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閑話休談⑤

今回は、閑話休談と言うことで長くなりました。新しく、赤鬼と青鬼が登場しています。鬼達の掛け合いを楽しんでいただいたら、幸いです!

「海!海!うみー!」


 広がる海原。一面の青。空と交わる地平線まで続く海。

 その雄大な景色に見とれるには、隣の師匠がうるさい。


「海だー!」


 子供のようにはしゃぎ、駆けていく姿はどうしようもないほど子供だった。

 おかしいな。あの人、あれでも鬼族のまとめ役、のはずなんだけど。


「わー!!」


 遠い目をして、遠くを見る。師匠は見ない。遠い、地平線まで続く海を見る。現実見たくない。


「くくく。あれの弟子か。さぞ愉快な生活を送っているのだなぁ」


 隣の青鬼(・・)も見たくない。嫌みを聞きたくないし、何より、なんでこんなことになってるのか。


「ほら海だ!!海だぞ!」


「ははは」


 空鬼が笑ってる。目はちっとも笑ってないけど。

 砂浜はきれいで、昼間の太陽がきらめく海は、空鬼と二人だけで来たかった。こんな形で、来たくは無かった。どうせならば、心が洗われるこの景色をゆっくりと堪能したいと思う気持ちは俺にもある。

 あるのだ!


「いいかげんに、目的地に行くぞこら!!」


 言葉が乱れたが、気にしないでくれ。



 事の起こりは、一月(ひとつき)ほど前。

 何のことは無い一日だった。春の訪れを告げるような暖かな日差しの中で、師匠がやらかした。


「すまぬ。言い忘れていたのだが、天狗衆が鬼火の出現を止めてくれと陳情に来たのだった。うっかりしておった。二月(ふたつき)あれば収められるだろうと笑われ、売り言葉に買い言葉で、引き受けたことを今思い出したのだが、どうすればいい?」


「知るか!?」


 眩しいほどの白髪を右手でかき上げながら、無駄に磨き抜かれた美貌をさらして何を言いやがるんだ。無茶ぶりにもほどがある。どうすればいい?だと?意味が分からない。

 そもそも、売り言葉に買い言葉って、挑発に全て応えてるのかこの(ひと)


「師匠。鬼火と言われても、原因なり因果なり何か分かってるんですか?」


 空鬼がいつも通り、のほほんと質問したことで、俺の中のいらだちが少しだけ収まる。本当に、少しだけ。


「何も分かっておらん。ただ、鬼火が出現し、山火事が起こるかもしれんとは言っていたな」


「そんな程度、天狗どもなら何とでも出来るでは無いですか!」


 師匠が一瞬で俺から怒りを引きずり出す。

 この人、実は何にも考えてないんじゃ無いだろうか?否。何も考えず天狗に踊らされてるな!


「まぁまぁ。場所だけなら教えてもらってますよね?とりあえず、様子見だけでも」


 空鬼が俺をなだめにかかるのは珍しい。沸点が低いのは空鬼の方だからな。いつもと反対になってる。

 ああ、久しぶりの休暇を空鬼と二人、どう過ごそうか楽しみにしてたのに!近くの人気店やおいしい穴場の店やしゃれた店や空鬼が好きそうな雑貨が置いてある店に行くはずだったのに!師匠、恨みます!!


「そう言ってくれると思っておった。では、早速行こうではないか!」


 本当になんでこんな人に師事したんだろう。空鬼が隣で、あれ?って顔をしていた。

 俺もこうなるとは思わなかったよ。



 話を聞くと、一月半も前のことだという。小さな鬼火が一つ二つ、彷徨い出てきた。それだけならば、自然と消えるだけで、悪さもしなければ、火事も起きない弱々しいものだったそうだ。

 けれど、日増しに増えていったという。小さな鬼火が力をつけるように、数を増していった。それと気づいたときには、おびただしいまでの数になっていたそうだ。

 対処をしようにも、直接的に森に被害はなく。森の獣たちにも何かしらの影響はないという。

 何故其処にあるのか。何故増え続けるのか。

 

