盗賊の根城 ⑬ 赤オニの判断
☀☀☀
「ばかーー!!」
うるさい青鬼が叫んでいる。
なんだよ、馬鹿に馬鹿って言われたくないぞ。
「なんだよ」
「なんだよじゃねー!何考えてんだお前はー!?」
「仕方ないだろ。だって、仕掛けてきたんだ」
「まるで仕方なくねーよ!全然お前が悪りーよ!」
「なんだよ。なら、平伏しろって?くたばれっていいたいのか、お前は」
「っんなこった言わねーよ!言うわけねーだろ!つうか、死んでみろ!あいつら皆殺しにしてやる!!」
「お前がもう何言ってるか分かんないよ」
それに、済んだことだ。済んだことをとやかくいっても仕方ない。
これはあっちが仕掛けてきたんだ。それに応戦して何が悪い。
悪いか。
今は、間が悪い。僕たちは、窮地にいるんだから。ここは慎むべきだった。でも、仕方ない。後悔後に立たずだ。
「先に立たずだよ!」
「うるさいな。ほら、構えろ。死ぬぞ?」
「死んでたまるか!おい、もしはぐれたら」
「ああ。今度は東の場所で」
「おう。絶対に死ぬなよ」
「お前こそ」
そうして、僕たちは徒党を組んだ村人を刀と金棒で迎え撃つ。
目の色を変えて、鬼気として迫る村人、群衆を迎える。ここは、戦場ではないけれど、こういった面倒事は大概片づけるのに苦労する。
でもそんなに死にたいのなら、仕方ない。
僕は刀を構えながら、口元がにやけるのを抑えられなかった。
☀☀☀
◆
私はロミネの元にまっすぐ向かった。周りのみんなが、空鬼を異質なものとして見ていると解った時点で、彼にはここを離れてもらわなくてはいけない。
今回のことは、彼が居てくれたから助かった。
国軍の動向も、彼らとの戦いも。
何もかも、空鬼に助けてもらったといっていいでしょう。
けれど、戦い方が、戦う姿が、彼の心が、私たちとは大きく違っていた。
私もショックだったし、なにより、彼と仲良くしていた虎のキーは衝撃だったでしょうね。
あの子は、空鬼の面倒を一番見ていたから。
いいえ。これは、言い訳ね。
彼を本当に知ろうとしなかったのが、間違えだった。
彼の言動を見て、気づくべきだった。
誰も教えずにいたのが不思議なぐらい。
彼は常に素手で戦っていた。だから剣の握り方も扱い方も知らないと思っていた。いえ、思っていたなら剣の扱いを教えるところから始めていれば、彼が戦えるかそうでないかがわかった。
血を見る戦いを知っているかどうか、分かったはず。
でも、普通に持っていた。中古品で、鈍で、つたない剣を。
恐怖も、忌避もなく。
素手と武器は別物なのに。
それなのに、あの子は平然とその手に収めていた。それは、あの子が少なからず大勢との戦闘経験があると考えればよかった。
たった数人程度の追手を、自力で追い返せるだけだと思わずに。
そうすれば、今の状況を変えられたはず。
もう、ここには置いておけない。
戦いに秀でていることは、私たちにとっていいことだけれど。
あの子のあつかい方は危ない。私たちでは手に余る。敵の声を全く聞かず、油断せず、懇願も聞かず、哀れな姿にも動じない。そんな者をどう扱えばいいのか、私は知らない。
幸い、今回の仕事が済んだなら、近くの町まで送ることになっている。
それを、早めればいい。
良くも悪くも、国軍の連中に、「彼」という脅威が私たち側にいることを印象付ければ、この先は幾分か手出しができなくなるでしょう。
そうしている間に、ここから遠くへ行けばいい。
あの子には、悪いけれど。
私たちだけでは、どうしようもないわ。
◆
「・・・ルィ」
俺は目の前の捕虜に向けて、影を伸ばしていた。
影の先、捕虜たちの後ろは切り立った崖になっている。ここら辺一帯は、渓谷が多く存在する。だから、森を熟知した奴じゃない限り、街路からけして逸れない。
まぁ、空鬼の奴は知らずに逸れてたみたいだけれど。
「こっちは、あらかた終わったわ」
「そうか」
その言葉を聞いて人心地つく。戦局は思った以上にこちらに被害はなかった。ひとえに、赤オニのおかげだが。
そして、その赤オニはーーーーー
「・・・」
オニは普通だった。
殺しの興奮も、奪った命への後悔も、殺し損ねた敵への恨みもなく。
普通に立っていた。
両手を赤く染め上げ。
赤眼の瞳は穏やかに落ち着いていた。
「空鬼」
俺は、声をかける。
かけて、どう続けるか迷った。いったい、どんな言葉をかければいい?
