出会い?いえいえ未知との遭遇です
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戻るにことにした空鬼だが、徒歩で戻るなら二日はかかる。
なのに着る物も食べる物も持っていない。いくらかの所持金はあるが、着の身着のままと言っていい。戻るときに考えなかったわけではないが、深くは思わなかった。
結果、野宿をすることになる。
当たり前だが、空鬼は知らない。この世界のことなど、知らないに等しい。
例えば、魔物の危険性など知らない。夜になると顕れる亡霊など、夜に巣食う多くの魔獣の脅威など知らないのだ。
だが、知らないからこそ、助かることもある。
空鬼は街道ではなく、街道からそれた道を野宿に選んだ。
そこは見晴らしがいい場所だ。
ただ見晴らしがいいだけの原っぱに寝転がっていた。
もともと空鬼は一日、二日は飲まず食わずでも大丈夫な体だ。着の身着のままでも、数日ならばどうにかなる。だから、考えることもなく戻る道を選択した。戻って、どうなるとは考えることもなく。
今は身の回りを守るだけでいい。そう思って。
日が沈み、夜闇が辺りを覆うのに時間はかからないだろう。
空鬼は目をつぶり、風の音を聴く。
日の暖かさの、その残滓を感じる。
其れだけは、どこでも同じだから。
其れだけは、変わらないから。
感覚だけで、世界を捕える。そうすれば、孤独を感じなくて済む。一人でないと思える。ここは、元の世界と同じなのだと、自分に言い聞かせることができる。
一人でも、生きていけるよう。
独りでも、悲しまなくていいように。
穏やかだった。
そんな、空鬼の世界に慌ただしい気配が混ざる。
「・・・・・・」
気配は隠されることなく、空鬼に近づいてきていた。追手の男たちかと、すぐさま身を起こしす。しかし、それにしてはなりふり構わず走ってくる気配に、空鬼は体の力を抜いた。
「追われてるのか?」
走ってくる一人の後ろには、もう一人分の気配がある。
どうやら、空鬼と同じような状況の者らしい。もう少しで視認できる距離に現れるだろう。
見晴らしがいいだけの草原だが、近くには森がある。その中から、一人の女性が飛び出してきた。
必死に走り、追ってくる何かから逃げていると一目でわかった。
簡素というよりボロを身に纏い、長い髪はあっちこっちに木の枝や葉をくっつけている。靴は擦り切れ、顔は赤く、汗が滴っている。
森を抜け、薄暗くなっていく草原に出てきた女性は、すぐに空鬼の姿を見る。
薄暗くともそこに誰かがいると解る明るさだ。だから、空鬼にも女性の姿ははっきりと見えた。その顔が、安堵で緩む瞬間も、はっきりと。
「助けてください!!」
どうやら、空鬼は人と見られたらしい。
必死で走ってくる女性の姿を見て、空鬼は立ち上がる。野宿をする旅人に見間違えられたとしても無理はないと思ったのだろう。庇護するかどうかは別として、女性を迎え入れるように困ったように笑う。
その空鬼の顔を見て女性は一目散に駆けてくる。か弱い自分を守ってくれる、唯一の存在に縋るように。
何者かから逃げてきた女性にしたら、唯一の救いである空鬼。だが、鬼であり人ではない。
ここで空鬼は角を出さなかった。
追手の男たち相手でも角は出さなかったのだ。そもそも、教会の部屋から外に出るときは常に隠していた。赤い角を見たのは、世話をしてくれた数名のメイドと、ハロルドとリクシェラだけ。
異世界に落ちてきた時、魔法陣の近くにいた魔術師たちにも見られたが、空鬼が完璧に角を隠しきることができると知っているのは、ハロルドとリクシェラの二人だけ。
だから、間違えても仕方がない。
彼女に落ち度はない。
魔物から逃れてきたというのに、魔物に助けを求めているという可笑しさは彼女のせいではないのだ。
女が空鬼のもとにたどり着き、へたり込む。空鬼は女性の背を撫でて落ち着かせようと手を伸ばした。
その時、森から疾風が吹きつけた。
「っ!?」
息をのむ女性に、目を瞑る空鬼。
二人の前に、長身のリザードマンが居た。
「あっ」
吐息のような声を上げ、女は呆然と目の前の魔物を見上げた。その瞳には、絶望が浮かぶ。
逃げたことは無駄であり、救いは何もなかったのだと解ってしまったのだろう。側にいる男は、目を瞬かせて何が起こったのか理解している様子はないことが、さらに女から正常な意識を奪っていく。
「・・・・」
空鬼はリザードマンを見上げる。
異世界にきて初めて魔物を見る。
その眼には、好奇心が除いた。
「・・・・」
リザードマンは女を見る。
逃げられた獲物を見る。
隣の男もついでに見た。
「はじめまして。あなたはなんでしょうか?」
頓珍漢な質問を繰り出す男を、リザードマンはしばし凝視することになった。
リザードマンの始めの感想は「なんだこいつ」だ。
それもそうだろう。なんだ?と聞かれたのだ。
何者でもなく、誰かでもなく。
なんだ?だ。
お前こそなんだ。
そう言いたいのを喉の奥に隠して、空鬼を見た。
ただの、赤髪の青年を見た。
「サイネンストだ」
可笑しな質問をした青年の目がなりふり構わずキラキラとしていたから、とっさに名乗ってしまったリザードマン。
そんな彼に空鬼は礼儀正しくお辞儀をした。
「空鬼です。よろしくお願いいたします」
礼儀正しいだけでなく、「よろしく」宣言をする空鬼。
サイネンスト(リザードマン)は、さすがに頬を引き攣らせた。もう、何もかもがこの時点でおかしくなっている。それなのに、空鬼は変わらず興味津々にサイネンストを見ている。
女性はリザードマンに空鬼が普通に話しかけた時点で、空鬼から体を引いていた。空鬼が言葉を発するたび、その距離は開いている。
解っていない。
二人は同時にそう思った。
理解していない。無知とは恐ろしいものだ。こうも明け透けに、ナニかを信用できるのだから。
「おまえ・・・・」
言葉を言い切る前にサイネンストは、徐々に離れていこうしている女性の後ろに素早く回り込んだ。そして、手刀を首筋にいれる。
理解する間まもなく意識を刈り取られた女。そして、サイネンストは彼女をすぐさま肩に担いだ。
その一連の動作を視認しながら、空鬼は何をするでもなく見ていた。
「どうしたんですか?」
ただ見ていてだけでなく、心配そうに女性を見つめる。
「保護しただけだ。もう日が沈んだ、これから危険な時間になる」
「そうなんですか?」
「お前も来い。ここは危ない」
「分かりました」
あっさりと頷く空鬼。その態度にサイネンストは仰け反った。
女を肩に担いでいることを忘れて、後ろ向きに倒れそうになり慌てて姿勢を正す。空鬼は不思議そうにサイネンストを見るが、サイネンストは不可解なモノを見る目で空鬼を見つめる。そして、ため息を一つついて森へと足を向けた。
空鬼はサイネンストの言葉を疑うことなく、彼の背中を追いかける。
追手の男たちを返り討ちにした時と同じように、自然体でサイネンストの背中を追った。




