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新たな地へ

 大森林。

 人も獣も魔物さえ避ける森。この森は、植物や昆虫が支配している。この大森林には、樹齢千年の大木が森の主として君臨していた。

 太陽が上る東側には豊かな湖をたたえ。木の根が湖の縁を囲うように伸びている。

 鳥たちが朝日を浴びて目を覚まし、虫たちが朝露に濡れた花弁に止まる。風が朝霧の中を吹き渡り、緑の香りが森の朝を伝える。


 そんな、前人未踏の森の深部。


「あ。おはようございます」


「・・・うむ」


 女の子が扉の向こうから小さな体に大きすぎる服を引きずって、眠そうに欠伸をして席に着いた。その目の前に、教えてもらった通りのやり方で入れたこーひーを出す。黒い液体を、こくりこくりと船を漕ぎながらも両手にしっかり持って口元へ運ぶ。その姿を見て、僕は朝食の準備を進める。


「うん。おいしい」


「ありがとうございます。今朝は上手く出来ました」


 朝の小鳥が涼やかに鳴く。今日は、雲一つ無い晴天になりそうだ。

 森の中を吹き抜けた朝の風が、窓から入ってこーひーの香りをくゆらせていく。巨木の洞を利用した家は、こーひーの香りの他にも木々や幹を通る水の清涼な香りもする。

 鳥たちが、芳ばしい香りにつられたのか、何匹か窓枠に止まった。この子らは、賢いから盗み食いの心配は無い。後で、何かお裾分けをしてあげよう。


 こんがり焼けた肉を薄く切ったパンに乗せて、さらに目玉焼きを乗せる。これが、一番うまいらしい。

 僕は、白米とお味噌汁。味噌はまったく別物だけど。でも似た味のものを借りたから、味は大分近づけた。もっと、改良できたらいいんだけど。でも、白米があることが何より嬉しい。


「ふわ~」


 大きな欠伸をして、両手を思いっきり伸ばす彼女の前に、できたての朝食を出す。


「また、夜更かしですか?身長が伸びませんよ?」


「身長はこれ以上の伸びんよ。知りたいことを放置して、寝るなんてこと。わたしには無理なんだ。うまそうだな」


「ありがとうございます」


 お礼を言って、僕も席につく。


「いただきます」


「恵みに感謝を」


 お互いに手を合わせて、食事をはじめる。

 今日も暖かで穏やかな一日が始まる。



「おーい。手紙だ」


 ノックをしてアルメスの部屋に入ると、大量の資料に埋もれ、疲労の滲んだ顔があった。


「・・・死にそうだな?」


 聖職者が過労死。

 笑えない記事になりそうだ。そんなことを考えていたことがばれたのか、アルメスが普段以上に鋭くなった目で睨んできた。


「悪い。ほら。王太子殿下からだ」


「またか」


 ここのところ、アルメスは医療従事に加え、過去の資料から聖獣に関するものを洗い出している。毎日が仕事に忙殺される勢いなのに、再三に渡り手紙を送りつけている王族に辟易しているんだろう。


「どうする?俺が代筆しておこうか?」


 アルメスが倒れたら、他の聖職者では役に立たない。

 魔物の異常繁殖は無くなったが、本来アルメスの仕事である治療は、待ったなしで随時舞い込んできているんだ。ここら辺で、休んでおかないと体が保たないだろうに。


「ああ。頼む」


「おう。仮眠しておけよ」


 俺の言葉に、疲労困憊のアルメスがベットに向かった。限界だったんだろうな。余力があると、仕事を始めるから、俺としては助かる。


 手紙の返事なんて決まっているし、時間もかからない。相手もこちらの事情は分かっているから、多少雑に書いても構わない。


「はぁー。これがお役所仕事ってやつか」


 念のため読んでみたが、手紙の内容はこれまで送られてきたものと同じ。

 聖獣に関する情報の催促だ。


 聖獣は、神代の時代に存在していた。まだ、魔物があふれる前の世界。そこに住んでいた聖獣は、時折人と共に町を作り、山を開き、水を生み、恵みを与えた。それは、聖獣と人が契約を交わし、契約主の元で行った偉業である。

 つまり、人以外の魔物や魔獣と契約する事はもちろん無い。

 なのに、鬼族である空鬼を助けた、獅子の聖獣はどうしてそのような行動に出たのか?


 アルメスが資料に圧殺されそうになるほど、調べまくっている事を説明しろと問い合わせている手紙だ。

 別に、王太子も嫌みで催促しているわけじゃない。神興国に問い合わせたところで、そんな事実は無いと、突っぱねられることは、目に見えている。だから、アルメスを頼るしかないのが現状だ。

 王太子としては、空鬼に戻ってきてもらいたと思っているんだろうけど、一ヶ月たっても戻る気配はない。もちろん、と言うと悲しいが、カータや俺に対しても何の音沙汰も無い。

 つまり、身を隠しているか、説明できない事情でもあるのか。


「あははは!」


 孤児院の庭から、子供達の笑い声が響く。

 一ヶ月。

 あの騒動からもう一ヶ月たったのか。まったく実感がない。


 あの後。聖獣レーヴェが空鬼を背に乗せて、空を駆けていった姿を多くの人々が見た。そこから、王太子の指揮の下、早急に魔物の死骸の処理、結界の点検、負傷者の確認、街の周辺の確認等をギルトと連携して行った。


 ただその時、俺はアルメスと共に、孤児院へと向かった。子供達の無事を確認することはもちろん、そこで何があったのかを知るために。

 駆けつけた孤児院には、二つの死体が玄関に横たわっていた。

 頭部から縦一直線に切り裂かれた男性の遺体。首を飛ばされ男性の遺体。

 うち捨てられるように、其処にあった。


 碌な抵抗をした形跡はなく、ただただ殺されていた。

 反撃の余裕も与えずに殺したのか。そこにあるのは、驚愕に目を見開いて、死を受け入れられない死者の顔だった。


「アルメス様!!」


「アンネか」


 俺とアルメスが惨状に目を奪われていると、後ろから駆けてくる女性が一人。シスターの服を着ており、以前少しだけ顔を見たことがあったシスター・アンネさんが慌てて駆けつけてくれた。


「ああ!ご無事でよかった!子供達はっ」


「今から確認に行く」


「共に行きます!」


 玄関の惨状を見て、最悪を想定したのだろう。アンネさんの顔が白くなっている。俺も、気持ちを引き締める。クウキが例え錯乱していたとしても、子供達を殺してないと信じたい。


 ふと、あの時の赤い目が脳裏をよぎった。






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