表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/126

赤鬼⑩

 じっと、空鬼とキメラはお互いに目線を交わす。

 表情を無くした、紅い瞳で空鬼はキメラを見据え。

 感情のこもらないキメラの赤い瞳は、空鬼を捉えている。


 キメラの翼には、魔法陣が浮かんでいた。古語で描かれた精緻な陣。それが、重力魔法陣であると、わかるのものが果たして居るだろうか。

 きらきらと、黄金の光をきらめかせながら、展開している。


――キメラが魔法陣!それも、重力魔法を操るとか。なら、あいつ・・・!


 バレンティノールは焦るが、精密に描かれた陣、それも強力な魔法の拘束を解くのは容易ではない。

 キメラと空鬼が戦闘になれば、地面に縫い付けられているだけの王太子やギルドメンバー、魔族とてただでは済まない。

 しかし――――


――ごろり。


 キメラが地面に倒れた。倒れ込んだ。空鬼が攻撃を仕掛けた、わけでは無い。

 自発的に地面に身を投げ出したのだ。すりすり。すりすり、と背中を地面にこすりつけて、急所である腹部を丸見えにし、ごろごろと喉を鳴らす。


「猫かよ!」


 つい、突っ込でしまった。

 この状況が一気に緩んだ。

 キメラに攻撃の意思はなく、空鬼になつくような仕草をしたのだ。意味が分からない。

 意味が分からないが、バレンティノールは、これが、キメラと初めて出会ったときと同じだと気づいた。


 あのときも、今みたいに、腹をさらして、頭を下げてきた。


 どういうことだ?

 全員が戸惑いの中にいるその時、喉を鳴らすキメラを無表情に睨み付けていた空鬼が、ふい、と視線を外した。辺り一面に、叩きつけるような殺意をまき散らしていながら、キメラから興味を無くしたのだ。

 襲ってこないと、見極めて。


 ここで、バレンティノールの中で違和感が、沸き起こる。

 

 空鬼が攻撃を仕掛けてきたとき、グライブ商会の息子が魔方陣を展開していた。

 バレンティノールが、落ち着けと言い聞かせたとき、空鬼の前にかざした手には短剣が握られていた。

 サァクスやテッドルが、魔法で攻撃をしなければ、周りの人間を攻撃をしようとはしていなかった。


 まるで、反射だ。

 放たれる殺意に、敵意を持つ者に、攻撃をする人間に。


――反射的に反応しているだけ、だったのか?もしかして、男を後ろに庇って静かにしていれば、こいつは、空鬼は誰も襲わなかった?


 唖然として、地面から空鬼を見上げる。

 その顔は、辺りを不審げに見渡すだけで、今や攻撃も防御も何も出来ない、無防備(・・・)無害(・・)な目の前のバレンティノールは見えていないかのようだ。


 声をかければ、返事を返してくれるだろうか?

 そんな気持ちが芽生えてくる。

 空鬼はしばらく周辺を警戒し、頭に手を置いた。痛みでもあるのか、振り払うように数回頭を振り、目を開く。


「・・・レンさん、どうして地面に這いつくばってるんですか?趣味?」


「なわけあるかあああああ!!!」


 つい、突っ込んでしまった!

 普通に、いつも通りに話しかけてきやがった!


「はは、すみません。なんか、頭痛くて」


 そういって、ふらりと体が傾ぐ。眉間にしわを寄せて、苦しげに笑っている。

 足下が覚束ない様子。そして、頭に置いた手を下ろさないところを見ると、アルメスの魔法が効いているのだろう。沈静化の魔法を受けて、意識を失わなかったのは戦闘による興奮によるものだ。空鬼の意識が通常に戻れば、魔法の効力は効いてくる。