 見守るだけで手出しできない。


 天狗の領分である森に被害が無いのであれば、手を出すことが出来ない。それが、掟である。と言われれば「そうかよ」で終われるが、森に被害が出そうであれば、さすがに天狗衆だって対応するだろう。

 それが、どうして鬼神の所に「何とかしてくれ」と言いに来るのか。


「まぁ。あやつらも面倒な取り決めの中で生きておる。それを破れば、けんけんガクガクと口うるさく言ってくる連中がいるのだ。狐狸や木霊たちなどがな。まぁ、森に住む連中が天狗の権威に難癖つけるということだ」


「鬼火は鬼族の領分では、無いのですけどね?」


「そうさな。だが、生半な連中が調査するのと、鬼族が調査するのでは違う。我らの名が必要だったのだろう。だから、無駄に二月と言ったのだろうな」


 その二月の一月を忘れて何もしていないとは、さすがに言わない師匠だった。

 まぁ、だとしても文句を面と向かって行ってくる骨のある連中は居ないだろう。


「くくく。まぁ、なかなか面白い件だな。天狗にも借りは作れる」

 

 隣の男が何が楽しいのかにやにやしながら、話しかけてくる。話さないでほしい。本当に。


「あんたには関係ないだろう」


「関係はあるだろう。同じ鬼族なのだから。どうした?俺が嫌いなのか?」


 そう言ってくる青鬼。俺たちよりも年上の男鬼だ。額から覗く二本角に、俺より長い紺碧の長髪。高身長と切れ長の目が女受けする感じだ。鼻につくとまでは言わないが、しゃれた扇を口元でぱたぱたさせているのは、よからぬ事を言う前触れだ。


「好かれてると思ってるのかよ」


「嫌われてはいないと思っているぞ」


 すごい自意識過剰。こいつの自意識過剰っぷりはどこからくるのか。


「しかし、偶然とはいえ助かったぞ蒼鬼(そうき)。貴様の性格の悪さを加えれば、百人力だ」


 師匠が自信満々でそう言えば、何故が得意そうに胸を張る青鬼。


「ほう。俺の性格の悪さが、たかだか百人程度だとお思いとは舐められたものだ。百五人まで退けられるぞ」


 どっちみち、性格は最悪に悪い。誤字じゃ無いぞ。本当に、この青鬼・蒼鬼さんは最悪に悪い。性格もそうだが、内面全部が最悪に悪い。


「所で、空鬼。おぬしそろそろ身を固めてはどうだろう?」


「死ね!くたばれ!どっか行け!」


「くくく。そう怒るな。うん?まだ独り身なのだろう?おかしな話題ではあるまい?」


 ほら。最悪に悪いだろ!

 俺が蒼鬼さんを威嚇しながら、空鬼の腕をつかんでいると、また始まったとばかりに、空鬼は呆れ顔をしている。仕方ないだろ。こいつの言葉は嘘しか無いとしても、殺意を向けずにはいられないんだ!!

 それに偶然だとしても、こいつも連れて行くことないじゃないか!


「俺もこの先に用があったのだ。何、もしかしたら鬼火の出現と何か関係があるかもしれん」


 嘘だ。絶対嘘だ。ただ、からかいたくてついて来たに決まっている。

 しかし、師匠が承諾したなら俺たちに否は言えない。くっそー。


「蒼鬼さん。あまり、絶鬼をからかわないでください」


「うん?面白いでは無いか」


 空鬼が困ったように、たしなめてくれるが、こいつやめる気ないな。面白さ如何で蒼鬼さんのおもちゃになりたくはないけど、どうしても反応してしまう。


「ほら、そろそろだ」


 都を離れ、海辺を通りやってきたのは天狗が住まうお山。

 荒山(あらしやま)の麓。

 霊験あらたかなお山、と言いたいところだが、そうではない。ここは、どちらかというと魑魅魍魎が巣くっている魔境のような山だ。だから、鬼火の一つ二つでてもおかしくない、のだが。

