ご飯をつくってみました
はじめは絶鬼側の話です。彼はこれから苦労します。空鬼はそこんとこ知りません。
☀☀☀
鞘を見つけることはできても、刀と空鬼は見つけることができなかった。
どこにいるのか、何をしているのか。
どうしてこうなったのか、まったくわからない。
でも、手掛かりは見つけた。これで、もしかしたら空鬼の行き先を特定できるかもしれない。
「<鬼道 第7番 七重 失せ物探し>」
青い靄が鞘の周りに集まる。
だけど、靄のまま鞘の回りを廻るだけで一向に形をとらない。<失せ物探し>は、探し物の距離によって形が変わる。遠くにあるもの、また居る者へは鳥の姿になり。近くにあるもの、居る者へは犬の姿に変わることになる。
それが、まったく姿をとらない。
これは探し物がどこにもないか、探せないほど遠くにいるかだ。
そんなはずはない。
そんなこと、あるはずがない!
どこにも無いなんて、どこにも居ないなんて。
「・・・・<鬼道 第5番 二重 観通し>」
これは、趣味が悪いが<失せ物探し>で探せないんだ、他の術も効かないだろう。<観通し>は、持ち主がどこにいようと、何をしていようと居る先の情景を<観る>ことができる。それこそ、舞台を見るように、なんでも観ることができる。まぁ、極端に力量が離れていなければだが。
俺と空鬼の力の差はそれほどない。
だから、どれほど離れていようと観ることができる。できる、はずだ。
なのに、どういうことだ?
観えるには観えた。だが、はっきりと観えない。まるで、霧がかかったように、ぼんやりとしている。空鬼の赤い髪だけがはっきりとわかる。だが他はまるで観えない。
空鬼の顔だって、ほとんど観えない。
力の差が開いてるわけじゃない。
まるで、俺と空鬼の間に濁った壁があるみたいに観えずらい。
「空鬼!」
声をかけてみる。
この<観通し>は、自分の声を届けることもできる。本来は、仲間内で私物を交換してはぐれてしまったときに使う技だ。
お互いの姿や声を届けることができる。
でも、空鬼は俺の言葉に一切反応しない。
俺の方に顔を向けているかも怪しい。
あっちは、俺の私物を持っているわけじゃないから限界があるが、空鬼が使っている刀は俺が作ったものだ。つまり、間接的にだが俺も持ち主となる。けれども、まったく反応しない。
それは、空鬼に俺の声が届いていないということだ。
いったいどうして?
濁った壁が邪魔をしているのか? これはそもそもなんだ? ぶっ壊すぞ!
俺は、力を籠める。
障害物だろうと、遮蔽物だろうと知ったことか!
「空鬼!!」
純粋は力の塊をぶつける。少しでも崩れれば、声が届けばと思ってのことだ。だけど―――
「はあ!?」
力が跳ね返ってきた!?
冗談じゃない!
「<鬼道!第3番 五重 葉子包み!>」
避けると空鬼の祠が壊れかねないから、とっさに受け止める。その際、力の本流が旋風となって室内を駆け抜けた。
「ぶっねー」
物は壊れなかったな。よかった。だけど、一体どういうことだよ?
俺の声が届かないばかりか、力が跳ね返ってきた。言っちゃなんだが、<観通し>を通じての攻撃はほとんど効かない。当たり前だけど。でも、必ず相手は分かるのだ。感じることができるんだ。それが、まったくない。
「お前、どこいんだよ~・・・・・」
☀☀☀
◆
「?」
何か、声が聞こえたような気がした。気のせいかな。
はぁー。やっと、まともな食事ができる。疲れているせいと、胃痛のせいで簡単なものしか作れなかったけど、食べられないよりはましだろう。
「あのー。食べますか?」
「ははー!おうよ!」
相変わらず楽しそうだ。お酒のつまみによさそうなものをいくつか見繕ってみたけど、調理の仕方はあっているのかよく分からない。
料理なんて疝鬼に教えてもらった程度だし。
でも、味見はしたから多分大丈夫だ。
この世界の人の舌に合うのかが心配だけど。
僕も見た目は味噌汁だけど、味はまったく違うスープと煮つけものを机に置く。
酔っ払いの彼の分は、酒瓶をどかして前に置いてやる。肉の臭みを消して、適当に味付けたしたものだけど、何も食べないよりはいいだろう。
はぁー。臭かった。
「いただきます」
小声でつぶやき、箸の変りにスプーンを使う。この世界には、箸はないようだ。慣れたからいいけど、スプーンじゃ掴みにくいものもあるから、僕は基本的に先が割れたスプーンを使っている。
みんなこれで、お肉も野菜も汁物も全部使っていたからいいだろう。一口、口を付ける。
「・・・・・」
ほっとする。
味付けや見た目は、匂いや食感が近いものを選んで作ったものだから、細部は違うけどようやく食べられる料理に安心した。ああ。自分が毎日食事をつくるなんてちょっと前まで考えられないけど、これからは自炊を心掛けないとなぁ。
「うまい」
胃に優しいものを作ったのがよかったのか、少しして空腹も胃痛も和らいできたときに、ぽそりとつぶやかれた言葉に顔を上げる。
「これ、うまいな」
酔っ払いの赤い顔には、驚きと安心が覗いていた。
「あ、ありがとうございます」
褒められた、のか?
