赤鬼⑪
空鬼の高い戦闘能力。そして、驚異の察知能力。
今まで、理解が出来ないほどの事象に遭遇してきたが、これほど奇異な事も無い。
魔獣が人を助けるようなことは、今まで無かったことだろう。しかし、この状況が果たして人々にとって、一部の魔族にとって救いとなるのかは、まだ分からない。
目の前には、重力魔法を操るキメラ。その背には、今まで暴れていた、取り押さえることが困難だった赤鬼を背負っている。
助けるように。守るように。
未だに、地面から体を起こすことができない者たちにとっては、息を詰めるようにキメラを見ることしか出来ない。
キメラが、周囲を見渡す。
それは、威嚇のためでも、攻撃のためでも無い。確かな意思に従い、状況を理解するための確認行為。それが、分かるほど、その瞳には知性の輝きがあった。
あれは、本当にキメラなのか?
魔獣と戦った事があるギルドメンバーはもちろん、魔族、王太子すらも、疑問を感じるほど。
それは、感情がこもった、呆れを含む目線だった。
ふるり。
キメラが密かに翼を震わせる。そこから、まるで殻を脱ぎ捨てるかのように、変化が始まった。
蝙蝠の翼が純白の羽に、虎の体が獅子の肉体に、尾の蛇の顔が竜の雄々しい尻尾に、そして、獅子のたてがみが黄金色に輝いた。
「聖獣、レーヴェ・・・」
呆然と、アルメスがつぶやく。
聖職者の彼には一目で分かった。
神話で語られる、神が生み出した聖獣、3体の内1体。獅子の守り。守護の叡獣。守護者の象徴として、宗典には黄金の獅子が描かれている。
しかし、それは、この世界の人々であれば誰もが知っている。
神の聖獣。
そんな伝説級の存在が、どうしてこの街に居るのか、しかも姿を偽ってまで。
唖然とするしか無い。中には魂が抜けている者も居るだろう。
聖獣が本当に実在していると信じている人間は、新興国にもそういない。神話の話だ。古い古い物語の中の存在。寝物語で聞かされる、それは、おとぎ話のような存在。
だからこそ、誰もが目を疑い、見たものを信じられずに居た。
元キメラ、聖獣・レーヴェ=シュテルネンハオフェンは、そんな人々の視線も気にせず、本来の姿に戻った。聖なる純白の羽をふるりと震わせる。その一動作により、古き魔法、重力魔法が反転した。
ふわりと、羽ばたくことなく、聖獣が浮き上がる。
自身から重力を切り離し、宙へと舞い上がったのだ。
迷いの無い動作。空中へと駆け上がり、南へ。誰も引き留めることが出来ないほど、素早く。見る者を魅了するほど優雅に、空を駆け去った。
黄金のたてがみから舞い落ちた光が、神話を目撃している人々の上に降り落ちていた。
◆
爽やかな風が流れる。
涼やかな緑の香りがする。
暖かいものに包まれている。
ゆっくりと意識を取り戻して、はじめに感じたことは、安らぎだった。
頭上からは、優しい光。
それに、目を細めてゆっくりと息をつく。右手に刀を握ったまま。辺りは知らない風景。しかし、それが何より、落ち着く。
「ああ。やっちゃったなぁ」
何をしたのか、理解している。全てを覚えているわけでは無いが、皆殺しにしようとした殺意は覚えている。激しい激情はまだ、胸の奥にくすぶっているのだから。
だからこそ、木々の香りが癒やしを与えてくれる、気がする。
ここに、青色があれば、もう少しだけ心が落ち着くのだろうが。
体を起こす。ゆっくりと背後を振り返る。背中の暖かさは、誰のものか。
「獅子?」
黄金のたてがみ、純白の羽、除く尾は龍のよう。
始めて見る姿。しかし、その瞳には見覚えがあった。知的な赤色の瞳。
「もしかして、キメラ?」
時たま様子を見に行っていた、キメラの瞳だ。姿形は変わっているが、確信できる。
「ありがとう。君が助けてくれたの?」
「GU」
すりすりと頭をすり寄せてくる。
空鬼はもう一度「ありがとう」と礼を伝える。
何をしたのか理解出来ているからこそ、もうあの場所には居られないと分かっている。
ああいう時、何をしてはいけないのか、わかっている、はずだったのだから。
もう一度、空を見上げる。
木々の隙間からは、青空が覗いていた。
それは、元の世界と同じように暖かく、草木が安らぎを与えてくれる。
その風景に、どうしようもない、どうにもできない感情を乗せて、息を吐いた。
◆
しばらく、誰もが言葉を失っていた。
重力魔法の効力が切れても、誰も立ち上がろうとしない。否。立ち上がれない衝撃を受けていた。
それは、魔族も同じで、聖獣が去って行った空を、人々と共に見上げることしか出来なかった。
魂が抜けるような光景を見て、一番に正気を取り戻し、皆を鼓舞したのは、オレリアン王太子殿下だった。
「此度の件、調査は不要だ。聖獣・レーヴェ=シュテルネンハオフェンの存在を確認したことは、国王に報告させてもらうが、ギルド登録の冒険者についていは、調査も諮問も行わないことを約束する。彼が居なければ、今頃多数の死傷者が出ていただろう。そのため、魔物討伐の功績を認める。ただ、ギルド諸君がどう判断するかは任せよう。私の管轄でもないしな。
「さて、協力者諸君。此度の協力、誠に感謝する。しかし、君たちが何を見て、何を感じ、どう報告するか。こちらから強制することは出来ない。故に、私から何かを君たちに言うことは無い。
「次に、アルメス。重傷者、はいないか。けが人の手当をしたら速やかに、孤児院に向かえ。この男の口ぶりだと、大丈夫だとは思うが子供たちの様子を見てこい。
「さぁ、兵士諸君。度肝を抜かれただろうが、私たちには仕事がある。つまり、いつまでも呆けているわけには行かない。どうやら、【守護の結界】は聖獣殿の恩恵で直っているようだが、すぐに確認に迎え。必要であれば、魔術師を派遣する。残りは、魔物の死骸を処理するぞ。あのままでは、屍肉に群がる魔物どもが寄って来るやもしれん。さあ諸君!仕事にかかろう!」
オレリアン王太子の言葉で、皆が動き出す。
魔族は、王太子に軽く挨拶をしただけで去り、ギルドメンバーは魔物の死骸の処理と、支部に報告に向かうものに分かれた。そして、アルメスは子供たちの無事を祈るように孤児院へ。
バレンティノールは、アルメスと共に孤児院へ向かった。
赤鬼編これにて終了です!
次からまた別の登場人物が出てきます。よろしくお願いします!!