 俺たちは揃って、到着した山を見上げる。見るからに普通の山だ。春の新緑が芽吹き始めた春の山は、虫や鳥、獣の気配がする。所々に、黄色の蒲公英が咲いている春のお山。

 そこへ師匠が一歩前に出て、鬼道を使った。


「【鬼道12番・一重 調べ】」


 【調べ】は文字通り、周囲におかしなものがないかざっくりとだが、調べることが出来る。例えば、誰それの思念とか、怨念が巣くっているとか、あやかしどもの気配とか。


「ふん。鬼がおるな」


「鬼?同族って事ですか?」


「ああ、そうだ」


 そういって、ずんずんと先に進んでいく。この人は、こう言うとき身軽に率先して動いてくれる。頼れる人だ。普段はあんなんだが。

 果たして、そこに居たのは赤鬼、だった。

 穏やかな緋色に一本角。垂れ目がちの瞳は赤。朱い髪を右側の前髪だけ一房伸ばしている。男鬼なのに、色香をまとって、そこにたたずんでいた。


「・・・貴様、遅いと思ったが、連れてきたのか?」


 赤鬼がすっと、目を細める。それだけで辺りが赤く色づくほどに、殺意が充満した。


「まさか。話を聞けば目的が同じとか。故に同行したまでよ。なんだ。問題あるまい?」


 互いを威嚇するように睨み合う両鬼。元来、赤鬼と青鬼は仲がものすごく悪い。俺と空鬼の関係が異例なのであって、普通であれば、戦場で赤鬼と青鬼が相まみえれば、互いに殺し合いを始めるほどには仲がものすごく悪い。

 だから、この二人の間に厳冬が到来しているのも頷ける。

 けど、それを無視して空鬼が一歩進み出た。


「深鬼さん。お久しぶりです」


 途端。赤鬼の表情が春分に様変わりする。

 空鬼が深鬼さんの所まで少し駆け足で向かうのを、俺も後ろからついて行った。


「ああ。久しぶりだ。息災であったか」


「はい。御陰様で」


 そういって、笑い合う赤鬼たちは、なんていうか、そう、和む。

 もともと、赤鬼の顔立ちは穏やかな者達が多い。垂れ目がちな目元、柔和な笑み、優しげな雰囲気。男、女関係なくそういった容姿、容貌の者達ばかりいるといっていいだろう。だから、みんな騙される。


「本当に。あやつらはどうやっているのだろうな?普段の見てくれと、戦場での姿は別人だ」


 からかいの延長でわざと赤鬼を怒らせているくせに、何を言いやがってるんだこいつは。まぁ、確かに。空鬼も戦闘と普段の姿は別人みたくなるけれど。それは、それで。


「いいじゃん。かわいいじゃん」


「ああ。お前もおかしな(ほう)だったな」


「変わった(ほう)のあんたに言われたくありませんよ」


 そう文句を言ってもどこ吹く風。


 青鬼・蒼鬼。

 赤鬼・深鬼。

 二人とも、青鬼と赤鬼の頭目だ。頭目と言っても、鬼族は一族内で、決まった順列をつけているわけでは無い。しかし、誰かが統括をしなければ、一族の内外で不和が起きても誰も対処できないことになる。そうならない為に、頭目を決め、他色族(たしゅぞく)との連携も取っている。


 だとしても、協力関係を築くのが関の山(仲がものすごく悪い)だ。同じように行動することなどない、はずなのに。


「深鬼さん。どうしてこちらに?」


 空鬼の質問に、一本角を寄せて抱きしめる深鬼さん。


「おい。面白い顔になっているぞ」


「うらやましい」


「恨めしいの間違いでは無いか?」


 うー、うー。鬼族が角をすりあわせるのは、ただの挨拶だ。そう、挨拶で角をすりすりするのは挨拶。親しい間柄の挨拶なんだ。うー、うー。うらやましい。俺だって、俺だって。