はっきり言ってつたない料理だ。きっと疝鬼に出せば「なんじゃこりゃ!」って言われる料理だ。けど、お酒を止めてまで僕の料理を食べているんだから、ここは素直に受け取るべきだろうな。
「どうやったんだ。これ」
どうも何も、ただ臭みを消して油を極力落としただけだけど。
さすがに、幾日も置いたモノの匂いを完全に消せなかったから、香と味でごまかしているだけ。
そういったことを、簡単に教える。僕としては料理を教えられる立場じゃないから、なんか複雑な心境だけど。真剣に聞いてくれるから、僕も応えられる範囲で応える。
「・・・・・」
だけどしばらくして、黙ってしまった。どうしたんだろう?
「ぐぅー」
しばらくの内に、寝息が聞こえてきた。
「―――――――」
運ぶの?
◆
「どこいきやがった」
まったく、部屋で大人しくしていると思っていたヤローの姿がなくなっていた。
どこに行ったのかさっぱり見当もつかないが、外に出たなら探さないわけにはいかないと女性陣、特にシーがうるさく言うから探しているが。
「めんど」
サァクスが言うには、一度降りてきたのを見たと言っているが、声ぐらい掛けていけっつうだ。
分けんねーだろ。
ここら辺は、治安がいいとは言えない。てか、最悪に近い環境だろう。夜限定ではあるが。だが、そんなことあいつは知らなさそうだ。
「はぁー」
まぁ、危険な目に合おうがどうなろうが知ったこっちゃないんだが。
死体でも見つかった日には、寝覚めが悪すぎるし、何よりシーが落ち込むだろう。アイツはアイツで手がかかるからな。
だけど、実際どこにいるかも分からないやつを闇雲に探しても見つかるわけねーし。つうか、あいつこの辺の地理なんて詳しくないだろ。
出歩く理由なんてないだろうに。
「いや。理由があるのか?」
どんな?
例えば、文字が読めないふりをしてまで俺たちと一緒に居たいような理由とか?
「ねーわ」
あるわけがない。そんなものがあれば、サァクスが気づいているしな。
「あ」
「あ?」
ぶらぶらと歩いていたら、あっちから俺を見つけた。
「どうしたんですか?」
「お前がどうした」
ついツッコんでしまった。
なに普通に俺が言うセリフを言ってんだこいつ。
「どこ行ってたんだ」
「散歩です。成り行きで酔っ払いを運んだりもしてましたけど。すいません。心配をおかけしました」
そういって、素直に謝りやがるから俺も強くは言えなくなる。
ええい!
「はぁー。帰るぞ」
「はい」
はぁー。まったく。
素直な奴がこんなに厄介だとは知らなかった。
◆
カータが曲がるはずだった路地の先に、複数の男が倒れていた。
酔っ払いが殿酔して地べたに寝ているように見える。しかし、服装をよく見ると革製の軽鎧を身につけ、腰には物騒な剣を下げている。そんな、いかにもチンピラよりもたちが悪い、人攫いの連中は暗がりの中に潜んで獲物が通るのを待っていた。
しかし、彼らは相手にしてはいけない男に手を出したようだ。
内臓破裂、頭蓋骨陥没、複雑骨折、頸椎破壊。
殺されたは様々だが、彼らは死ぬか死なないかの境界線で苦しみに呻くことさえできずにいる。手加減をして、手抜きをしてわざとそうされたと気付くこともなく。
そして、助けを呼ぶこともできず、ただ訪れる死まで苦しむことになる。




