植物採取 ③
うごうごと近づいてくる熊。
目は虚ろで、口からは唾液が絶えず滴っている。うめいているのか、ただの呼吸なのか分からない音を発している。
ただ、生きている感じがしない。
死体が動いている不気味さだけがある。
けれど、なるほど。植物。寄生植物か。身体のあちらこちらから、白い芽を生やしている。小さな茸のような、春の山菜のゼンマイのような。そんな植物を体中に転々と生やしている。
「あれが、寄生植物、ですか?」
「あ、ああ。そう。そうだよ。不気味。だね。ははは」
ユーリテが震える声でそんなことを言った。
「見たこと、あるんですよね?」
「あるけど!あるけれども!慣れないんだよ!あの緑色の皮膚とか、虚ろな目とか!怖いだろ!!」
小声の涙声で震えながら言われてもなぁ。
「採取したことあるんですよね?」
「あるよ。ただ、友人の魔術師と冒険者が始末した後に、友人に付き添われてなんとか」
「え!ユーリテに、コウリンちゃん以外の友人がいたんですね」
「居るよ!そこに驚くなんて、失礼なやつだなぁ」
ユーリテに友人がいて良かった。それに、採取もしたことがあるんだったら、大丈夫だろう。
「じゃあ。首を刈ってきますね」
「ああ。よろしく頼むよ。くれぐれも私に危険がないように!ね!」
「はい」
くっきーには、ユーリテのそばに居て貰った、僕は魔物ー寄生植物のヒドロノウツボに近づく。
恐らく、嗅覚も聴覚もあるだろう。だから、慎重に背後に回り込む。
お香の側で、鼻をひくつかせているからこちらに意識が向いていない。そこを狙おう。
気配を消して、近づいていくと。複数の足音が聞こえてきた。
かさかさと枯れ葉を踏みつけて、草木をかき分けて近づく音。ぞくりと、首筋が泡だった。
これは駄目だ。
素早く木に登る。しばらくして現れたのは、寄生植物の集団。
ざっと、十は居る。
お香に引き寄せられるように集まってきたのは明白だ。この数相手に戦うのであれば問題ない。
けれど、相手は植物。意思がない。だから、敵意が無い。動きが読めない。
さて。どうしようか?ユーリテが居る場所に気づいている様子は無い。そっちは、安心していいかな。風下だし。くっきーもいる。もう少し、右にそれてくれないかなぁ。
うごうごと、ひしめくようにお香の側に寄って、ふらふらしている。匂いが消えるまで其処に居続けるかもしれない。そう思ったとき。一匹が大口を開けた。
ぷちぷちと顎を限界以上に開いて、喉奥すらさらすように開いていく。痛みすら感じないのだろう。
そのまま、目の前の魔物-同族であるヒドロノウツボを飲み込んだ。
文字通り、飲み込んだ。蛇の丸呑みのように。
一回りほど小さな体躯だとしても、腹の中に収まる大きさじゃなかった。だから、喉を膨らませ、口から足を生やした状態でのそのそと動き出す。
飲まれた方は、抵抗すらしていない。外に出た足はぷらぷらとしているだけだ。
周りのヒドロノウツボ達は、気にもとめていない。ただ、鼻をうごめかすばかりで離れていく一匹を追おうともしない。
だから、僕は飛び降りた。
同族を飲み込んだヒドロノウツボがちょうど真下に来たから。
首を切り落とす。もちろん、喉に詰まっている物体もろとも。
知識の国に来て購入した剣は鋭くて、軽く両断してくれた。吹き出る鮮血は緑色をしていたから、ああ、植物の汁っぽいなと思った。
続いて、こちらに気づいたように振り返った一匹も首を飛ばす。続けざまに、密集した中に入り込んで剣を振るう。
軽い手応え。
生き物と言うよりも、植物の茎を切っているような、何層もある繊維を両断するような手応えだった。
しかし、一匹が素早く後ろに下がった。
普通の動きじゃない。まるで、虫に似た動き。反応を見る。
うごうごとうごめく身体。四肢に力が入っていないように、ゆらゆら揺れている。口は開け放ち、目は白目しかない。
呼吸をしていないのか、息づかいが一切無い。
残りはこの一匹だけだ。
「こらー!早くやって!採取出来ないでしょー!」
ユーリテが叫んだ。怯えを含んだ叫び声だったから、怖かったんだと思う。けれど、目の前の寄生植物は、その声に反応したように後退していった。
「え?」
姿勢を低くして、かさかさと後ろ移動して視界から消えた。
「ひぇぇぇぇ~。気持ち悪いぃぃ!!」
ユーリテがその姿を見えてまた悲鳴を上げている。
確かに気持ち悪い移動の仕方だった。動物というよりも、やっぱり虫に近い動きだった。黒くて、かさかさ移動する、すばしっこいあれ、みたいな動きに僕も驚いた。
「ユーリテ、採取をお願いします」
気を取り直して、ユーリテに声をかける。ぷるぷる震えながら、なんとか採取をしてくれた。
採取をしている間中、くっきーを片腕に抱えていた。くっきーが離れようとすると、泣いて「もう少しそばにいて!」と言って離してくれなかった。どうしてだろう?
くっきーも迷惑そうに、目を細めていた。後で、美味しい串肉をごちそうしてあげよう。