「何。相談されてな。どこぞの青鬼がお山に入ってあやかしどもと会っていると。まぁ、天狗衆のことなどどうでもよかったのだが、こちらに火の粉が降りかかってくるのもごめんだ。嫌だったが、天狗とそこの青鬼に事情を問いただしたら、鬼火の出現が問題になっているとの事だったのでな」


 空鬼へ向ける愛おしい目線はそのまま、言葉には青鬼への辛辣が見えている。

 青鬼の頭目である蒼鬼さんが、天狗衆が管理するこの荒山に入って、山のあやかし達と会っていた所を、天狗どもが見つけ、赤鬼に知らせたのだろう。天狗も、いい性格をしている奴がいそうだ。


「そうか。ご苦労二人とも。しかし、ここに両鬼が居てくれて助かったぞ。共に調査をしようではないか!」


 怖い!師匠の言葉に、二鬼の気配が尖った。怖すぎる!


「それは、ご命令で?」


 蒼鬼さんが口元に扇を寄せて問いかける。問いかけなんて生やさしいものでは無いが、一応年下の鬼神にお伺いを立てるそぶりだけしてくれている。だから、師匠ここで言葉を間違えないでくださいよっ!


「いいや。二鬼ともやるべき事があるだろう。強制はせぬ。ただ手を貸してほしい」


 よかった!師匠が学習できる(ひと)で本当によかった!

 この間みたいに、全員を敵に回すような言葉を吐かなかっただけでも進歩だ!


「絶鬼、おぬし先程から失礼なことばかり思っておらんだろうな?」


「全然。まったく。これぽっちも。思っていませんよ」


 嘘だけど。


「嘘が上手いなぁ」


 俺にしか聞き取れない音量で、わざわざ蒼鬼さんがつぶやいた。本当に、性格が最悪だこの鬼。


「それならばいいのだが。さて、どうだろうか?」


 二鬼に向かって師匠が再度問いかけるが。俺としては、二鬼には帰ってもらいたい。それぞれ頭目としてやるべき仕事があるだろう。(そもそも、二人とも他の手の空いている鬼にでも任せればいいのに。)こちらはだたの鬼火の出現を調べるだけだ。師匠もいるし俺と空鬼だけで十二分。それなのに、さらに赤鬼と青鬼が加わることもない。


「調べるのであれば、お手伝いしますよ」


そこの(・・・)と共に調べることに比べれば、楽が出来そうだ」


 方やふんわりと艶やかに微笑みながら。

 方や面白いと目を細めて扇を振りながら。

 白鬼・鬼神に答えた。



 調べると言っても、日数を使ってちまちま調べたりしない。そんな時間なんて、師匠はもちろん、深鬼さんにも、蒼鬼さんにもない。

 忙しいがなかなか仕事をしない、白鬼・鬼神。

 赤鬼・頭目の深鬼さん。

 青鬼・頭目の蒼鬼さん。

 師匠の手伝いでほぼ毎日こき使われている俺と空鬼。


 だから、時間をかけて調査しようと考えている者は一人も居ないだろう。手っ取り早く終わらせて帰りたい。なんなら、休みを延長して空鬼と二人で出かけたい。

 そんな考えのもと、鬼火の出現時間を考えて、二手に分かれる。お山を探索する者、お山の南にある村に聞き込みに行く者。


 そこで、どうして俺と空鬼が離されないといけないんだ!


「どうした?何をそんな不安そうな顔をしておる?」


「師匠、わざと聞いてます?」


 この人にわりと本気で腹を立てることはよくある。けれど、今回は休みを返上して、付き合っているのだから、もっと気遣いがあってもいいのではないだろうか?期待するだけ無駄かもしれないが、気遣いしろよ!?


