盗賊の根城 ⑪ 聖剣の使い手VS赤鬼
今回、新キャラ登場!ただし、ここでは当て馬的な感じになっている。あとから、きっと出てくるキャラです!
目の前の敵を殴る。蹴飛ばす。投げつける。
驚くほど彼らは恐怖なく僕に向かってくる。何時もなら、ここまで来たら反転していく奴が多くなるんだけれど。この世界のニンゲンは何も感じないのだろうか?
「っうわぁ」
いや、恐怖は感じているようだ。
目の前で僕の拳を剣で防ごうとしているニンゲンの顔面を殴る。気を失ったように倒れ、二度と起き上がれなくなった。
それを幾度も幾度も幾度も幾度も幾度も繰り返す。
でも止めない。止らない。
「やめろ!!」
止めないのは人の方だろう。僕に言わないでほしい。
滑るように目の前にきた若者を見て、そんなことを思う。
僕のことを見ていたのは知っていた。近づいてくるのもわかっていたけれど、僕はかまわず進んでいた。
彼が並の使い手ではないことも、きちんと分かっている。
わかっていながら、僕は何の武器も持たない。
金髪の彼の手には、豪奢な剣が握られている。
技物だろう。気配でわかる。それがいかに優れた剣であるか。
僕には関係ないけれど。
「こんな、惨いことはやめろ」
割り込んできた初めの言葉。
戦闘中に、剣を向けながら剣を向けた相手に話しかける突飛な行動に驚きながら、とりあえず距離を取る。
「こんな、戦士の威厳も何もないこと。どうしてできるんだ?」
袈裟懸けに切りかかって来ながら、言葉を発する彼。
何がしたいのか、油断を誘っているのか。はたまた、作戦でもあるのだろうか。注意深く観察しながら、剣の間合いを測る。
技術も大したものだ。
油断がならない。
「なんでこんな惨いことができる!!」
「それを言うのは変です。君たちが先に仕掛けてきたんですよ?」
場違いなことを言う彼に、とうとう口をきいてしまった。
これは、別に言わなくてもいいことだ。
「そうだ。けれど、こんな・・・・」
彼が何を言いたいかよく分からない。
「こんな」とは「どんな」ことだろう。まさか、人を素手で殺すことを言っているわけじゃないだろう。撲殺だろうが、惨殺だろうが、虐殺だろうが、死は死だ。
殺されたことは、ただ、殺されただけにすぎない。
僕は構えをとって動く。
彼が構える剣の間合いに入っていく。彼の間合いは把握した。
それを、苦渋の表情で迎える青年。
何を悩んでいるんだろうか。
剣先が僕の胴体へと迫る。僕はそのまま引きつけるように体を滑らせ、切っ先が触れる前に加速する。
空振り。
大上段からの一撃は外れた。そのことで、今度は彼の胴体ががら空きになる。
僕は、がら空きの腹部に拳をめり込ませた。
「?」
「!?」
手応えが、軽い。
驚きに彼が飛びのく。僕は距離を取られまいと追いすがり、さらに追撃する。
やはり、手応えは軽い。
二撃を与え離れる。
おかしい。ここまで拳を振りきっているのに、どうして手応えがなさすぎる?
「お、おまえ!」
激昂、というよりも驚愕。
どうして、そんな声を上げるんだろうか。というか、どうしてそんなに喋るんだろうか。
ふと、首筋がぞくりと泡立った。
―――ぼす
気の抜けた音を当てて、僕が今しがた立っていた地面が焦げた。
気配の先を見る。
そこには、一人の少女が立っていた。仕立てのいい、白い装束を着て。場違いなほどふるえている。そんなに、怖いなら戦場に立たなければいいのに。
「ミル!?」
どうやら彼の知り合いらしい。
驚いたように声を上げているが、戦闘中によそ見とか。
「がっ!」
今度は米神をとらえた。
胴体に効かずとも、急所の一つ。頭部はさすがに効かないわけがないだろう。その証拠に、吹っ飛んで行った。腹部への打撃は、手応えが軽すぎて困惑したが、頭部への攻撃は問題ないらしい。どういことだろう?
