期待外れの勇者
日が沈んだ城の中。王の執務室内において、二人の人物が厳しい顔で召喚された勇者のことについて話し合っていた。
一人は、城の主であり国王。もう一人は、勇者召喚の陣に居た魔術師団長・キングズリー。
二人は、光を最小限に抑えた薄暗い室内にいた。
「オニ?オニだと?」
報告を聞いた王は、驚愕に澄んだ青色の瞳を見開いた。
年若い王だ。御年30歳となるが、まだまだ若輩の域を出ない顔つきをしている。
澄んだ青色の瞳、黄金色の髪は背中の中ほどまで伸ばされ、無造作に縛っているだけ。ただ、怜悧な美貌は近づくものを容赦なく威圧する風貌をしていた。
その触れれば切れそうな美貌を前にしても、魔術師団長は毅然と姿勢を正し報告をしていく。
つい数分前の出来事と、召喚された一人のオニについて。
「はい、オニが勇者として召喚されました。現在は、スフェルの巫女に預け、教会においています」
スフェルとは、イェサエル皇国の聖獣であり二つ頭がある純白の鳥のことだ。その巫女にオニをひとまず預け、魔術師団長であり今回の勇者召喚の儀式の一切を取り仕切ったキングズリーが報告へと出向いたのだ。
本来であれば、召喚された勇者そのものを伴って訪れる予定であったのだか、とんだ予定外のことが起こってしまった。
いったい誰が、オニを勇者として召喚した事実を好き好んで広められよう。
「・・・・・・・巫女が間違えたのか?」
勇者召喚の儀式をキングズリーが指揮していたとはいえ、その中心にいたのはスフェルの巫女だ。彼女が何かしらの間違え、失敗をしたのことになる。
どうして、魔物を倒せるモノを呼び出そうとしたのに、その魔物が現れるのだろうか。
「いえ。召喚自体を間違った可能性があります。.....神興国からはなんの沙汰もありません。つまり、創造神アーステナー様はこの召喚を感知できなかったと言うことです」
キングズリーは王の執務室に来る前に、すでに仮説を立てていたのだろう。躊躇なく己の失敗を、己の失態を報告した。
召喚自体を間違えた。
つまり、呼ぶべき対象を間違えたのだ。それも真逆に。
この時点で、魔術師団長・キングズリーは己の職を降りるつもりでいることが明白だといえる。否、命を捨てる覚悟をしていた。
今回の勇者召喚は失敗できないものだった。なのに、結果は見ての通り。
失敗ともいえない。
これで、今までの準備と努力は無駄に終わったのだ。己の部下、引いては王に顔向けなできないのは道理だろう。
しかし、己の主人にしてイェサエル皇国の王の反応はそっけないものだった。
「本物の勇者ならば、創造神が出てくるはずだからな。はぁー、穢らわしいモノを呼んでしまったということか。ご苦労だったな。これからも、この国のために尽くしてくれ」
まぁ、こんなものだろう、と肘掛けに頬杖をつき寄りかかりながら失望でも叱責でもないため息をついた。
国をかけた魔術を台無しにしたのだ。本来ならば、命で贖うほどのことだ。それを、王は淡々と受け入れ、責任者である魔術師団長に対して何の咎も課せようとはしなかった。
毅然としたまま、王に向き合っていた魔術師団長は、王の言葉に頭を下げる。
「これから如何しましょう?」
「神興国にはー.......」
「まだ、遣いは出しておりません」
「では、勇者召喚は失敗に終わったと伝えろ。元々、成功する確率の方が低かったのだ、納得するだろ」
「御意に。.......オニはいかがいたしましょう?」
「頃合いを見て処分しろ」
「御意に」
魔術師団長は握りしめた拳を睨むように見下ろしながら、粛々と命令を承諾する。
目の前にいる、王を見ることなく。
神にも聖獣にも何も期待することなく、何も受け取ることなく、毅然と立つことのできる「人の王」にただただ頭を下げていた。
◆
時間は少し遡り。
「えーと........」
場所は、勇者召喚の陣がある地下遺跡。四隅に火がともり、細々とした光が一人の白い少女と騎士、そして赤いオニを照らしていた。
三人の他にいたであろう、魔術師たちは部屋をすでに出て行っている。
「はい」
オニが不思議そうに己が座っている魔方陣から目を上げて、白い少女を見る。
その瞳には、警戒心はなくただ戸惑いの光があるばかりだ。
