王女の視察②
さて、王女様を案内するのに俺が必要なのかはさておき。アルメスの心が大荒れに荒れていることは、想像に難くない。
まぁ、だからといって八つ当たりをする奴では無いが。
「街にほとんど降りたことがない、とのことでしたので、簡単にギルド内をご案内い致します」
ギルド内の受付、依頼書の看板に始まり。ギルドのランク設定、取り扱っているアイテム、買い取り方法、魔物の難易度によってはギルドから高ランクの冒険者に依頼を頼むなど、基本的なことから、裏話も挟みながら、案内をそつなくこなしている。
もともと、子供の面倒見もいいし(目つきは悪いが)王女様なんて身分が高いからと行って、変にへりくだったりもしない。
王女様もアルメスの説明に時々質問をしながら、嬉しそうに説明を聞いていた。
王城からあまり出たことが無いのだから、見る物すべてが物珍しいのかもしれない。
身分があり、それに見合った環境の中で生活する。見る人から見ると、狭苦しいと感じるかもしれない。けれど、彼女やあの王子様はそれを責務として受け入れている。
だからこそ、アルメスも慇懃になることも、馬鹿にすることも無く、淡々と説明をしていく。
「ざっとですが、これが世界各地に拠点が存在するギルドです」
「丁寧にありがとうございます。私感動いたしました。やはり、ギルド、冒険者の方々がいてこそ、街の平和、ひいては国の平和を維持できるのだと理解いたしました」
「ありがとうございます。そういっていただけで恐縮です」
もっとも、アルメスは医聖で、俺はギルドに登録もしていないけれど。
楽しそうに目を輝かせて聞いている王女様に、わざわざいうことでもない。
「そういえば、先程珍しい植物が持ち込まれたと言っていませんでしたか?」
おっと。純真そうに見えるけれど、この子は王族。笑顔の中にも、自分立場を理解しているもの特有の迫力がある。
「その植物、少し見せていただくことはできないかしら?」
ギルドの職員に言えば、すぐにでも見せてくれるだろう。何せ、王女様の「お願い」だ。断る奴がいるはずもない。
アルメスに目配せをすれば、かすかに頷かれる。
「聞いてくるのでお待ちいただけますか?」
「ええ。お願いします」
要求が通ると分かってますと、微笑みの内にたたえていた。
◆
ユーリテにお店に呼び出された。珍しい。いつもは、僕がギルドに行ってから依頼を聞かされるのに、今日はどうしたんだろう?
「あ、来てくれたね!ありがとう!少し、こっちに来てくれる?」
お店に着いてすぐ、ユーリテに腕を引かれて奥に向かう。確か、工房?って言っていた場所だ。いつもは、お店の受付で話すのに。
「これは。ずいぶんと荒らされましたね」
「ああ。泥棒だと思うかかい?」
「泥棒でしょうね。泥棒じゃ無ければ、ユーリテが寝ぼけて荒らしたことになりますよ」
そうなんですか?と僕が聞けば、「大切な商売道具にそんなことするはずが無い!!!!」と叫ばれた。そうだよね。
それにしても、台風でも通り過ぎたのかというほど荒らされている。
「昨日の夜ですか?何か物音はしませんでしたか?」
「昨日寝る前はいつも通りだったよ。物音も聞いていない。全然。コウリンも知らないと・・・」
「コウリンちゃんは今どこに?」
「騎士団に行ってもらっているよ。其処が安全だし、危険な薬品もまき散らかされていて、私じゃ無いと片付けもできないしね」
いつも寝不足で顔色が悪いユーリテがさらに、顔面蒼白にしている。それはそうだろう。昨日、採取した寄生植物もここに保管されていたんだから。
「どうしよう。この惨状じゃ、何を盗まれたのか分からない。散乱している物を全部元に戻せたとしてもお店はできないよ」
商売道具が壊されているんだから、お店の継続は難しいだろう。簡単に買える機材ではないだろうし。それに、打ちひしがれているユーリテにそんな気力は無いだろう。
「ごめんね。一人では怖かったから呼んだんだけれど、騎士団が来るまでここに居てもらえるかな?」
「はい。大丈夫ですよ」
今朝早く、黄色の鳥が手紙を届けてくれた。クレアの所で文字の読み書きを教わっていて良かった。そうじゃ無かったら、何が起きたのか知りようが無かった。
それにしても、物取りにしては散らかしすぎでは?
こんなに荒らしたら物音で誰かが気づくかもしれないし、薬草のお店なんだから危険な薬品があると分かるはずだ。吸い込んだだけで、危ない物もある。そんな危険も顧みずに、全部の棚から薬をぶちまけるだろうか?
お金を持ち逃げしたいなら、まず目に付く金庫を壊しそうだけれど。
金庫も傷はついて行けるけれど、空けられてない。魔法がかかっていたりするのかな?でも、魔術師で薬師のお店を襲うなら、何か対応出来る物を持ってくるのよね?
それに、売ったらお金になる薬を駄目にしなくても、何個か持って行けばいい。
わざわざ割る必要があったのかな?どの薬を盗んだが分からなくしたかった?
それなら、分かるけれど。でも、暗い中、一目で薬を見分けるのって大変じゃないか?
薬の知識を持っていて、盗む物を絞って盗みに入った。何を取られたか分からないように、わざと荒らして逃げた?
でも、ユーリテのお店以外にも薬屋はある。どうして、このお店だったんだろう?
-いいか?その場で事件が起きんじゃない、その場だから事件が起きたんだ。その場所にしかないものは何か?それを考えれば、犯人は絞れるんだよ。だいたい、物取りなんてそんなもんさ。
青鬼はそう言ってたな。どこにでもあるものじゃなくて、この場にしかないものを盗みたいから、盗みに入るんだ、と。
だから、「この」場所に「それ」があると分かっている人物が犯人。
「そういえば、昨日採取した寄生植物から作る薬って完成してたんですか?」
「え。いや。完成はしてないよ。まだ二日はかかる」
「二日?それって、二日待てば完成するんですか?」
「ああ。そうだよ。精製は済んでるから・・・」
「ユーリテ?」
ユーリテが青白い顔を天井に向けて黙ってしまった。
何かに気づいて、唖然としている、そんな表情。
「精製は、済んでいる。だから、二日待てば、薬は使えるんだ」
--ただし、二日待たずに使ったら、人を殺せる毒薬になる。
本来、魔物に向けて使う毒。正しい知識と用法で使用する場合は、問題が無い。けれど、そうじゃなければ、それは人殺しの道具になる。
まぁ、魔物に効くのなら、人間にも効くよね。