後で、キーくんに聞いてみれば分かるだろうか。
「セイド様!」
どうやら彼はセイドというらしい。うん。発音しやすい名前だ。彼とは、別の場所で会いたかった気がする。
「ぅ。く、くるな」
呻きながらも、どうにか立ち上がる。
なかなか骨のある青年だ。けれど、そう一人にかかずらっているわけにもいかない。ここら辺で、沈んでおいてもらおう。
「ぐっ!?」
曝け出されている後頭部へ躊躇なく、踵を下ろす。
ほぼ、踏みつける形で地面へ叩きつけた。さすがに気を失ったらしく。ぴくりとも動かなくなった。まぁ、もしかしたら死んでいるかもしれない。手抜きしなかったから。
地面にじわりと赤い池が広がっていくのを見て、前に向き直る。
そこには、唖然とした人々の顔があった。
ああ。ここは戦場だろうに、どうしてそんな隙だらけなんだ?殺されるぞ。
そんな唖然とした空気の中に入っていく。
「ひっ」
そんな声を上げながら、剣を構えることもできない兵士を一人一人殴っていく。蹴っていく。潰していく。
数人をのしてたら、またざわりと首筋が泡立つ。
―――ぼす。ぼす、ぼすぼすすすすす
右に左に避けながら後ろを振り返る。
ミルと呼ばれた少女が白い杖を持ちながら、涙目で僕を睨んでいた。傍らにセイド青年が寝ている。ああ、恨まれたな。
なら、仕方ない。少女を殺すのは抵抗があるけれど。人が死ぬのは当たり前だ。
ぼすぼすと気の抜けた音を発しながら、人の頭ほどある火の玉が僕をめがけて飛んでくる。避けた地面が焦げ付くほどだから、触れればひとたまりもないだろう。
爛れては、傷を治すのに時間がかかりそうだ。
僕は慎重に距離を測る。
彼女自身は戦闘慣れしている風ではない。きっと、セイド青年のために頑張っているのだろう。証拠に、彼には少女が羽織っていた上着がかけられていた。僕の見立てでは死んでいないんだけれど。
彼女の火をよけながら徐々に距離を縮めていく。
どうやら無限に火を飛ばせるわけではないらしく、肩で息をしだした。額にも玉の汗をかいているし、顔色も悪くなってきている。
なんか、僕がいじめているみたいだな。
彼女の体が傾ぐ。
火の勢いも弱まり、焦点が定まっていない。好機は今だろう。
「あ」
少女が声をあげた。
目の前には僕がいる。
――――トン
手刀。
悪いけど、君のような子供を殺すことは今の僕では無理だ。だから、彼と一緒に眠っていてね。
「撤退っ!」
遠くで声が聞こえた。
お頭さんの声じゃない。ところが、僕たちの誰かの声でもない。それは、敵軍から上がった声だった。
◆
「撤退!」
鋭くも、悲痛な声が聞こえてきた。
やっとか。
まったく、ヒヤヒヤさせる。
このまま、日が沈んでしまえばお頭の独壇場になる。それをわかっているやつがいるってことか。
なら、この結果は予想外だろう。
俺は、愛槍を油断なく構えたまま、退いていく国軍を見送る。こちらはお頭からまだ合図がない。それに、俺は特攻隊長としてやることもあるしな。
部下が無事か確認しながら、周りを観察する。俺自身は固い鱗のおかげで怪我もない。
だがまだ、終わっていない。
現に二人ほど残っている。
傍らに少女が眠り、満身創痍な青年がふらつきながら立っていた。
「―――――――――――――」
オニは平然としていた。
逃げる者を追う気はないようだ。だが、目の前の青年は「撤退」の言葉に従う気がないのか、そのまま相対している。
先ほど空鬼に伸された青年。
彼の名前は聞いたことがある、輝くプラチナブロンドの髪、鮮やかなグリーンの瞳。そして、握るは聖霊が鍛えし剣――フェアリー・ファーリス。
聖剣の使い手――セイド・バイラス・セイナーム。
聖剣の加護である身体強化のおかげで、空鬼の拳を数撃受けても平気だったわけだ。
けれど頭部への一撃、いや、二撃は効いているのかふらつきながらやっと立っている状態だ。しかし、剣を掲げているのはすばらしい。
だが、空鬼も無言で構えている。
こいつは、闘うとき、ほとんど声をあげない。相手が話しかけても。
「どうして・・・・・・・・・・・・どうして、そんなっ」
しかし、聖剣使いは声を上げる。ふらつきながら、先ほどと同じ質問を繰り返す。
俺は、そっと近づく。心配ないだろうが、名が聞こえるほどの使い手だ。油断できるわけがない。
「・・・・・そっちが仕掛けなければ、こうならなかったと思いますよ」