「なーに。どうせ、空鬼とともに行動できないことを拗ねているだけであろう。かわいいやつめ」


「吐きそうだ」


 本気で、気分が悪くなった。


「蒼鬼さん。気色悪いことを、平気な顔をして言うの止めてもらっていいですか。てか、やめろ」


 顔面蒼白で言ったのに、笑うだけで改める気はないな。この鬼め!


「さて。赤鬼たちが親睦を深めている間に、我々は聞き込みを進めようではないか!」


「死ね!くたばれ!どっかいけ!!この鬼!!」


 本当に性格が最悪に悪い!

 うー、うー。空鬼と二人がよかった。いや、赤鬼と青鬼を一緒に行動させることに比べたら、きっと、この方が効率がいいのは分かっている。分かっているけど。うー、うー。


「では、一刻後にまた会おう」


 そう言って、離れていった蒼鬼さんの背中に殺意を飛ばしまくっている俺に、師匠は拳骨をくれやがった。とっとと、行くぞって。あんたどこに行って、何を聞くか分かってるんでしょうね?



 一刻後。

 俺と師匠、蒼鬼さんは荒山の麓に戻ってきていた。村での聞き込みは難なく終わり、と言いたいところだけど、人の業の深いこと奈落がごとしとは、よく言ったものだった。

 途中から、人の話を笑顔で聞くことが出来ないぐらい、笑えない話ばかりだった。


「ほう。意外と言えば、鬼神殿は人と話されるのがお得意か?」


 深鬼さんが、興味深そうに師匠を見る。まぁ、俺がほとんど話したんだけどね。でも、師匠――きれいな女性――が目の前に居たなら、並の男なら張り切っていろいろと答えたくなるだろう。

 だから、俺としても助かったっちゃ助かった。たまに師匠が変な茶々をいれて、話の腰を折られそうにはなったけども。


「では、今夜辺りが山であるなぁ。山だけに」


「止めろ。止めて下さい。師匠。こんな所で、師匠の威厳を出さなくていいんですよ」


「うん?そうか」


 ちょっと嬉しそうに頷かないで下さい。馬鹿にした言葉だったんですけど。

 ほんと、変な茶々をここでも出さないでもらいたい。てか、空鬼と深鬼さんの距離が近い近い近い!


「ほんに、お前は面白い顔をよくするが、何がそんなに気に入っているのだ?」


「気に入ってませんよ!気になるからこんな顔になってるんですよ!」


 蒼鬼さんも茶々を入れてこないでほしい!!てか、この(ひと)は分かってて言ってる。面白がってるんだ。ちくしょー。


「では、どうしましょうか?天狗衆に後は任せることも出来ますが」


 深鬼さんが至極真っ当な意見を言ってくれた!常識人――いや鬼なんだけど――が居てくれて助かる!師匠と蒼鬼さんだけだったら、俺は空鬼を連れて帰ってるなぁ。

 でも、一番の食わせ物は深鬼さんだ。この(ひと)だけは敵に回したくない。


「それでも構わんが、来たついでだ。天狗衆に借りを作り、恩を売っておこう」


「師匠。今日はやっとまともなことを言いましたね」


「絶鬼。おぬしやはり、私のことを馬鹿にしていたな」


 いや。だって、ね?師匠の日頃の行いとか見てると、そりゃね。この(ひと)本当は馬鹿なんじゃないかとか、考えても仕方ないと言うか。どうして、師事してしまったんだろうとか。思うことがしょうっちゅうあるから。


