盗賊の根城 ⑫ 戦いの常識
「お帰りなさい」
ルィさんが出迎えてくれた。
よく喋る彼(セイド青年)は、後から来た仲間に無理やり引きずられるようにして帰って行った。傍らで気絶していた少女も抱えて。
そのとき、この世界の馬はみんな嘴付の生き物なんだろうか、と思った。
追う気はもともとなかったし、後ろに居たサイネンストさんも追わなかったからよかったんだろう。
彼を見送って、サイネンストさんに向き直ったら目を逸らされた。不思議に思ったが、疲れているんだろう。
仕事をした後の襲撃だ。誰だって、疲労はたまる。
僕はサイネンストさんの後に続いて、みんなのところに戻った。
どうやら先行し過ぎていたみたいで、街道まで出てきてしまっていた。
密集した密林の中は動きやすいけれど、敵を追っていると夢中になってしまうところは相変わらずらしい。
ああ、ここにはあいつがいないから気を付けないと。
戻りながら、つらつら考えていたら、ルィさんに出迎えられた。
「ただ今戻りました」
反射的に答える。その言葉にルィさんが目を細めた。何かしたかな?
「どうしました?」
「・・・・・そんな風にも笑えるのね」
「?」
そういえば、彼もそんなことを言っていた。笑っていると。
僕は手を顔に当てる。はて、そんな変な顔で笑っているだろうか?
そこで、気が付く。
触れた指先に感じる口元が、冷笑の形になっていると。
ああ。僕は、また。
「・・・・・性でして」
苦笑しながら告げる。
今度は大丈夫だろうか。
「・・・・・・・・・・ねぇ。あなた、こんな風に戦ったことあるの?」
ルィさんは僕を探るように見る。それは、そうだろうな。彼らの甘さに甘えていたのは僕なんだ。
「はい」
正直者ではないし、素直でもない。僕は強かなんだ。彼らの甘さに甘えて、優しさに甘えていた。僕のことを勘違いしていると知っていた。付け込んでいたんだ。
「お頭は?」
そんな僕を見かねたのか、サイネンストさんがルィさんに尋ねる。
ほら、そんな優しさが僕を付け上がらせているんだよ。
「雑兵を拘束しているわ。私たちのことをどこで知ったか探るためにね」
「そうか」
ルィさんはそういって黙り、背を向ける。たぶん、お頭さんのことろに行くんだろう。その背を僕も追う。サイネンストさんもついていくみたいだし。
目の端にキーくんの姿が映った。
でも、キーくんは僕に目を向けていなかった。
◆
「お帰りなさい」
私は戻ってきたサイネンストと空鬼に声をかける。
サイネンストは神妙な顔をしている。それが、なんだか少しおかしく思ってしまう。
傍らの空鬼は、今まで見たこともない雰囲気と表情をしていた。
「ただ今戻りました」
声はいつも通り。穏やかでおかしな所なんてない。
けれど、明らかにおかしい。
そう思っているのがわかったのかしら「どうしました?」と声をかけられる。
「・・・・・そんな風にも笑えるのね」
躊躇したけれど、そう返した。
その言葉に不思議そうにしていたけれど、顔に当てた手で気が付いたのか。そっと、目を伏せてしまった。
「・・・・・性でして」
困ったように笑いながら、吐き出された言葉は自嘲が混じっていた。だから、とっさに聞いてしまったのかもしれない。
「・・・・・・・・・・ねぇ。あなた、こんな風に戦ったことあるの?」
聞いて後悔した。
この子は、異世界から来たんだ。この子の人生を私が知ったところで、どんなことも言えない。
この子の世界を知らない私に、どう言葉がかけられるというの。けれど、
「はい」
と。迷わず答えてくれた。
その一瞬、この子はどんな人生を歩んできたのか知りたくないった。
極力、自分のことは話さなかった。思い出したくなかったのだろう。思い出せば、枷が外れてしまえば、きっとこの子は支えを失ってしまうだろうから。
だから、そっとしておいたのに。
どうして、私は大事な一瞬を、大切なことを間違えてしまうの。
「お頭は?」
サイネンストが間に入ってきてくれた。そうでなければ、きっと私はまた言ってはいけないことを言ってしまうだろう。
「雑兵を拘束しているわ。私たちのことをどこで知ったか、探るためにね」
「そうか」
その言葉で、体を反転させる。
ここに彼をおいておけない。
あたりの雰囲気が悪い。みな怖がっている。
返り血を全身に浴び、両手を赤に染め上げている彼は、まぎれもなく、
-----赤オニ
だった。
◆
恐ろしいと思った。
心底怖いと思った。
どうしてだろう。
空鬼には助けてもらったのに。こいつが居なければ、きっと俺たちはここまで無事でいられなかっただろう。
さっきから、逆立った毛が落ち着かない。空鬼の無事な姿を見たら、一瞬で自分の虎縞が総毛立った。
技量はあると知っていた。
経験も多少積んでいると思っていた。
けれど、それは、そんな認識は、間違っていた。
腕は相当で、経験は俺たち以上で、技術は半端なかった。
なんだって一撃で殺せる? 素手だぜ? 人の顔をぼこぼこに殴るとはわけが違う。陥没させてるんだ。胴体に入れば、内臓も、骨も潰してしまう。
ほとんど、一撃。
二撃入れるのがまれだった。
見ていてわかった。強いって。
素手でそんな芸当できる訳がないって。
できたとしても、二・三人だ。それ以上は、腕がダメになる。
骨は固く、筋肉は柔らかい。なにより、強固な鎧の上から殴ってるんだ。フレームは歪み、酷い奴だと破れている。鎧が、鍛えた鉄が役割を果たせないまでか、防御の役目すらなしていない。
普通だったら、自分の手にもダメージが来るっていうのに。迫りくる兵士の尽くを殴り殺したんだ。
ガンレットや、手甲をしていれば別だろう。それは、そういう武具なんだから。それなのに素手で、ぼこぼこ人を殴り殺せるものか。
魔力も纏わず。
異常だろう。何より、平然としていることが。
殺しても、殺しても、殺しても殺しても殺しても殺しても、殺し続けても、息一つ乱せずに、汗ひとつかかづに、命乞いの言葉すら、人の涙すら、哀れな懇願すら一切聞かずに殺せるものかよっ。
普通は、躊躇するものだろ?
普通は、表情を変えるものだろ?
普通は、あんなことしないだろ。
それなのに。
冷笑を湛えたまま、目を逸らすこともなく、命乞いの声を聞く端から殺して行った。
違いすぎる。
何もかも。
どう接していいのか、俺にはわかんねー。
あんまり進みません。戦闘の描写が苦手なので、狐と虎に語ってもらいました。鬼は敵にも味方でも扱いが難しい種族です。