問いかけをやめない聖剣使いにとうとう空鬼が口を開いた。どうやら、呆れているようだ。だが、その態度が気に入らなかったのか、勢いよく顔を起こし声を上げる。
「違う!」
真剣な眼差し。
聖霊が鍛えた剣を携えることを許されただけはある、強い意志。その瞳に熱を宿し毅然と立つ姿は、幼さを残しながらも威厳がある。
俺は、槍を構え直す。
「どうして、そんな顔でこんなことできるのかって聞いてるんだ!」
「かお?」
その言葉に、空鬼は呆けたような声を上げた。
それはそうだろう。
薄ら笑い。
常にない笑いを顔に張り付け、佇んでいる。これは俺も見ていた。
だが、本人は気付いていないのか。不思議そうに首をかしげる空鬼。構えは解かない。
「確かに俺たちが仕掛けた、この結果は俺の力不足だ。でも、お前は何なんだよ!」
確かにそうだ。
兵士の幾人もその手で仕留めておきながら、なんら変わらず立っている。
俺も可笑しさに気付きながらも放置していた。
その方がいいだろうと思って。
殴る、蹴る、投げ飛ばす。
やり方はむちゃくちゃだが、敵は確実に減っていった。どういうわけか、ほとんど一撃で沈めている。そして、何より馬鹿にみたいに頓着しない。
死んでいようと、生きていようと。
再起不能と分かれば、それ以上なにも攻撃を加えない。
現に、呻きながら転がっている兵士もいる。
血反吐を吐きながら、顔色を土気色にして。
そんなやつの傍らに、平気で死体を重ねるんだ。
―――まともな神経してねーよ
いつか、お頭が話していた言葉が蘇る。
まともではない。
痛感した。この戦いで、彼の異常性がよく分かる。
だから、聖剣使いも声を荒げたのだろう。
「なんなんだよっ」
苦渋に満ちた瞳で空鬼を見る。俺は、いつでも飛び掛かれるようにしている。激昂して剣を振りかざさないとも限らない。
「いったい!」「さっきから、よくしゃべりますね」
空鬼がやっと話す。それも、被せるように言葉をかける。
「殺す相手に、どうしてそんな疑問?質問?問いかけをするんですか?それを知ってあなたはどうするというんです」
「な、に?」
「殺す相手にどうして感情移入なんてしているんですか?って聞いているんですよ。ああ、僕から答えた方がいいですか、なら―――
止めろと言われて、止めるぐらいならはじめから殺してません。
これでも、手加減も手抜きもできます。でも、戦場ですることではないでしょ」
はぁー、と。ため息をつく。
心底呆れたといわんばかりに。
俺は、自分の頬が引き攣るのがわかった。
「あなたはどうして、そんな風に声をかけたり、感情を乱せるんですか?」
分からないと。心底分からないと。
そんな風に声を上げる。
俺は自分が正常なのか、空鬼が正常なのか一瞬わからなくなった。
―――――何も感じてないのか?
あまりに自然と、あまりに当然と語るその姿は異常でもなんでもなく。
お前の方がおかしいと言われているようだ。
空鬼の態度を見て、聖剣使いは唖然としたまま剣を構えている。俺も、空鬼の顔は見れないが―空鬼の後ろに居る―想像できる。
こいつは、まじりっけなく、本気で、平気で言っていると。
「ど、どうして、そんな、ことが・・・・」
戦いには礼儀がある。
尊厳や誇りをかける戦いもある。それを、こいつはまっこうから否定した。今回の事は、国軍が全面的に俺たちに喧嘩を売った形になるが。でも、ただ殺すために、相手を見ずにただただ殺すために拳を振るっていたというのか。
――どうして、こんな惨いこと
戦いだ。
綺麗ごとで勝てやしない。けれど、勝ちも負けも気持ちが必要だ。勝つ気持ち、負けたくない気持ち。空鬼はそれがない。一切ない。
戦だからただ殺す。
殺す気で来ているから、殺してもいい。
そこに、一切の尊厳なんてない。一個人の意思なんてない。
ただ、肉塊になればそれでいい。敗者の意思なんて関係なく、勝者としての意思もない。勝ったものは、少なくとも負けた者を想うものだ。心を乱すものだ。
そうでなければ、勝利は虚しいモノだろう。
何のために勝つのか分からない。
虚しい。
この勝利は虚しい。
勝ってもちっとも嬉しくない。
お頭。
俺たちはとんでもない化け物を招き入れたようです。
空鬼が何気に酷い。いや、本人はいたって普通に言っている。こういうところを、多分青鬼にフォローしてもらっうんだろうなぁ。そういう、話がかけたら、かきます。




