閑話休談 ① 赤鬼と青鬼
ちょこっとお休みです。赤鬼と青鬼のエピソード。
青鬼出てきてないのにいいのかな。
◆
森の中の小さな、小さな洞窟の前。
子鬼が二人、洞穴の前にいた。
一人は赤色の子鬼。 一人は青色の子鬼。
空鬼!
「なんだよ」
お前、俺をおいていくなよな
「置いていかないよ。いや、置いていきたいけどね」
そんなこと言うなって。俺たち兄弟だろ
「血は繋がってないけど。そうだね。まぁ、守ってやるよ」
お前に言われたくない。お前は俺が守ってやるよ
「大きなお世話だ」
◆
「空鬼!」
鋭い声が僕を呼んだ。その声で、体を反転させる。
「あっぶねー」
あと少し回避が遅かったら、矢が刺さっていた。
「おい!あぶねーだろ!」
怪我をするのは僕の方なのに、どうしてこいつが怒ってるんだか。
「うるさい。避けたんだから、いいだろ」
「いいわけねーよ。怪我なんてするなよな」
「するわけないだろ。薬代だってバカにならないんだ。それに、この程度じゃ怪我なんてしないよ」
僕たちは背中合わせで声を掛け合う。そんな合間に、刀が槍が伸びてくるがそんなもの僕たちには届かない。そう。この程度ではまだまだだ。こんな、生易しい戦いなんて。
今日は曇天。昼間だというのに、まったく明るさを感じない。そんな天気のもとで、僕たちは戦いをしていた。ああ、寒い。
「もう少し南に住みたいな」
「あんでだよ」
「食べならが話すなよな。だって、寒いじゃん」
干し肉を食べながら、僕たちは死体を椅子にして(割合きれいな死体を選んで)休憩していた。
朝から戦い尽くしだったけれど、動いているときは寒さなんて感じなかった。けれど、こうして休んでいると今日の寒さは身に染みる。
「寒けどさ~。今から移動したんじゃ、雪で動けなくなるぞ」
「分かってるさ。あ~あ。結局あいつらからとるしかないんだな」
「良いだろ別に?欲しい奴あるんだろ?」
「そうだね。あの色は欲しいな」
そう、彼が持っている色が欲しい。
髪の色。
鴉の濡れ羽色の艶やかな黒色が欲しい。僕の色になるわけじゃないけど。もらうことはできる。
彼から受け取ることはできる。
「欲しいなら、ここに居た方がいいだろ」
「絶鬼こそ、彼女が欲しいんじゃないのか?」
青鬼の絶鬼。僕の相棒で幼馴染、そして唯一の家族。
僕とは対照的な青色を纏う鬼。青色の髪は長く腰近くまで伸ばしていて、頭の高い位置で髪を結んでいる。空色の目と、青い三本角が曇天の空の下なのに、青空のように青いままなのは変に不思議に思う。
こいつはいっつも変な代償を枷る。枷られたほうは嫌だろうなと思いながら、僕はいつも見ているんだけれど。
「俺が欲しいのは、あの女の匂いだっ。たまらん!」
「変態」
「俺は変態じゃねー!男の中の男だ。ただ、彼女の香りが欲しいだけ」
色をもらえば、その人からその色がなくなり。特徴がなくなる。
匂いをもらえば、その人から香りがなくなり。存在感が薄くなる。
だけど、鬼からの呪いを受けてまで彼らは僕らに願った。
この戦に勝ってほしいと。
領地を取り戻してほしいと。
だから、僕たちはその願いを叶えるまで。その対価として、彼らの大切なものをもらう。一つじゃない。複数もらうこともできる。それは、願いの重さで変わってくるけれど。
でも、今回は、たぶん、たくさんもらえる。奪える。
彼らからお金も、名誉も、色も、香りも。
人を呪わば穴二つ。
彼らはまさしくソレ。この戦に勝っても、きっと手に残るものはほんのわずか。それでもいいというのだから、それでいいのだろう。僕たちの知ったことではない。
「なぁ、明日はもっとまともな戦いになるといいな」
「そうだね」
今日はつまらなかった。
相手の数が、たかだが百名ほどだったからだろう。僕と絶鬼二人でどうにかなったし。
それに、ここは寒い。寒いと体が思うように動かない。元々、僕と絶鬼はここよりも暖かい場所で生まれ育ったんだ。慣れない環境だと、どうしても勘が鈍って仕方ない。
「まぁ、今日は休もうぜ。もう、仕掛けてこないだろ」
「そうだな。それにしても、寒い」
「まだ言うか」
そんな会話を交わしながら、昼食を終えて僕と絶鬼は戦場を歩く。
僕たちが隈なく殺しつくした死体の海を歩いて渡る。そこかしこで、動かない体がある。恨めしい目が僕と絶鬼を見ているような、気がする。
でも、その恨みはお門違いだ。恨むなら、僕たちに願った彼らに向けてくれ。これは、人の業なんだから。人間のせいなんだから。
悼む気持ちはない。
虚しい気持ちもない。
だって、僕は鬼だ。人じゃない。
人と一緒にしてほしくなんてない。
「あ」
「あ」
僕と絶鬼は同時に空を見上げる。
空から降り落ちる、白い、白い、粉雪を見る。
