盗賊の根城 ⑩ 戦のはじまり
ちょっと残酷描写があります。ほんのちょっとです。空鬼がオニです。
お頭さんたちの動きは迅速の一言に尽きた。
抱えきれるだけのお宝を最少人数に預け、三人一組に分けてばらばらに逃がした。
これなら、全て奪われることはないだろう。
だけれど、戦う数は確実に少なくなった。仕方ない。非戦闘員は離脱させるに限るし、大人数過ぎては動きが鈍くなる。
それに今は日が沈む前。日が沈んでしまったら、影を操るお頭さんの独壇場になる。それは、いいのだけれど、僕たちにも被害が広がってしまったら意味がない。
それに、一人で戦えるならお頭さんは僕たちと距離を取ってしまう。
そうなったら、一人集中攻撃を受けるだろう。
「・・・」
僕は僕のできることをしよう。ここにはコースケさんやキーくん、ハンスさんによってぃすさんたちがいる。彼らを守りたいと思う。
――――ばーか
「くす」
「おい、何笑ってんだよ」
キーくんがたしなめるように僕に声をかけてきた。
確かに、不謹慎だった。
「ごめん」
素直に謝って気を引き締める。
でも、あいつなら「ばか」の一言で僕に付き合ってくれるだろうな。
今は隣にいない青鬼の顔を思い出しながら、使い慣れない剣を握る。ここでは、抜刀したまま構えるようだけれど、僕はまだ鞘に直したまま。
これを使うかもわからない。
でも、僕の内にある刀は抜かないだろう。その確信はある。
「――――!」
前方から幾人もの気配が押し寄せてくる。
圧倒的な人数差だろう。視認していないけれど、それぐらいわかる。キーくんも緊張から耳と尻尾を逆なでながら、待ち構える。
今僕たちは森の中に布陣していた。
街道にでては、数で不利な僕たちでは太刀打ちできない。それなら、少しでも障害物があり、数の有利を覆せる場所で戦うのが一番だろう。
お頭さんは僕たちの後ろ。両脇を幹部のサイネンストさん、ハイスさん、ルィさんが固めている。
軍は盗賊団を捕えようとしているわけじゃない。
殲滅しようとしているのは明白だ。じゃないと、こんな宝物を盗まれる危険を冒してまで策を仕込まない。
だから、ここからはきっと死闘になる。
それをみんなわかっている。わかっているから、必死になる。
―――――わかる。わかるよ。
けれど、僕は心が冷めていく。
深々と、昏々と、白白と。
冷めていく。
戦う時は熱くなるんだけれどなぁ。
◆
目の前に、盗賊団の姿を確認したとき口元がにやけることを抑えられなかった。
苦労してここまで大がかりな策を立て。時間を費やし、人員を送り、嘲笑にも耐えた。あの時の屈辱は、この日のこの一時のためだったのだ。
「かかれーー!!」
俺は号令一番、先陣を切り憎き盗賊団に肉薄する。
目の前にいた小僧を斬り殺し。醜悪な獣を踏み潰し。迫る魔法を薙ぎ払う。
盗賊団は魔獣や魔物の寄せ集めの集団にすぎない。その頂点に立っている、盗賊団の頭と幹部はやっかいな連中ばかりだが、それとて醜悪な魔物にすぎない。
そんなものは、この世界に生きる価値などないのだ。それなのに、盗賊として粋がり、しまいには義賊扱いを受けるとは。
「はぁ!」
魔物など生きるに値しない。
「全て殲滅せよ!!正義は我々にあるー!」
そうだ。これこそが、正しい在り方なのだ。
◆
迫りくる人の波はあっという間に目の間に押し寄せた。物理的な人数差はどうしても埋まらない。だから、個々人でどうにかするしかない。
この点はみな腕に覚えがあるものばかりで、心配するべきことじゃない。
けれど、士気の面では劣っている。
心が弱れば、必然腕も落ちる。
だから、一方的な殺戮のようなこの光景を見てしまったら、きっと誰も生き残れない。
これは、戦だな。
頭の隅でこっそりと思った。
誰に言うわけでもないけれど。きっと、戦なのだろう。一方的な殲滅はそういってもいいだろうから。
だから、誰の目もはばからず、僕は剣を抜いて切りかかっていた。
冷めた心のままで。
「ふ」
呼気をはきだし、迫り来るニンゲンを切り伏せる。
腰にある剣は普通に抜いていた。無意識に掴むのは、やっぱり染み付いたものだからだろう。
呆気なく転がる体。
目をあわせることなく、迫る人波に向かう。
かち合う端から切り伏せる。
上下左右、縦横無尽に。
当たる端から切り伏せる。当たらないわけがない、回りは敵だけ。なんら、気にすることはない。
だから、当てる、切る、叩く。
ここの剣は、斬り殺すよりも、叩き殺す武器だ。
切れ味は重要じゃない。
当たるは幸いだ。
「ーーーーーー!」
何か喚きながら近付く塊が来た。
よく聞き取れなかったが、乗っている動物はこの世界の馬。
鋭い嘴に太い四本足。薄茶色の毛が全身をつつみ、眼光鋭く睨み据えている。
でも、操っているやつは、まぁ、二流かな?