「・・・彼らは殺しましょう」
俺の態度を見て空鬼が声をかけてきた。たぶん、俺がこいつらを殺す気なんてねーってことが分かってるんだろう。
「お、おい」
空鬼の言葉に、捕虜が声を上げる。
俺は隙を見せるへまだけはせず、内心冷や汗をかきながら空鬼に向き合う。
「どうしてだ?」
「彼らが何か知っていても、このまま連れていくと足元をすくわれます。こちらの場所を特定されるかもしれません。そんな危険は冒せません」
「置いていけばいいじゃねーか。さっきみたいに」
「ねぐらを後にするときも殺しておきたかったんですけど、時間がなかったので。それに、生きたまま置いていったら、お頭さんの顔や他の方の顔を知らせるようなものです。それに、聞き出した内容によっては、あちらにこちらの情報が渡ってしまいます。それは、避けるべきです」
すらすらと淀みなく論理的に空鬼は話す。
内容は、理に適っている。
適っているが。それを、最適と判断し、行動することが正常なのかといったら、俺は疑問を抱くね。
現に今だって、空鬼の言葉は正しいと解る。
解るが、俺は空鬼が思うようなことはできない。
他の誰に言われようとも。
邪魔だから殺すなんて、おぞましい考え方をしたくない。
「置いていく。生かしたままだ」
だから、そのまま伝える。
俺にも矜持ってもんがある。盗賊としてはありえねー矜持かもしれねーが。でも、それがどれだけ大事か知っている。
俺の理不尽な力を、俺が知っているのと同じように。
俺は、無駄な殺しはしたくない。邪魔だから殺すなんてこともしたくない。
それに、人を殺すために盗賊してるわけじゃねーんだ。この程度の我儘は通るだろう。
「・・・どうしてですか?」
素で聞いてきた。
なんか、初めに話を川辺で聞いたときみたいだな。状況は全然違うが。だが、似ている。あのときも、きょとんとした顔で聞いてきた。今も、何もわかっていない顔だ。
「俺がそうするからだ」
「?」
よく分からねーってツラしながらも、納得してくれたのか頷いた。
こいつは素直だ。はじめから、素直だった。素直にサイネンストについて来て、素直に俺の部屋に入って、素直に話して、素直に助けて、素直に身の上を語ってくれた。
駆け引きをしないやつ。
殺し方だって素直だった。
懇願する相手も、命乞いする相手も、逃げ惑う相手もお構いなしに、素直に殺していった。当たり前に、平等に。
こういうやつが一番、戦いでは怖いのかもしれない。
何をしでかすか、予想がつかない。
予測をしていても、斜め上をいく。
戦場では会いたくないなぁ。
普通に生活をしているときは、穏やかなのに、今も穏やかに見えるのに。どうして、あんな殺し方ができるんだか。
いや、はじめから俺は知っていたはずだ。
「なぁ。空鬼、お前は、仮にだぜ?こいつらを殺しても哀しいとか、虚しいとか思うか?」
「思いませんよ?」
即答かよ。それも、「当たり前でしょ?」って感じに言ってやがる。
はは。
こいつは、とんでもない。
殺すことも、生かすことも、なんら関心なんてねー。
まるっきりの他人事だ。
自分がやってることなのに、他人事みたいにしてる。
「なぁーーー」
地面が、沈んだ。
いきなり足場の感触が消えて、体が下に引き寄せられる。なんだ!?
パニックになったところへ、方腕をつかまれ上へと引っ張られた。
そこに地面を見つけて、無我夢中で腕を伸ばす。地面に爪を立て、体全体でつかむ。そこへ、腕が伸びて、俺を地面へと縫い付けてくれる。いや、落ちないように引っ張り上げた。
サイネンスト、ルィ、ハイスが俺の腕をつかんでくれた。でも―――――――
――――――おいおいおい! なんでお前が落ちてんだ!?
いや。本当は見ていた、分かっていた。
地面が消えたんじゃなくて、亀裂が走り崖下へ傾いたことが。
突然じゃない。
遠隔魔法による意図的な崩落。
多分、撤退命令を下したやつだ。上将軍よりも上の位の奴か、はたまたこんな回りくどい作戦を仕掛けた奴か。どうでもいいっ。今は!
今は、俺を助けるために、自分から腕を伸ばして引っ張り上げやつ!
一番俺から遠く、一番俺とは関係が浅いやつ!
そいつが!
落下している俺を追って崖から飛び降り、俺を崖上までぶん投げたオニが!
「空鬼ーーー!!」
俺を助けるために、自分が崖下に落ちていく。捕虜と一緒に。
くそっ!
盗賊の根城は一区切りです。次から、新しい出会いと冒険が始まる!かも。




