!?」
「きめら?」
コーラスの森にいるはずのない魔物が居た。
まずいっ!
キメラは一体ではない。三体いる。そしてさらに周りから気配を感じる。囲まれているっ!
それに何よりまずいのが、カータたちとな離れて居るということ。キメラは私と空鬼の正面にいる。それはつまり、三体のキメラの後ろにシーとカータ、サァクスがいるってこと。
これじゃあ、サァクスが強力な魔法を使えない。
「サァクス、何とかできないか?」
「詠唱に時間をかけますから、難しいですね」
カータとサァクスの近くにはシーがいる。
二人だけならどうとでもできるでしょうけど、シーの側を離れればそれだけで危険。そんな中、サァクスが詠唱に入れば、戦えるのはカータ一人。そしたら、キメラたちが襲い掛かってきたときに対処できない。
キメラもそれが分かるのか、襲いやすいシーをしきりに見ている。
そして、二人しかない私と空鬼の周りをゆっくりと囲むように回り始めた。目に見える三体だけならどうにでもできるけど。茂みに隠れているキメラも相手をしないといけないとなると、さすがに分が悪い。
私の隣には空鬼が居るんだから。
「どうすっかなー。これ」
カータが大剣を構えながら、ちっとも困っていない声音をだす。
「楽しまないでよ」
私は聞きとがめて、カータを諌める。
「あー。わりー」
カータはこんな状態でも戦士なんだから。私はシーの事が気が気じゃない。もし、ちょっとしたことでキメラがあの子に襲いかからないとも限らないんだから。
「色々とくっついてるんですね。これがキメラですか。猫みたいですね?」
「・・・・・・・」
空鬼が私の隣でのんきな一言を発した。聞こえたのは私だけ。独り言みたいな内容だから、きっとカータたちには届いてない。
でもさすがに、この言葉に私は引き攣ってしまった。
「空鬼・・・・・・」
「はい?」
危機感を持って!
キメラがどれだけ危険な存在か知らなかったとしても、目の前にしてるんだから分かって!
ライオンの顔にタイガーの体、背には蝙蝠の翼、尻尾は蛇。体の大きさは5メイトを超えている。そして三体の中には頭が三つある個体もいる。キメラの厄介なところは、身体能力が高くて魔法も使えるといったところ。
三つ首は確か、それぞれ別の属性を操ることができると聞いているけど。
限りなくまずい状況。だから、キメラから感じる本能的な恐怖を感じて頂戴!
「ぐるるるっ」
私たちが仕掛けずらいと感づいたのか、三つ首が獲物を捕らえる眼を向けてきた。
来るっ!
「空鬼、後ろに―――!」
後ろ足に力を溜め、攻撃の姿勢に入ったキメラを見て私は空鬼に指示を出した。いや、出そうとした。後ろに下がるように言う前に、空鬼が飛び出して行ってしまう!
「ちょっと!?」
空鬼が飛び出したことで、二体のキメラが襲い掛かってきた。サァクスが魔法を編むより先に、カータの大剣が閃くよりも先に。
二体のキメラが空鬼の体を八つ裂きにする、はずだった。
はずだった。
見えたのは、空鬼がキメラを斬り倒すところ。
飛び出したとき襲い掛かってきた右のキメラを抜き放った初撃で顎から切り裂き、左から躍り出てきたキメラを半歩進むことで躱し、ガラ空きの胴体に振り上げた剣を振り降ろし真っ二つにした。
しかし、その間すでに三つ首のキメラがそれぞれの属性―火・水・闇の魔法を口内に溜めて放つ! そのまま直撃すれば、まず即死を免れないのに。空鬼は魔法に向かって進んでいった。
三つの光線が森の中を凶悪に照らす。
眩む視界をどうにか確保し、空鬼とキメラの動きを捕える。指の隙間から見えた光景は、光線が空鬼に直撃したように見えた。
それほど、一直線だったから。
でも、光が収まり、土煙の中で絶叫を上げ体を揺らしたのはキメラだった。
キメラの真ん中の首が、脳髄から串刺しになっていた。
左右の首がそのことを認識したときには、自身の背中に空鬼がいた。真ん中の首の頭を剣で貫き、怪我を負うこともなくキメラの背中の上に乗っていた。
二つ首がそれぞれ魔法を放とうとするも、あまりの激痛に体を激しくゆすって空鬼を払い落とす。
地面に体を打ち付ける空鬼に飛び掛かり、二つの首で、二つの獣の牙で引き裂こうと圧し掛かった! でも、次の瞬間。キメラに電撃が襲い掛かった。サァクスの魔法だ。
そして、カータが大剣を閃かせ三つ首のキメラを両断する。
一瞬の停滞。
キメラの体から、力が抜け体が横に倒れる。微動だにしなくなったキメラを見て私は、私たちは胸を撫で下ろす。でも、けろりとした顔でキメラの下から出てきた空鬼を引きつった顔で見ることしかできなかった。
「大丈夫ですか?」
そんな、のんきな一言を私の側に寄って放つのを受けて、私はへたり込んでいることを自覚できた。
足が震えている。
目の前に差し出された手を見て掴む気になれない。だって、その手はきれいで、キメラを斬ったとは思えない。血のりはほとんどついていない。服の端に赤いシミが数滴あるだけ。どうやって血を避けたのか。いえ。それ以上にあの動きは何?