「後で覚えていろよ。では、今夜の鬼火の対策を立てようではないか!」


 師匠が声を張り上げる。

 赤鬼二鬼、青鬼二鬼、白鬼一鬼。この布陣で負けることなんてありえない。



 日が落ちて、辺りが闇に包まれる。

 ひっそりと、うっそりと、陰鬱に、鬱々に。夜のお山。虫の鳴き声、夜の鳥や獣の気配すらしない、不気味な山。分厚い曇が、夜空の月も星も隠している。

 まるで、何かが起こりそうな。そんな不気味で異様な夜。

 そこに、一つ明かりが灯される。その隣に、二つ。その後ろに、三つ。離れた場所に四つ。さらに五つ。六つ。続々と数を増やし、質量を増し、物理的な光量で山を照らし出す。


「見事だな」


「こんな時で無ければ、美しいとすら思えたかもしれんなぁ」


「そうですか?」

「美しいかもしれませんが、その分(おぞ)ましですよ」


「これが、全て死霊とは」


 死霊。死んだ人間の魂魄(こんぱく)。強い未練が残り、この世を離れることができない魂達。

 (おびただ)しいまでの死が、幾つ積み上がればこれほどまでの数になるのか。人とは、こうも業が深い生き物なのか。


「まぁ、仕様が無いのだろうなぁ。これ全て、人の子だ」


 無残にうち捨てられた人の子らだ。そう言って、蒼鬼さんは扇の影でせせら笑う。

 ここに出現している魂たちは、全て子供達のもの。その理由が。


 口減らし。


 食うに困った親が、少しでも食物を確保するため、己が子を捨てる。産んだ子を、望んで生んだはずの子供を、望んで捨てるのだ。

 それは、不作で作物が育たなかったせいであり、税が嵩増しされたせいであり、子供を捨ててでも生きたいと思ったせい。

 ああ、本当に人とは魔より恐ろしい。


「幾つ捨てて、幾つ積み上げれば気が済むのだろうな?人は」


 侮蔑も露わに、蒼鬼さんは吐き捨てる。未だ、増え続ける鬼火に、心底辟易しているんだろう。しかし、師匠は。


「捨てたことを後悔しながら、生きるのであろう」


 師匠は、どこか同情したようにつぶやいた。

 人に同情しているのか、人の子に同情しているのか分からないけど。少なくとも、神として在る師匠にとって、望むような光景では無いのだろう


「鬼神殿は」


 深鬼さんが、淡々と目の前の光景を受け入れながら、師匠を見やる。


「鬼神殿は、人を哀れにでも思っておいでか?」


「・・・」


 赤鬼の里の一つを滅ぼした人間どもが居るのに、そんな事を思うのかと、暗に師匠を責めているのだろう。

 その当時、師匠はまだ子供だった。だから、その責任は師匠の父親にある。けれど、鬼神の位を継いで、鬼族をまとめ、守る役割もある師匠が、白鬼の鬼神が人を擁護するような言葉をつぶやくことが、気にくわないのだろう。


 人の子の、その死にすらも同情するなと、言いたいのだろう。けど、師匠は。


「そうかもしれん。ただ生きたくて、罪を犯してでも生きることを願った者。それは、責められるべきでも、ましてや憎悪するものでもないだろう。ただ、嘆いているだけなのだから」


 師匠は、弱い者の味方だ。

 それは、俺たちを弟子にしたことにも言える。そんな師匠だからこそ、文句もあるがついて行こうと思った。


 空鬼が深鬼さんの腕にそっと触れた。それは、気遣いを含んだ労り。

 深鬼さんが苦笑いで、師匠に向けていた殺気を収める。


「では、速やかに終わらせよう。お山から地獄の鬼が下りて来ないうちにな」


 師匠が薙刀を振るう。

 それは、一切の同情も無い。鋭い切っ先で鬼火を、この世に縛られた魂の未練を断ち切る。

 鬼神に続くように、深鬼さんと空鬼が刀を握り、蒼鬼さんが六角の棍棒を構え、俺は金棒を振る。


 お山はあの世への入り口。

 そこから、あの世の鬼が降りてくることもある。俺たちのように、現世(うつしよ)で生きる鬼とは違い、魂を連れて行く獄卒(ごくそつ)だ。


 対峙することはないだろうが、それでもこの魂――鬼火たちを早急にあの世に送らなければいけない。

 

