新たな旅へ②
この世界の地理を僕は知らない。だから、新たな国へと行く旅をくっきーと共にできることは、とても頼もしい。くっきーの案内を頼りに進むことが出来れば、知らない世界で、知らない場所へ迷わず行ける。
けれど、問題がある。それも、最大級の問題が。
「お、おい。あんた。それ、その魔物。き、キメ、ラ、じゃない、よな?」
そんなことを言われて、はっとした。
くっきーは出会ったときと同じ、キメラの姿をしている。僕は全然違和感を感じていなかったから、ついうっかりしていた。同じように旅をしている、商人に声をかけられて改めて考えた。これは、まずい。
「いいえ。違いますよ。この子は、好きな姿形をとることが出来るんです」
笑って、くっきーを撫でながらそういえば。
「へ?へぇー。そんな生き物が居るのかい?本当に?種族は?」
商人特有の好奇心が刺激されたのか、いろいろ質問された。
「はい。ここから南に下ったペンデット砂漠の固有種、カリカルです。本当は姿はちょっと、猫っぽいんですよ。でも、この姿だと、魔物が怖がって近づいてこないので、森の近くとか、野営するときはキメラの姿になってもらってます」
「はー。なるほどね。確かにあんたじゃ頼りないもんな。いい買い物したね」
そんな話を商人さんとしながら、ここ近辺の情報を教えてもらった。行こうとしている国のこと、ここから離れた街で聖獣が確認されたこと、近年魔物の活動が増えていること、商人だからこそ知っている、噂話から国々の裏事情まで。
夕飯をごちそうになりながら、それはもういろいろと聞かせてもらった。
キメラの姿をしているだけの、無害な使役獣と夜を明かせる安全を僕から買って。僕は、暖かな食事と、情報を貰う。
利益優先の彼らからしたら、得体の知れないけれど、外見が優しげな僕のことなんて、おまけみたいなものだろう。
だから、商人達とは過ごしやすい。
◆
知識が集う国、フィンドル。
識者、魔術師、商人。彼らが重きを置くのは精査された正しい情報である。
しかし、時間がたつごとに情報は変わる。噂が本当になり、真実が虚像に変わる。だからこそ、正しい事柄を集めることは、彼ら彼女らには死活問題だ。
流行をつかむには、噂話に耳を傾けることも重要だが、その噂を作り出すだけの知恵があれば、自らの手で、商機つかめる。
正しい知識を身につけ官僚になることを志す者は、なによりも正しい知識が必要だ。野心があればなおのこと、あらゆる知識が役に立つ。力が無くとも、その身一つで成り上がるために。あるいは、研究に全てを捧げるために。
連綿と紡がれる魔術を維持し継承するには、己の全てを書物に記すこと。一代限りの魔術では意味が無い。だからこそ、魔術師達は己の知識と術式を魔術書にまとめ上げる。それが、悪用されないように、厳重に保管してくれる場所がなにより貴重であると知っている。
フィンドルはそれらの理念により生まれた国。識者の国であり、商人の交流の国であり、魔術師の知識の牙城である。
だからこそ、何よりも知識を持つ者が集うのだ。
あらゆる知識が集う国。
だからこそ、その知識を、悪用する者達の手から守らなければいけない。
◆
「カータたちも、この街を出るのか?」
「ああ。ギルドからの依頼も達成出来てないしよ。一度、アルテイスに戻ろうって話になってる。レンはどうするんだ?」
「俺は」
カータとアルメスと一緒に酒屋で飲んでいるときに、カータたちギルドメンバーが街に戻る話を聞いて、自分の身の振り方を考えてないことに気がついた。
「どうするかなぁ。まぁ、旅人だし。このまま、旅に戻るとは思う」
けれど、今はまだクウキの事が頭から離れない。もう三ヶ月は過ぎているのに。
「そうか。あれだ。ほら。クウキはギルド登録しているから、どこかで依頼を受けたら居場所がわかるし。そしたら、俺たちで探すことも出来るから。そう、気落ちするなよ。な!」
まぁ。そうだよな。別に犯罪者って訳じゃ無いんだ。人は殺しているけれど、それだって【守護の結界】を壊した犯人達を倒したって扱いになっている。
犯罪者で無ければ、ギルド登録の抹消も過度な追跡もできない。
分かってはいるんだけれど。
「まぁ。貴様らはそれでいいだろう。俺としては、早々に王都からの招集を断りたいところなのだがな」
「それやったら、不敬罪とかになるんじゃないか?」
アルメスが珍しく飲みに誘ってきたのは、王都から招集命令が来たからだ。
なんでも、確認した聖獣の詳細を知りたいとか。すでに、資料にまとめて送っていると言っていたが、直にあって話しを聞きたいと、一報が入ったらしい。
「ご愁傷様。と言いたが、医聖なんだろ?王太子殿下と会って対等に話しているし、王様にだって会ったことあるんだろう?」
「あるわけないだろう。俺をなんだと思っている。あいつとは、学友だったから交流があるだけだ。王城にも行ったことは無い」
「それは、」
「なんというか、」
すでに、意気消沈しているアルメスにかける言葉がなかった。
それから、愚痴を言い合い、これからの事を話し、遅くなったため解散することになった。カータはギルドの宿屋に、俺とアルメスは孤児院に戻る。
俺は、あの事件から孤児院に厄介になっている。もしかしたら、クウキが戻ってくるかもしれないと思ったんだが。
「それで、本当に旅に戻るのか?」
「ああ。たぶんな」
「孤児院でずっと働いてもいいのだぞ」
そんなことを、唐突に言われた。
驚いてアルメスを見るが、その横顔は平時と変わらず。鋭い目つきが、多少赤らんでいるぐらいだった。
「俺が?」
「子供たちも懐いている」
そうだな。懐いてくれている。けれど、だからと言って、ずっといるかと言われたら。
「旅に、戻るよ」
「そうか」
正直、一か所にとどまるのも悪くないと思った。孤児院の子供たちの成長を見守りたいという気持ちもある。混血児たちが、これからどうやって人の社会で生きていくことなるのか。それを、守りたいとも思った。
けれど、それは、人がやるべきことだとも思う。俺のような中途半端な奴がやるべきじゃない。
ちゃんと育って、ちゃんとした大人になってほしい。それは、人のように?魔物のように?
答えは、子供たちが出すべきだろう。けれど。
「近くに寄ったら、様子を見に来てもいいか?」
近くで見守れなくても、願うことはできる。この出会いが、子供たちとの思い出が、変わることはない。
「好きにするといい」
アルメスは意外といいやつだ。