「ね、ねえさん」
シーが震えながら私に抱きついてきた。震えている肩を抱き寄せて、さすってあげる。そこで、私自身の手も震えていることがわかった。
ああ。どうしよう。彼が、怖い。
でも、恐怖で何もできないようじゃ駄目ね。レイピアの柄に指をすべらせて、彼を見る。
「?」
でも、彼は私を見て無かった。いえ。私の先を見ている。
「何を、見てるんですか?」
サァクスが声をかける。さすがに声は震えていなかった。私と違って、彼はきちんと空鬼と向き合っている。でも、空鬼は前を向いたまま、すっと前を指差した。
「あの、残っているキメラはどうするんですか?」
たぶん、指差す先にキメラがいるのでしょう。私には分からないけど、きっと彼にははっきりと分かっている。だから、目を離さない。獣は目を離せば襲い掛かってくるから。だから、空鬼の態度は正しい。けど、さっきまで殺されそうになっていたのに、どうしてそう冷静なの?
「そう、ですね」
サァクスが声をかけて、カータを見る。ここに、私とシー、空鬼を残すかどうか迷っているのね。私も今、空鬼と一緒に居たくない。けど、シーを連れて行くことはできない。
キメラは見つけたら討伐対象になっている。本来なら、このまま見過ごすことは出来ない。
「あ、行っちゃいました」
迷っているうちに空鬼が声を上げた。どうやら、向こうから逃げたらしい。たぶん、空鬼が追撃してこないと理解した上で戻っていったのでしょう。
良かったのか、悪かったのか。
「よく分かるな」
「はっきりしてますから」
「はっきりしている?」
「はい。気配がはっきりしてます。こっちを探っていたから、襲ってくるのかと思っていましたけど。もう、大丈夫ですね」
そういって、へらりと笑う。
気の抜けた笑顔に、私の震えはすっと消えた。
「?どうしました?」
不思議そうな顔をして私たちを見る空鬼。彼は、何者なの。
◆
驚いた。腕は立つだろうと思っていたし、剣を合わせたときに幾ばくの修羅場を超えてきただろうと見当もつけていた。
でも、キメラを相手に一歩も引かないところが自分から突っ込んでいったのには、心底震えが来た。その後も、平然と自然体でいた。
何もなかったかのように。
へらりと笑った顔が忘れられない。
どうして笑っていられる? 俺とサァクスが間に合わなかったら確実に死んでいたのは空鬼の方だ。なのに、どうして、そんな自然体でいられるんだ?
「どうしましょう?」
空鬼を除いていつもの顔触れが揃っていた。初めに口火を切ったのはシャルネス。
空鬼は今日もディルスとか言うやつの所へ、料理を教えに行っている。こうなったらなんて都合がいい展開なんだろう。
「どうって。どうもこうも、どうするよ?」
俺が答えるが、どうするも何もどうしたらいいんだ?
「答えになっていませんよ。私としてはこのままでも害はないと思います。彼の腕は立ちますが、やはりどこかぎこちない。脅威ではありますが、敵にならなければ、ですが・・・・」
「悪い人じゃ、ないよね?」
「悪人じゃねーだろうな。けど、そこはあんま問題じゃねーと思うぜ」
悪人じゃなくても人は殺せる。いや。悪人じゃない分、性質が悪いってこともある。空鬼がいい例だろう。あいつ自身はいいやつだ。
ただなんだが、危なっかしい。いや。悪い意味でだが。
「でも、このまま放っておくなんてことしないでしょ?」
「シー・・・・」
確かにそうだ。動きは様になっている。けど、やっぱり剣の扱いはぎこちない。あんな戦い方をしていれば、いずれ命を落とすだろう。
本人にその自覚があるのか分からないところだが。
「話合うべきでしょうね。空鬼と。いろいろ聞いてみないことには、わかりません。このまま彼をパーティーに入れていいかもを含めて」
「そうだな」
空鬼の戦い方は危険です。だから、相棒の青鬼・絶鬼には怒られることもしばしば。きっと、絶鬼が見たら憤慨ものです。




