実力発揮! ただし半分以下です
驚いた。向かってきた剣を叩き落としたことも、緊張しないまま警戒したことも、ブロットルさんにもう害意がないって分かった後も、まったく態度を変えなかったことも。
そして、なにより―――――――――――剣の扱いを知っていたこと。
数回振ったことがあるといっていたけど。まったく、そんなことはない。
叩き落とした剣を拾って鞘に納める動作は洗練されていた。素人とは思えないほど。その動作を見て、カータだけじゃなくて姉さんも驚いていたぐらいだし。
もっとも、ブロットルさんはそれを見て一層不愛想になっちゃったけど。
「おい。待て。やっぱり、それじゃない」
「え?いえ。十分です」
「本当にそう思ってるか?一番自分にあってると確信してんのか?」
「え、えーと、」
「普段何を使っている?」
「は?いや。何も」
「使ってねーわけねーだろうが。慣れてんだろ。お前」
「いや。そんなことは。強いて言えば、何度が振るったことがあるぐらいで」
「振ってみろ」
「はぁ」
不愛想が不機嫌になった。
困ったように空鬼も笑っているけど、この店の中で剣を振るうことはさすがにできない。サァクスがそういって、一度私たちは庭に出た。
そこは広くはないけど、狭くもない。工房の隣にある空き地に私たちは出てきた。
店の中よりは、ここの方が剣を振るってもいいんでしょうね。
でも。
「なんで俺が相手なんだよ」
「うるせー。相手がいた方がいいだろうが。文句言ってねーではじめろ」
カータが空鬼と相対する。
空鬼は困ったように、ブロットルさんとカータを見る。カータはそんな空鬼に息をついて、背中の大剣を抜いた。
それを見て、空鬼もさっきブロットルさんに貰ったシルキーグリーンの柄が特徴的な剣を抜く。剣帯がないから、鞘は持ったままなのは仕方ないけど。構え方は素人みたい。
「ふん」
ブロットルさんはそれを見て何を思ったのか、不機嫌がさらに不機嫌になった。
「来いよ」
「・・・行きます」
困惑している空鬼を思ってか、カータが声をかける。それに応えるように空鬼も前に出てきた。私が見ても分かる浅い踏込。でも、カータは容赦しない。
迫る剣を大剣でいなす。体勢を崩してしまった空鬼を追って、今度はカータが前に出てきた。空鬼の足元を掬うように剣を振るう。
あまりにも素早くて的確なカータの動きに、空鬼は対応できない。
と、思ったら。
片手に持っていた鞘でカータの大剣を受け止める。
カータが大した力で振るっていないと分かっていたんでしょうね。カータの動きが鈍くなった隙をつくように、剣の切っ先を突きだす。
けど、カータも百戦錬磨の傭兵。そんなことぐらいじゃ、怯まない。
受けられなければ、躱せばいい。
カータは後ろに跳び、剣先から逃れる。
互いに距離を取り。慎重に間合いを測る。
それにしても――――――
「やっぱり、慣れてますね」
「そうね」
サァクスと姉さんの言うとおり。
空鬼は戦い慣れている。本人に自覚があるのかわからないけど、カータはすごいプレッシャーを出してる。カータと付き合いが長い私でも、足の震えが止まらないほどの。
でも、空鬼は平静と受け止めている。
旅は、はじめてじゃなかったの?
町から出たことがなかったんじゃないの?
嘘だったの?
そんなことを思ってしまうほど。空鬼の動きはスムーズで戦い慣れている人のソレだった。
「ふん。もういい。わかった」
二人が距離を空けて互いに次の手を探り合っていた時に、ブロットルさんが声をかけた。何がわかったのかしら。空鬼が戦えることを確認したかったの?
