閑話休談 ②
空鬼と絶鬼の過去のお話です。鬼の力がでてきます。
皐月の頃。薄雲がたなびく朧月の夜の森に、赤鬼と青鬼がいた。
暖かな焚火をはさんで、ゆっくりと酒を煽っている。
◆
「金がない!」
「なんだよ。いきなり」
「本気で金がないんだって。宿代どころが、食事もできない」
「・・・・・・なんで?」
戦なんてあっちこっちであっている。大きな大戦から、小さな小競り合いまで。火種がない国なんてない。だからどの国に行っても、鬼の傭兵は重宝される。
そこで、仕事をすれば賃金なんてもらいほうだいだ。勝ったらの場合だけど。でも、僕と絶鬼の名前は広く知られてきているから、それほどお金に困ることはここ最近なかった。
まぁ、国に入るには関所を抜けなくてはいけないから、そのとき多少の金銭を払うことになる。そして、戦場では勝った後にお金をもらう。だから勝つ前は、けっこう出費をすることになるわけだ。勝って、得られる金額を計算して節約しないと、後がもたなくなる。
そういったことは、絶鬼のほうが得意だから僕は特に気にしてなかった。
それが急になんで?
「・・・・・」
「あ!言っとくけどなぁ、贅沢したなんてことないし、俺が使い果たしたってわけでもないからな?つうか、お前とずっと一緒にいるのに、どこに金を使うってんだ!」
「じゃあ。何でだよ?」
「服と刀」
「ああー」
そういえば、最近新調したなぁ。
「それなら仕方ない」
「仕方ないけど。実際問題、金が要る」
「・・・・。次の国に行けばどうにかならないのか?」
「それまで保たねーよ。十日以上野宿していいならいいけど」
「ヤだ」
「だろ?酒飲めねーとか、ねーよなぁ」
そう言って、絶鬼と頭をひねる。
「盗賊でもすっか?」
「出来なくはないなぁ」
そんな、曖昧な一言で僕たちは数日間の盗賊業をやってみた。
◆
「はー!ははははは!身ぐるみ剥いでやるー!」
「―――――――」
隣のノリノリな青鬼は置いておいて、僕は手身近な男を切り伏せる。腕の立つ用心棒を五人雇っていたようで、面倒くさい。
「・・・・・・」
「はっ」
一人切り伏せたところに、背後の一人が大上段から、眼前の一人が横薙ぎに刀を振るう。避けることはできない。僕は刀を振り上げ、横薙ぎを払い、上段からの一撃を柄頭で弾く。
体勢を崩した背後の一人に返す刀で袈裟懸けに斬り、隙を突こうと下段から切りかかってきた一撃を交わし、勢いを乗せたまま刀を跳ね上げ斬る。
一瞬で三人減ったのを見て、一人は逃げ出し、一人は腰を抜かして動けなくなっていた。
僕は、動けない奴の胴体から首筋を切り裂く。
何か言っていたが、どうでもいい。まぁ、こういう時は決まって命乞いだから聞くだけ無駄だ。
「はっはー!大漁ー!」
「そこは、大量じゃないのか?」
魚じゃないんだから。
そんな感じで、数日間盗賊稼業をやった結果。思いのほか良い収入になった。街道沿いに住みついていた盗賊も幾つか根こそぎ襲ったから、たった数日で稼げたんだけど。
「なんか、これってイケんじゃね?」
「何がだっ」
そんな感じで、絶鬼が癖になりそうだったから強制的に終わらせた。次の国まで行くのには、十分な金銭を巻き上げたので良しとしよう。
◆
「鬼が来たのか?」
若い男は驚いたように声を上げた。傍らの男は、低頭したまま己の主に昼過ぎに関所を抜けた鬼の話をした。
この国は、現在開戦状態にある。前々から、小競り合いが絶えず、いつ戦火が開いてもおかしくはなかった。そんな不安が、半年前現実になっただけの話。
しかし、準備はすでにできていたため、それほど劣勢というわけでもない。しかし、それを言うのならあちらも同じ。準備は両者とも抜かりなく行っていた。それ故、決定打に欠ける。
戦力も、武力も、知力も一歩ぬきんでなければ勝利は納められない。
負ければ、何もかもを失うのだ。
危ない橋はそれこそ、渡りなくないものだ。
そんな時、鬼が二人入国したと知らせが来たのだ。
鬼族とは元来、一族で名のある豪族や氏族に付くものだ。外野に出て個人で戦闘をするものは、少数にとどまっている。それは、彼らの仲間意識の高さと、戦いへの嗜好の強さに由来する。
名のある豪族や氏族の元に居れば、嫌が負うにも戦になった際は駆り出される。そして、鬼族を抱える豪族連中は、年がら年中戦相手を求めているような連中だ。