五月蝿いから剣を投げつける。それだけで上体を崩した。
馬は主人を守るため立ち止まるが、生憎主人がなっていない。
いい的になっていた所に、近くにいた兵士を投げつける。呆気なく落馬。馬鹿だ。自分からどうにもできなければ、降りればいいのに。そんなんだから、落ちたところを殴られるんだ。
顔面を陥没させた手応えを受ける。
悪いけど、いや、ちっとも悪いとも申し訳ないとも思っていたけど。今日は手抜き出来ない。
当たるを幸いに、みな肉塊になるだろう。
ここからは、手抜きなく行こう。
◆
おいおい。
まじかよ。
駆けてきたやつ、上将軍ユータイス・トロイデ。
そいつを一撃でのしやがった。しかも、
「殴り殺しかよ」
他のやつは気付いてない。いや、いつか気付くだろう。
でも、気付かないやつは気付かないだろうな。殴り殺した本人とか。
ここで、問題なのは将軍が殺されたことを味方もわかっちゃいねーってことだ。
それはそうだろう。
どこのどいつかわからん奴が、殴り殺したんだ。誰も認めねーし、見ちゃいねーだろう。ただでさえ、入り乱れてんだ。
たく、どこのどいつが森ん中に押し入ってくる国軍がいるってんだっ!
こっちは好都合だが、このまま消耗戦じゃ不利にしかならない。
「あっちいけー!」
となりで、呪文でもなんでもない言葉を発しながら、攻撃魔術範囲内に入ってくる兵士を魔法で打ちまくっているハイスを見る。
“異色の魔術師”の名に恥じないこいつの魔術は、まさに千差万化の変化を見せる。それに見合う魔力量も誇っている。まぁ、少しばかり俺の手が離れても大丈夫だろう。
ここにきて、魔術師団の連中も魔法攻撃に移ってくるだろう。
そうなれば、泥沼になる。
それだけは、避けねーと。
だから、俺は影を伸ばし、魔術師団の足止めをする。
この力を使えば、簡単に命を奪えてしまう。今回はそうすべきだろう。情け容赦していたら、こっちが死んでしまう。
だから、遠慮容赦しない。
そのまま、力を込める。
拳に力を込めるように。簡単に呆気ないほど、魔術師たちは倒れふす。それは、そうだろう。本体と影は切り離すことができない。だから、影が傷つけば本体も同じ傷を受ける。
影の首を離せば、首が飛ぶ。
影の心臓を潰せば、心臓が止まる。
至極簡単なことだ。だから、俺はこの力が嫌いだ。何の感触もない。砂を掌で握る程度の力で、簡単に人生を終わらせることができる。
こんなんじゃ、駄目だろ。
こんな力は、駄目だろ。
不公平だとか、不条理だとか、力を持っている俺が言っていいことじゃない。
けれど、これはそういう【力】だ。
それを俺は知っている。
不公平がどれほど残酷か。
不条理がどれほど暴力的か。
だから、俺はこの力を極力使わない。使いたくねー。
だけれど。
「お前は、躊躇ねーなー」
赤オニは、それこそ躊躇なく人を殴り殺していく。
その手の感触に、死を感じないのか。
目前の人間が死んで、嫌じゃないのか。
人を殺す恐怖はないのか。
お前は何にも感じないのか?
元の世界では、鬼として空鬼の態度は普通とはちょっと違います。戦闘に特化している鬼だから、ちょっと困ったことに人の気持ちが分かんないんです。ちょっとだけ。




