ユーリテのお店
「にゃにゃにゃ」
今日のくっきーは、すごくご機嫌だ。昨日の串肉が気に入ったんだろう。
良かった。あそこのお肉は僕も好きだ。多めに買っていたから、朝ご飯にも出したら喜んでかぶりついていた。少し固くなっていたけれど、味は変わらず美味しかった。
「今日はギルドの依頼は受けないよ。少し、魔術師の所に行こうと思うんだ」
本を返す道すがら、寄り道する程度だけれど。結局、本を読んでも世界樹【ユグドラシル】の話は載ってなかった。けれど、少し気になる記述は見つけることが出来た。
これで、彼女にも聞きやすいだろう。
本に興味を持ったから、教えて欲しいと言って、教えてくれるかは別だけど。
「聞かないよりも、聞いて何か得られればいいよね」
行動しないと何も分からない。
ここでは、全てが手探りなんだから。
◆
大通りに面した一角に、ユーリテのお店がある。
主に治療薬を売っているお店で、ここに居る魔術師がよく薬草採取の依頼を出してくれる。個人的に親しくなったら、高額で依頼を持ってきてくれた。
どうやら、気に入った冒険者を指名して依頼を出したりも出来るらしい。初耳だったから、その時は驚いた。
「こんにちは」
「にゃー」
くっきーを肩に乗せたままお店に入る。ユーリテのお店は大通りにある分、規模は大きい。けれど、働いているのは従業員一人だけ。それも、ユーリテの弟子、コウリンちゃん。
「あ。クウキさん、くっきー、こんにちは」
とても礼儀正しい子だ。
それに、くっきーもコウリンちゃんを気に入っているようで、僕の肩から彼女の肩に飛び移って挨拶している。
「あはは。くすぐったい」
くっきーが彼女の頬にすりすりと頭を擦り付けると、ふわりと笑ってくれる。
初めて会ったときは、藤色の前髪が目元まで覆っていて、彼女の顔ははっきりわからなかった。その時は、どこか寂しさがあった女の子だったけれど、今は前髪を軽く編み込んで、紫の瞳を見せてくれている。
「くっきーおやつ食べる?」
「にゃうにゃうにゃーーーうう!!!」
コウリンちゃんの提案に、くっきーが嬉しげに鳴いて額を擦り付ける。
「ふふ。くっきーは甘い物が好きですから。ユーリテ居ますか?」
「はい。師匠なら、奥の工房に居ます」
頬を赤らめたまま、くっきーを胸に抱いて、工房に案内してくれた。おどおどしていた頃が、遠い昔みたいだ。会ってまだ四日ぐらいなんだけれど、ここまで心を開いてくれたのも、くっきーが彼女の癒やしになったからかな。
キメラの姿も見せたけれど、嬉々として鬣に顔を埋めていたから、本当にくっきーが好きなんだろうなぁ。
「師匠。クウキさんが来ましたよ」
「お邪魔してます」
「にゅあ」
「・・・」
あれ?いつも虚ろな目をしているけど、今日は一段と虚ろだ。
「いつから」
「?さっき来ました」
つぶやいた言葉に返すも無反応。相変わらず、寝てないのか隈がすごい事になっている。
「いつから、語尾に、にゃ、をつける、よう、に、なったの?」
「・・・」
僕は語尾に「にゃ」をつけてないけれど。くっきーが僕の後に鳴いたから、誤解しているのかな。
「師匠。しっかりしてください。クウキさんは語尾に、「にゃ」なんて付けてないです。くっきーが言ったんですよ」
「そんなはずない」
そこは、即答で返すんだ。
「絶対言った」
何故か、きりりとした顔で断言されてしまった。言ってないんだけど。
「えーと。「にゃ」と付けては、いけませんでしたか?」
言ってないけれど、多分このまま言った言わなかったの応酬になるのは目に見えてる。肯定はしないけれど、話を進めたいな。
「いいよ。全然いい。どんどん言って」
可笑しな返答が返ってきた。僕はなんて応えたらいいんだろうか。
「にゃーう」
「うん。いいね」
いいんだ。それなら、くっきーに任せよう。
ユーリテは変なことをよく言うけれど、目元の隈がなくなればきっと美人になると思う。
「今日は、どうし、た、・・・・・・・・のかな?」
よれよれの服にぼさぼさの髪。目が虚ろのユーリテはいつものことだとしても、話し方が飛び飛びなのは初めてだ。
「寝てないんですか?」
「ねて・・・・?」
不思議そうに首を傾げられても、困るのだけれど。
「師匠。二日ほど工房にこもって薬を作ってたんです。だから、たぶん意識がないんだと思います」
話しているのに、意識がないとは驚きだ。
でも、コウリンちゃんが言ってるからきっとそうなんだろう。ユーリテの身の回りのお世話から、お店の品だし、仕入れ、販売に、在庫管理まで何でもしている賢い子だ。
「じゃあ、ちょっと聞きたいことがあったんだけど、また今度がいいかな?」
まさか、意識がない中で質問するわけにもいかないだろうし。
「大丈夫、何でも聞いて」
即答。
ユーリテの目は相変わらず虚ろだけれど、応える声は力強かった。眠すぎで何を言っているのか分かっていないんじゃ。
「え、と。じゃあ、本の中の記述で聞きたいことがあるんですけど」
本人が許可をしていることだし、思い切って質問してみることにした。
ちゃんと、答えてくれるだろうか。