「ま、まずは、名前、そう!名前はなんとおっしゃるのですか?」
「空鬼です。空の鬼と書いて空鬼です。貴女は、りく?」
「私はリクシェラです。こちらは、神殿に遣える騎士で」
「聖騎士のハロルドです」
「りくしら、と、はろるど」
気まずい空気をどうにか払拭しようと、白い少女リクシェラは自己紹介をしたのだが、赤鬼・空鬼は言いづらい名前に舌をかみそうになった。
リクシェラは、自分の名前をうまく発音できていない空鬼に苦笑いを返す。
「呼びやすいようにお呼びください。あの、オニ、と言うことでしたが、その」
苦笑いをしながらも、リクシェラは目の前にいる、鬼の白い服装を複雑そうに見やる。
鬼に白の装いは似合わない。というよりも、違和感が強く映る。それも、リクシェラが着ているもの以上に、白い服だ。純白といえるだろう。布の色はもちろん、縫い合わせた糸や紐まで白だ。
リクシェラの服装も白を基調としているが、袖口や胸元に青色の刺繍がほどこされていおり、純白とはいかない。
しかし、空鬼の服はそれこそ徹底的に病的に、異常なほど白以外の色を抜き落としていた。まるで、神々しいものに着せるような。
「?」
そう感じたリクシェラが、空鬼に対し遠まわしに探りを入れたのだが、空鬼は何を言われたのかわからずに、首をかしげている。
そんな空鬼の態度を見て、聖騎士のハロルドは助け舟を出した。
「オニならば、もう少し簡素な物を着ていると思ったのですが。いや、立派なお姿ですね」
「?ありがとうございます?」
それでもやっぱり、空鬼には言葉の深い部分までわからなかったようで、首をかしげながらも褒められたと思い感謝の言葉を口に出した。
これには、二人も困惑を深める。
空鬼は物事を深く考えない性質なのだろう。
「で、でわ。お部屋にご案内しますね」
早々に、話を切り上げリクシェラは立ち上がる。
ここで話すことはこれ以上ないだろう。いつまでも、地下遺跡に留まるわけにもいかない。
「部屋?」
リクシェラが立ち上がるのを見たままで、空鬼は不思議そうに問いかけた。まるで予想しなかった言葉を聞いたかのような反応だ。
「はい。ここにいる間は好きなようにお使い下さい」
「え?え?あの、帰して欲しいんですけど」
何を言われているのかわからないと、困惑を態度に現す空鬼。彼は立ち上がることなく、不安そうにリクシェラを見上げてきた。
リクシェラは空鬼のその眼を見て、今更になって罪悪感が湧いて来る。
「それは、その、今すぐは、無理なんです・・・・・・」
「では、明日でもいいので」
「す、すぐには、少し、問題が.......」
目の前で不安に揺れる瞳を見て、リクシェラは初めて召喚されるものにも自分たちと同じ日常があり、生活があることに思い至った。
当たり前なことなのに。
その当たり前を、その普通を取り上げてしまったことにようやくリクシェラは気が付いた。
そして自分たちの勝手だけで、空鬼を呼び出し勇者でないモノだからと見放そうとしている自分自身に愕然とした。いつの間にか、命の尊さを忘れ、意志あるモノを踏みつける人間になっていたのだ。
「?なら、何時ですか?」
邪気のない瞳がひたりと見つめてくる。まるで、自分の罪の重さを思い知らしめるほどの無垢さ。
彼に何といえばいい? もう帰れない。帰る手段を持ち合わせていない、のだと。そう伝えてしまったら、どれほど傷つけてしまうのだろう?
私は、どう謝ればいいのだろう?
「............」
自分がしでかしてしまったことに、リクシェラは眩暈がした。
今まで自分自身を支えてきた覚悟が崩れていく。
空鬼の無垢な瞳を、家に帰れないかもしれない不安を湛えた瞳を見る。
言葉は出なかった。
立ち尽くすしかないリクシェラの肩に、温かい手が触れる。
「まぁまぁ。今は部屋に行こう。暖かい物でも飲みながら話そうか」
聖騎士のハロルドだ。
優しげな微笑みを空鬼に向けて、リクシェラの体をそっと後ろに引く。そうしなければ、きっと彼女は泣いてしまうだろうから。
空鬼は二人を交互にみて、困ったように「はい」と頷いた。
魔術師団長・キングスリーは貴族ですか、出家した人です。なので家名はありません。団長になっても実家とは疎遠です。