 天狗衆でも、迷える魂をあの世へ送ることはできる。

 お山を荒らすものには天狗衆が天誅を下し、お山のあやかしどもを取りまとめ、死せる魂ならば導くだろう。

 ただ、夥しこの霊魂が何に未練を残しているか、天狗どもでは分からない。

 人里を嫌い、掟を作りお山から下りることが無い天狗衆では、この魂たちは導けない。


 だが、鬼族であれば、どんな理由、どんな未練があろうとも、それごと断ち切る。情けも、容赦も、理屈も、理由もいらない。

 鬼神の元、赤鬼の一族の元に、それぞれ使いを出すほどだ。鬼族の特性を知っているからこそ、天狗衆は鬼族をいいように使ったつもりでいる。

 しかし、使われてやるものか。


 鬼火が舞う。それは、命のように、儚く散る花びらだ。

 最後の抵抗と言えるのか分からないが、叫びを上げるように炎が踊る。まだ生きたいのだと、生きたかったのだと。どうして、生きられないのかと。どうして、死ななければいけなかったのだと。どうして――

 ――捨てたのだ!


 声なき声を上げて、火の粉を吹いて、きらめきのように舞い上がって、夜空と山を照らし出す。

 それは、師匠の言うように綺麗だと思える光景だった。

 美しいと感動するような光景だった。

 命が散る。儚く願いが消える光。

 其処にある未練も、情けも、容赦も、理屈も、理由も無く、断ち切られる。断絶される。

 未練、執着、欲望、渇望、絶望。それらから解放される魂は、果たして一抹の安心を抱いたかもしれない。


 無慈悲故に、優しさなど欠片もないが故に、安堵を与えたのかもしれない。

 救いでは無かった。けれど、その地に縛られた、嘆きの魂達は、鬼の手によって解放された。


 人に捨てられ、鬼に切られ、あの世へと旅だった。



 夜が明ける。

 幾つの魂が、この夜を去っただろう。この世を去れただろう。


 この夜のうちに積み重なった魂達は、全てあの世へと送れた。しかし、次の夜に子供を捨てに来る親が居ないとは、言えない。

 戦でも起きれば、近隣の村々から、この荒山に子供を捨てにくる親はいるだろう。


 しかし、今は穏やかな春の山があるだけ。


「終わったな。しかし、眠い」


 師匠の美しい顔が、朝日を浴びて輝くようだ。ほんと、見てくれは最高なんだけどなぁ。


「ええ。本当に。俺は帰って一眠りするとしよう」


 蒼鬼さんが、無駄に爽やかに笑って、そんなことを言ってきた。

 そういえば、この鬼。お山のあやかしたちと何を話していたんだろう?天狗どもに目を付けられることをしていたんじゃないのか?


「うん?どうした?共に寝るか?」


「吐く」


 俺は、顔面蒼白になりながら空鬼に寄りかかった。蒼鬼さんが爽やかに笑ってる。むかつく。


「お疲れ様」


「はい。お疲れ様です」


 空鬼と深鬼さんは朝日を浴びながら、穏やかに互いを労る笑みを交わしている。いいな。


「では、帰ろう!」


 白髪を涼やかな朝の風にたゆたわせながら、師匠が声を上げる。

 ああ。今日、休みにしてくれないかな。どうせ、師匠は眠いとかいって、仕事をしてくれないんだから。うん。休みにしよう。そうしよう。


「所で空鬼、おぬし深鬼と共に眠ってはどうか?」


「死ね!くたばれ!どっか行け!」


 そんな!深鬼さんにそこまで空鬼を取られたら、俺はどうすれば!


「何だ?寂しいのか?おぬしは、俺と寝れば」


「もうだめ吐く」


 蒼鬼さんの最悪に悪い言葉で、せっかくの朝日が汚されたような気がする。


「蒼鬼さん。絶鬼をからかわないでください」


 空鬼が少し強く蒼鬼さんをたしなめてくれたのが、目にしみた。




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