「やっぱり。お前さんにはそれは向かないな」
「いえ。そんなことないですよ。慣れますし」
「それは、慣れが必要ってことだろ?合うやつを作ってやる」
「・・・・・・・」
「どうした?」
「どうしてそこまでするんですか?僕はただのお客だと思うんですけど」
「ふん。気に入ったからだ」
「はぁ」
「よし。カータ。お前ちょっと来い。お前らは店に戻っておけ」
一方的にブロットルさんが仕切って、私たちは店に戻ることになった。あの人ってどうしてこうもお客に対して失礼なのかしら。
それに従っちゃう私たちも私たちだけど。
◆
「どうだった?」
仕事用の工房に入って、唐突にブロットルのおっさんは聞いてきた。
どうだたって言われてもなぁー。
「どうもこうもねーよ。隙を突こうにも、隙なんてなかった。構えは素人だし、動きもぎこちない。でも、踏み込めばこっちがやられそうだったぜ」
そう。余裕があるように見えて、結構俺は本気になりかけてた。特に剣を受け止められて反撃されたときに。
慎重を期そうと距離を取りマジで睨んだ。
シーでも気づくぐらいにプレッシャーを与えてやったのに、あいつは微塵も動揺どころが軽い反応も示さなかった。
「だろうな。外で見ている俺でも震えが来たぜ。なんだって、あんな奴が普通な顔してるんだがなぁ?」
おっさんも空鬼があまりに平然とし過ぎていることを感じとって、すぐに声をかけてくれた。そうじゃなけりゃー、どっちかが怪我を負うまで剣を交えてただろう。
プレッシャーに鈍いなんて思わない。
あれは、慣れている奴の態度だった。でも俺はあいつをどれ程も知っちゃいねー。
「知らねー。数日前に拾ったんだ」
「どこで?」
ブロットルのおっさんも気になるのか。でも、そう聞かれても正確には答えられない。
あいつがどこから来たのかなんて、きっと何の手がかりにもなりはしない。でも、あいつが街で平穏に暮らしてただけじゃないってのは分かる。
「この先に渓谷だらけの森があるだろ。“幾多の滝”の先にある森の川辺に流れ着いてたんだ」
「はん。なるほどな。なら、もしかするかもなー」
「何がだよ?」
何か知ってんのか?
このおっさん不愛想だが情報はもってるんだよな。信頼があるんだろうが、にわかに俺は信じられねーんだよな。出会いがしらに殺されそうになったし。
「確かあの森は、“ティン・ホックス”が根城にしていた森だ。お前らが仕事に出ているときになー。ジェンラトの騎士連中が“ティン・ホックス”の情報をかき集めてたんだよ。たぶん、ありゃー。殲滅作戦でも立ててたんじゃねーか、て話だ」
「・・・・・・それに逃れて、流れついてたっていいたいのか?」
「可能性としてはありじゃねーか?」
「はん。あいつが盗賊。ありえねー。“ティン・ホックス”は義賊扱いを受けるほど市民に人気がある盗賊団だ。それに、ギルドの連中もあそこの幹部連中にはAクラスのランクをつけてる。盗賊団全体ならSクラスのやつらだぞ? あんな奴がいるもんか」
「あんな奴ねー。確かに」
腕は申し分ないだろう。力を抑えてるとは感じたが、ただ剣に慣れていないだけのような気もする。だが、多分俺が踏み込んでいたら、容赦なく剣を振るっていただろう。
例え、それで俺が死んでもかまわない一撃を放っていただろう。
自然としているせいで、気づきにくかったが。直感で踏み込んではヤバイと思った。
あいつには、多分情けとか、容赦とか、命の恩人だからとかじゃ、相手を殺さない理由にならないような気がする。
剣を向ければ、剣を返し、殺意を向ければ、殺意で応じる。
そんなやつだ。
それが、仮にも義賊扱いを受ける盗賊団にいるわけがない。
あれは、どっちかつうと魔族に近い。
剣を受け止められたとき、剣先を向けられて後ろに下がったが、あれは空鬼が本気じゃなかったからだ。俺も本気じゃなかったからわかる。
なにより、目が合ったからわかった。
赤い双眸。夕暮れの穏やかな暖かさを秘めた目だった。
そこに、殺意も害意も脅威もなった。
ただ、静かだった。
だから見ただけで分かった。こいつは、殺意もなく人を殺せる奴だと。
当たり所が悪くで、事故のように誰かが死んだら、それを「そうか」なんて受け入れて忘れられるやつだ。
俺は両手を見る。あの目を見て、震えがまだ止まらない両手は小刻みに震えてもうしばらく治まりそうになかった。
◆
カータとブロットルさんが奥から出てくるのを待って、私たちは市場に向かう。シャル姉さんからは、今日は討伐には行かずに、明日行くって聞いたときはほっとした。
色々と疲れちゃったし、あと半日ぐらいはゆっくりしたいわね。
ここでまた一難があるなんて思ってもいなかったけど。
「俺に料理を教えてくれ!!」
「・・・・」
私たちの目の前に、知らない男が現れた。
そいつはよく分からいことを言って、空鬼に頭を下げるっていうか目の前に座り込むように、身を低くして飛び込んできた。
「えー、と?」
空鬼は困惑して後ずさっている。
そりゃそうよね。いきなり、出てきて料理を教えてくれって。頭がおかしいとしか思わないわ。
「昨日の人ですよ、ね?どうしたんですか?」
「まさかの知り合い!?」
「ええ。昨日、酔っぱらっていた所を介抱したんです」
そういえば、宿からいなくなってた間の事を聞いたらそんなことをいってたわね。でも、介抱したのに料理を教えてくれって飛び込んでくるのは変じゃない?