戦をすることをやめれば、鬼族は一族こぞって、別の豪族の元に行くこともあるが。絶対戦力たる鬼族を手放したいと考える豪族はいない。
だから、外野の鬼族は珍しい。
そして外野の鬼族は個々人で行動することが多いのだが、気が合う仲間同士で徒党を組むこともある。それが、運良くも自国に入ってきたのだ。
「して。色は?」
「はい。それが、赤鬼と青鬼のようです」
「赤と青!?」
若い男が驚きの声を上げる。それもそのはず、鬼族には通常、五種族いる。
【赤鬼】は戦闘を得意とし。
【青鬼】は策略を得意とし。
【緑鬼】は毒を得意とし。
【黄鬼】は掌握を得意とし。
【紫鬼】はまやかしを得意とする。
しかし、徒党を組む鬼は同族同士が多い。稀に他色族で組む場合もあるが、本当に稀にである。それも、赤鬼と青鬼は相性が悪く、互いに苦手意識を持っているという。
現在、外野の鬼で有名どころと言えば、黄鬼と紫鬼の鬼女二人組【荒漠の流鎌華】だろう。
彼女たちが現れた戦場は、二つの名の由来通り、荒漠とした大地に変わると言われている。その戦う姿は雑草を刈り切る鎌のように容赦がなく、華のように美しいとの噂だ。
そして、最近その名に連なるように赤鬼と青鬼の名前も挙がってきていた。
通り名を【双刃の空絶絶空】。
色合いとしても珍しく、また一人には歓迎できない噂話もある。
「そうであれば。あの噂通りならばやっかいな連中ではないか」
しかし世の事情を知っていれば、誰もが耳にする噂話。そんな程度のことで、傭兵となってくれる鬼族を逃すのは惜しい。それも、敵国に行かないとは限らない。
ならば、己が国に置きたいと思うのが人の欲というものだろう。
「はい。ですが、これ以上ない戦力ともなります」
「そうだが・・・・・・。しかしな」
それでも渋るのは、噂話が本当である場合が厄介なのだ。
眉間に皺を寄せ悩む主に、重臣は提案するように声を落とす。
「面通しをいたしますか?あちらも、我が国の事情を知って来たようですし」
「・・・・・そうさな。それがよかろう。接触はしてあるのか?」
「いいえ。しかし、門にて番をしておりました者に、色々と尋ねておったそうです」
「なるほど。なれば、こちらにも話が来ていると分かっておろう。早急に遣いを立てて日取りを決めよ」
「は。幾日にいたしますか?」
「あちらの都合に合わせてもらってよい。こちらから願うのだからな」
「御意に」
若い男。
この国の城主は、従者の男の言葉ももっともだと頷いたが。噂がある青鬼をどう見るべきか溜息をついた。
◆
ひっさしぶりのご飯!
「うめー!」
まともな食事は久しぶりだ。ここまで、来るのに苦労したかいがあった。まぁ、つまらないことだったんだけど。
このおいしい食事だけで満足だ。
「良い所だな」
「戦してるわりには、余裕あるしな」
「いつ頃来そうなんだ?」
関所にいた門番にあれこれと質問したことは、今頃城主にも届いているだろう。無能かノロマでない限りではあるが。
でも、戦をしているのにここまで平穏を築けているなら、優秀な腹心の一人か二人はいるだろうなぁ。
「早けりゃ今晩だな」
絶鬼もそう思っているのか、即断で動くと読んでいる。
早い方がいい、お金がないのは心もとない。
「交渉はどうする?何か欲しいヤツあるか?」
「今の所は別に。雇い主を見てから決めるかな」
「そうかい」
「絶鬼は何か決まってるのか?」
「おう?そうだな~。姫君は居ないって言ってたからなぁ」
また、変なものをもらうつもりなのかニヤリと笑っている。気色が悪い。
ここの城主に会い、願いを叶える条件として対価を決めておくことは重要なことではある。
鬼は願いを叶える対価として、人の大切なものをもらう。
一つだけじゃない。複数もらうこともできる。
それは、人の願いの重さ、覚悟の強さによって違ってくるけれど。好みがある。願いの好みじゃない、願いを叶えたときに喰べることができる“大切なもの”の味の好みだ。
人の願いは美味しい。
病み付きになってしまうほどに。だから、鬼族は人について戦をして願いを叶える。代価として、大切なものをもらうのはソレを喰べたいからだ。
もらう対価によって味は違う。そして、同じ願いでも一人一人の人間によって味は千差万化する。