「どうりで寒いわけだ」
「そうだな」
もう、雪が降る季節か。彼らのもとに身を寄せて、戦場に出るようになったのは、確か初夏の頃だったはずだ。もう半年近い間、戦場と家を行き来している。
「もうすぐこれも終わるから、年越しは家で暖かくして迎えられるな」
「ああ。さっさと終わらせよう。雪が積もっちゃったら、年明けまで待たないといけないからね」
「それは、嫌だな」
絶鬼と顔を見合わせ、苦笑いを交わす。
年末年始、戦漬はさすがに嫌だ。そういって、僕たちは家に帰った。
◆
「あち~・・・・」
「暑いのがいいっていったのは空鬼だろ」
「暖かい所がいいって言ったんだ」
まったく、いつの話をしているんだ。あれは年を越す前の話だ。真夏の時に言ったりしない。
「つうか、しかたねーよ。夏なんだから」
だろうな。
「上に行けば少しは涼しいかな」
「そんなことすれば、今度は冬になるぞ」
絶鬼がまともなことを言ってる。暑さで頭がやられたのだろうか。
「おい。どうにかしろ」
「できるかっ」
暑さでどうにかなってるのは僕も同じようだ。ああ、暑い。いやこの際暑いのは仕方ない。真夏は暑いモノだろう。だけれど。
「てか、なんでお前くっつくんだ。暑い」
体を密着させているこいつを離せば少しはましになるだろうな。言っても聞かないけど。
「いいだろ。別に」
「良くない。融ける」
こんなことをもう何度も言っているのに、まったく聞かない。はぁ~。
目の前に垂れてきた、絶鬼の夏の空にも負けない青色の髪に指を通す。なんとなく、そうしたけれど、触り心地がいいからそのまま何度かすいてみる。
「融けねーよ。ああ、でも、融けてもいいかもだな」
「頭わいてるぞ~」
本格的に駄目だ。というか、二人して融けたら嫌だ。それは嫌だ。
あれ?てか、何で旗小屋の一室で暑い中くっついて過ごしてるんだっけ?
「てか、最近戦ねーな」
絶鬼の言葉で、熱に溶け出していた思考が戻る。ああ、こいつ殺して冷たい死体にすれば少しは部屋の温度は下がるだろうか。
「いや。こんな中ではだめだ。腐る」
そうだ。殺すのはいいけれど、速攻で腐ってしまう。そしたら、涼しさなんて味わうこともできない。
「はは。腐るのはイヤだな」
・・・・・・ああ。そういや、戦の話だったけ。
危ない、危ない。普通に話がつながってよかった。
「だろ。でも、そろそろ。腹がすいてくるよな」
「実際、空腹ってわけでもねーんだけどな。でも、人の願いは病み付きになる」
「ああ」
人の願いなんて叶えなくても僕たち鬼族は生きていける。てか、叶える必要なんてない。普通に生きていくだけなら。でも、やっぱりどこかで思ってるんだ。
戦いたい。
殺し合いたい。
そんな思いがあるから、戦場に出るし。鬼族の大半はどこかの豪族か氏族に付いている。力があれば、宮廷に付くことだってできるけれど。
「そういやーさ。北の軍神が豪族側について、宮と戦はじめるらしーぜ」
「うん?宮廷には戦神と鬼神がいるんじゃないのか?」
僕たち鬼にも位がある。位が高ければ高いほど、神に近づき、神格を授かることもできる。そして、鬼を統括するのが【鬼神】。神格を賜り、人の世の基盤となる柱の一つとなる。
鬼族の地位の中で最高位が【鬼神】。二位が【闘神】。三位が【軍神】。四位が【戦神】。
闘神の地位もあるが、今は空白になっている。鬼神の位以外は、空白があっても構わないからだ。それは、鬼神は神格を賜るけれど、二位以下の闘神・軍神・戦神は神格はない。ただの位であり、ふさわしい鬼が居なければ空白になる。
ただし、鬼族の全てを統括する鬼神の位は空けられないけれど。
といっても、代々世襲制だから、野良暮らしの鬼には関係がない。
二位から四位までは自分の力で勝ち取ることができる位だが、鬼神だけは手が届かない。
でも鬼族を統括する鬼神に、全ての鬼が追従するわけじゃない。ところが、力が弱い鬼神が付けば、大半の連中は言うことを聞かない。
僕たち鬼は実力主義ってやつ。
だから、反抗するやつが出てくるのは当たり前。
「鬼神も代替わりしてる最中で、基盤揺らいでっから仕掛けやすのかもな~」
「行ってみるか?」
面白そうだし。何より、ここより涼しいだろう。
「腐りたくないんだろ?」
「嫌だ。けど、北は涼しい」
「・・・そのうち、寒いって連呼するようになるぜ」
だから、いつのことを言ってる。
「いいさ。その時は、その時考えればいい」
「まぁ、いいけどさ。ならよー。疝鬼の所に寄って行こーぜ」
「ああ、そうだな」
あの料理上手はいつ行っても歓迎してくれるから、嬉しい。
ちょうど、京への行道に疝鬼の家はある。久しぶりに、うまい飯がたべられそうだ。
次は本編です。




