勇者召喚! ただし勇者がわかりません
コンコワナ大陸の中心にほど近いイェサエル皇国の地下遺跡では、魔術師五人が魔方陣を囲んで杖を掲げ詠唱していた。
ゆらりと光る魔方陣の中心に、白い少女が膝をつき祈りを捧げている。白い巫女装束に、淡い金髪を地面に垂れるように流している一人の少女。
彼女は白すぎる両手を握りしめ、一心に神に祈っていた。
そして、地下遺跡には魔術師達と少女以外に剣を持つ騎士が一人いた。唯一の出入り口に毅然と立ち、彼は一人、儀式の行く末を見守っている。
今は、逢魔が刻。
この一瞬のために多くの人々の思いが、供物が費やされている。決して失敗することができない一瞬。だが無情にも、あと数分で完全に太陽が没してしまう。
しかし、魔術師と少女は諦めない。諦めることなく、朗々と詠唱を響かせる。
沈みゆく太陽が放つ最後の一筋の光さえ逃すまいと。
これを逃せば、ーーー
そんな覚悟が神に届いたのか、ゆらりと光っていただけの魔方陣が目映い光を放ち始める。
神々しい光だ。
朝日が放つ、凄烈な光のように。
夕日が放つ、淡くもあたたかな光のように。
唯一、この状況を冷静に見れる騎士はその奇跡に目を、心を奪われた。
魔方陣が奇跡のような光を放ち、少女が神々しい光の渦の中心にいる。そこで、詠唱を歌のように響かせる、その姿を凝視する。
まるで神話を目撃しているようだ。
奇跡が起きつつあることに、震えそうになる心と体。少女と魔術師たちは詠唱に力を込める。天に届けとばかりに、神に届けとばかりに。
果たしてその魔方陣から、いかな勇者が現れてくれるのだろうか。
光が最高潮に達し、洪水となって地下の暗い空間を満たす。
しかし、一瞬のこと。
光の洪水は太陽が放つ最後の光が消えると同時に、霧散した。
そして、そこに現れたのは。
ごちん!
強かに、頭から着陸した人物がこの世界が望んだ勇者。
「......後、ご、......年、寝かして」
どうやら、5年後に起きるようだ。
まさに奇跡の中から誕生したかのような勇者のまさかの発言に、いち早く現実に戻ってきたのは白い少女だった。
「困ります!今すぐ起きてください!」
すぐに駆け寄り、勇者に声をかけ揺り起こす。手加減も何もなく、力の限りに揺さぶる少女。
その光景を見て、魔術師五人と騎士も駆け寄ってきた。
「むー.......む?」
数分間勇者は揺さぶられたり、大声をかけられ、あまつさえ叩かれ、ようやく夢から覚める声をあげた。
そのころには、大の男6人の方が疲弊していた。
のそりと、身体が動く。
白い布が僅かに上がり、周りを伺うように左右を向いた。頭から着地した勇者は、全身を白い布で覆っていた。
そのため、頭からすっぽりとかぶっている白い布から顔は覗いていない。故に見えるはずがないのだ。にも拘らず、白い少女の方を向いて首を傾げる仕草をする。
「あ、私 イェサエル皇国の巫女、リクシェラと申します。勇者様どうか私達の国、いえ。世界をお救いください!」
白い少女、リクシェラは、勇者の反応を見てとっさに地面に身を投げ出すように跪いた。少女に習うようにして、魔術師と騎士も共に膝をつく。
それを見て、未だ白い布を被ったままの、異世界から来た勇者は困惑したように体を揺らす。
「ゆうしゃ?」
か細いが、はっきりとした声が地下室に響いた。
「はい!どうか、どうかお願いします!」
リクシェラはすかさず声を上げる。彼がこの世界の唯一の希望なのだ。なんとしても、聞き入れてもらいたい。そういった一身で、さらに頭を下げる。
しかし、リクシェラの必死の願いの前に、異世界からの来訪者は、ゆっくりと言葉を飲み込み上体を起こす。そして、跪いたまま動かないリクシェラ達を見る。
数分がたち、遠慮がちに勇者が口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すみません。ゆうしゃ?って何ですか?」
おずおずと出された質問に、リクシェラははっきりとした声で話す。どうやら、混乱はしていないようだ、と胸をなでおろして、これならば言いくるめられると考えた。
「勇者とは、勇気ある者です。私達の先頭に立ち、私達を導く救世主のことです」
「..................?」
よくわからないといったように、首を傾げる。
勇者の反応を頭を下げた姿勢のまま、敏感に察知し、言葉を重ねる。
「つまりは、皇国ひいては、人類のいえ、世界の全ての種族を率いる強者のことです」
あなたは選ばれたのだと。
この世界は、あなたにしか救えないのだと。
どうか、私たちをお助けくださいと。
リクシェラは言葉を重ねる。懇願を重ねる。
決死の思いで世界の扉を開いたのだ。この好機は二度と訪れない。私たちの国を、疲弊した世界を救えるものをやっと得られたのだ。
―――――ここで、逃せない!
しかし、リクシェラの言葉はそのどれも目の前の勇者にはうまく伝わらなかったようだ。反応が鈍い。それを、不安に思い顔を上げる。
それを見て勇者も、ゆっくりとした動作で顔を隠すようにかかる純白の布に手をかける。
「.......それなら、」
異世界からの来訪者は、白い布、純白の羽織を取り払う。
「人の方がいいんじゃないんですか?」
そこには、優し気な青年の顔があった。
優しい風貌。パチリとした瞳は淡い橙色、赤い髪は紅葉色、象牙色の肌。暖かい微笑みをしているが、その額には、
「僕、鬼ですよ?」
赤く、紅い二本の角があった。
勇者が登場しましたが、自分の役割というか呼び出された目的自体わかっていません。そして、けっこうピュアです。