「あ、でも。僕は、瞳がいいかもしれないなぁ・・・」
「目?」
「ああ」
「色か?」
「いや。視力」
「なんで?」
「観察眼っていうのか?人の本質を見抜くのがうまいって聞いたから」
「えげつないな」
「彼らが承諾すればの話だけど」
「そうだな」
もっとも願いを叶えるには手順がある。勝手に願いを叶えても、対価をもらうことはできない。だから、こちらの条件とあちらの願いの重さが合わないといけない。
まぁ、基準なんてものがないから感覚での交渉になるけど。
これは、慣れないと相手に有利な条件で契約を結ぶことになる。若い時は、これで苦労したけれど、最近ではそんなこともなくなった。
鬼との契約は、大切なものを差し出すことで成立する。
それは、自分の色だったり、香りだったり、視力だったり、財力だったり、誇りだったり、土地だったりいろいろだ。
対価の重さの分だけ、僕たちも力を多く揮える。僕たちの力。
<鬼道>
願いの対価の如何により、その力を存分に揮うことができる。
それこそ、国を取る様願われたなら七日七晩、戦場を駆け巡ることができるだろう。その代わり、願った人間はそれ相応の対価を払わなければいけないが。
だから、僕たち鬼族が戦場に赴くとき、拘るのは対価の重さ。その重要性。
もっとも、願いを叶えなくとも<鬼道>は揮うことはできる。元来、鬼族の中で戦闘に特化した<鬼道>は第4番以上の<鬼道>だけだ。第5番から第12番までは、はっきりって戦闘向きではない。
どちらかというと、生活に根差したものが多い。
まぁ、工夫次第でかなり有用なものもあるけれど。
けど、それだって無尽蔵に使えるわけじゃない。
鬼の力は、人と契約をしないとほとんど行使できない。それこそ、戦闘向きの鬼道なんて放つことなんてできっこない。
だから、契約は何より重要なのだ。
願う重さも。
課せる代償も。
「うん?」
「来たのか」
入り口付近に佇む男がこちらに視線をよこした気がした。
不審に思い声を上げたら、絶鬼がすぐに気づいて声をかけてきた。僕は目線を外し、絶鬼を見てにやりとする。
「いいや。でも、お前の言うとおりだな。早ければ、今晩でも来そうだ」
「偵察かい。みみっちい男だな」
はん、と笑い食事を再開する絶鬼。
僕もそれに倣う、気にするだけ無駄だ。せっかくの温かい食事が冷めてしまうのはいただけないし。
「そうだな。何してるんだろう?」
「俺の噂でも気にしてんだろうぜ」
「ああ」
「キレるなよ」
「キレないよ」
信用できないって顔で見てくるが、そんなことは無視だ。
噂が本当だとしても、人間に関係ない。そんな奴が僕たちのことに口出しするのは気に食わない。ならば、多少腕力に訴えることなったとしても、それはその時だ。
「はー。いいけどさ」
「いい作戦でも考えといてくれ」
「任せとけってーの」
◆
戦場は赤く染まっていた。
人が乱れ、潰され、斬られていた。余すところなく、隈なく、縦横無尽に殺されていた。
あまりに理不尽で、あまりな現実に、どうしようもない事実に人は飲まれるように殺されていった。
「鬼とは恐ろしいな」
「はい」
赤鬼と青鬼が来て、三日がたった。
たったの三日。
されど三日。
それだけで、戦績は劇的に変わった。
彼らが赴いた戦場は勝利を収めることは当たり前で、戦火の拡大を抑えるだけではなく、敵国の物資、武器、食料も難なく調達をして来る。
戦場では兵士が死ななくなり。
短時間で戦は収まりを見せるようになった。
これが、鬼の力というものか。
そうであれば、豪族・氏族がこぞって欲しがるわけだ。
しかし。
「・・・・」
対価、代償。
差し出すものの重さ、価値により鬼の力は増すという。契約が鬼を強くし、願った者はそれを払わなければならない。
であるならば、俺は大したものを払わなければいけないということだ。
「ふん」
国を守ることこそが、国主である俺の役目である。
それなれば、それを負うまでの話。当たり前のことだ。
「申し訳ありません。鬼との契約は、人を奈落に落とすとも言われているのを知りながら、私は」
「よい」
「殿」
「望むところだ」
彼らに願ったのは私だ。
されば、私が勝利者だ。それがいかに、大きな代償を払うことになったとしても。