 現に、ふらふらと体を前後に揺らし始めている。


「おまえ、何があったんだ?」


 空鬼は頭の痛みがひどいのか、周りの異常にひどく無頓着のようだ。誰もが倒れ込んでいるにもかかわらず、理解している様子がない。

 頭を振って、なんとか意識を保とうとしている。

 だから、バレンティノールは平静の時と同じ声音で訪ねる。

 これまでの経緯に、空鬼が我を忘れるほどの事があったはずなのだから。


「なに?何、て・・・」


 いつもの口調では無く、砕けた物言いで、空鬼は今までの出来事を思い出そうと、辺りを見渡す。それは、正常に現状を認識しようとする動きに見えた。


 敵を探しているとは、思えなかった。


「ああ。ころさないと」


 心臓が嫌な音を立てた。

 気絶している男へ目を向けている。空鬼がはじめに斬り殺そうとした男、グライブ商会の息子が居る方へ体を向ける。

 不安定に揺れていた体がぴたりと止まる。獲物を見つけたように、目をつり上げる。下げていた刀の切っ先を持ち上げ、ようとして。


「な~ご」


 一歩踏み出す前に、止まった。


「なーごろごろ」


 声がした方を振り向く。

 キメラが、相変わらず地面にすりすりとすり寄りながら、鳴き声を上げていた。


――お前、そんな鳴き方しないだろうが!?

 

 咄嗟に、突っ込み(言葉)を飲み込むバレンティノール。

 空鬼はつり上げた目で、じっと観察する。それは、敵意の表れか。何か意図があるのかと、探っているようだ。


「なー。にゃー。にゃーごほ!ごへごほ!ごほぇ!!

 

 嘔吐(えづ)いた。

 それもそうだろう。普段使わない声帯を一生懸命使って、猫なで声。文字通りの、猫なで声を出していたのだ。それも、仰向けで。

 嘔吐いて当然だ、とバレンティノールは遠い目をする。


――お前の、そんな姿。見たくなかった。


 一生懸命、空鬼の意識をずらしてくれることは感謝する。きっとお前のプライドはズタズタだろう。

 周りも何だが、ほっこり和んでいる。聡い者ならば、キメラが今は気絶している、泣きわめいていた男に空鬼が向かって行くことを止めたのだと、気がついただろう。

 魔族までもが、苦笑いしている。


「・・・どうして、おじさんみたいな咳してるんだ?」


 空鬼も興を削がれたのか、キメラをきょとんと見ている。

 無意識で言葉が漏れているところをみると、意識を保っているのがやっとなのだろう。

 顔色が青白い。殺意で赤く染まっていた瞳も、静かな赤色に変わっている。しばらくすれば、眠ってくれるかもしれない。

 しかし、男に目を向けたならば、また殺意を取り戻すかもしれない。


 バレンティノールは、魔法を展開するか迷う。ここで、敵対行為になり得る、魔法を使うことが空鬼を刺激しないとも限らないのだ。

 逡巡していると、花びらが一つ二つ、降ってくる。

 青い花びら。否。


――眠り花か?


 これまた、古い魔法を。

 花びらではなく、小さな青色の花。小指の先ほどの大きさしか無いが、群生すればどんな生き物も眠りにつかせる香りを放つ魔法の花。

 はらはらと、降り落ちる。

 一つ一つの大きさは小さいが、空鬼の眼前に舞うように現れる。

 それに、ぼんやりと見入る空鬼。

 眠りに誘う香りに、体が揺り動く。沈静化の魔法の直撃、これまでの戦闘で疲労は確実に蓄積している。このまま、素直に意識を落としてくれと、誰もが願った。


 空鬼が下を向く。それは、崩れ落ちる前の動作だった。

 ほっと、息を吐き出したのは、誰だったか。

 一閃。

 青い花々が、散らされる。それは、優しささえ拒絶する、鋭い斬撃。

 しかし、それが最後の力だった。

 ゆっくりと、体が傾ぐ。その、空鬼と地面の間に、するりとキメラが滑り込んだ。

 まるで、受け止めるように。労るように。


 停滞。沈黙。逡巡。


 赤鬼を背負い、キメラが立ち上がる。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