「昨日のあんたの料理に感動した!俺は、俺は自分の料理が世界一だって思ってた!でも違ったんだ!あんたの料理を俺も作りたい!!」
「落ち着いてください。ここでは目立ちすぎますので、お店に入りましょう」
一気にまくしたてる男に空鬼がどうしようとオロオロしてるのを見かねたのか、サァクスが声をかけてきた。助かった。このままじゃ、どうしていいのか分からないかったわ。
「・・・・・・・今日は何がどうなんてんだ?」
「さぁ?」
カータとシャル姉さんも困惑している。そうよね。
今日はただ空鬼をギルドに案内するだけだったのに、帰り道でもこんなことになるなんて。
ああ。さっきのギルドみたいに騒ぎにならなければいいけれど。
◆
「おらー。勘違いをしてた。料理はインパクトのある見た目と、パンチの効いた味付けが一番おいしいと思っていた。でも、違ったんだ!あんたが作ったあの料理!優しい口当たりに、控えめな味付け。それになにより旨い!だから、俺に料理を教えてくれ!」
そう熱く言ってくる、暑苦しいこいつが空鬼が介抱したとかいう昨日の酔っ払い。いったい、何をどうしたらこんな純粋は目をして話すことができるんだが。
こわっ!
「おい。なんか、操られてんじゃねーの?」
俺はマジでサァクスに聞いた。
こんな状態の人間は大抵魔法で操られている。だって、この男そんな目をしてる。店に入ってずっとこんな状態だ。異常だろう。
周りの目も気にならないのか、必死になっている。まぁ、外で縋り付かれるよりもマシだけど。なんか、疲れる奴ばっか今日相手にしてる気がするぜ。
「心配いりませんよ。彼は普通です。たぶん、空鬼の料理に感動したんではないでしょうか?」
「・・・・・こうなるか?」
何がどう感動すればこんなんなるんだよ。
ならねーだろ、普通。
俺は運ばれてきたコーヒーを飲む。苦みがうまい店なんだが、今日は味がわからなかった。
「えー、と。教えるほどじゃないですけど。僕も友達から教えてもらっただけですし。それでもよければ」
ああ。普通じゃない奴がここにも居た。
目の前の空鬼は平然とそう言う。両隣にいる、シャルネスとシーが同時に顔をしかめた。それはそうだろうよ。
そしてその言葉を聞いて、俺とサァクスの間にいる男がまた騒ぎ出した。
まじうるせー。
「本当か!?ありがとう!!じゃあ、今晩俺の店に来てくれ!」
「はやっ!?ちょっと、何勝手に決めてんのよ」
シーのやつが口を挟んできた。ここは、スルーすべきだろう。
もう関わりたくない。
「いや。お嬢ちゃん。俺は遅すぎるぐらいなんだ。もし都合がつかないなら遅くなってもいい。待ってる」
「断定しないでって言ってるの!空鬼はそれでいいの?」
「え?夜は特に予定ありませんし。いいですよ」
「しゃー!!!」
「何だこれ」
俺は呆れなのか、疲れなのか分からないため息とともにつぶやいた。




