過去話(2)
突然の襲撃に、エランは必死で抵抗する。
「へー、人間の癖にやるね」
黒い服を着た魔族。
幾らエランが攻撃しても当たらず、その実力差は歴然としていた。
それでもまだエランが生きているのは、目の前の彼がエランをいたぶるように攻撃をしているからだ。
そこで足がもつれてエランは転んでしまう。
ここまでかという思いと、ようやくかという思い。
平民出身で、剣術の才のあるエランは、その嫉妬によりこの役目を与えられたのだ。
だがその力さえあれば、貴族たちの仲間入りで、あの可愛らしいミーシャを嫁にしても良いといわれていたのだ。
柔らかくウェーブの掛かった茶色い長い髪の彼女。
美姫と名高い彼女の婿となり、身分も保証される。
だから悪い事ばかりではないと自分を騙し騙し来たが、神殿に近づくに連れて強く攻撃的になる魔物達。
それはそうだろうとエランは思う。
だって神殿にいる最後の神を、魔物達は愛しているのだから。
異なる属性以上に、魔物達にとって魅力的であるらしい。
魔物感覚など、信用できない、よほど恐ろしい化け物なのだろうとエランは思っていた。
けれど魔物は強くなるにつれて美しい人型をとり、現にこのどうあがいても敵わない魔物も恐ろしいほどの美貌を兼ね備えていた。
そこで、その魔物が倒れているエランに、
「もう終わり? 随分人間のわりに持った方だけれど……行きながら魔物に食われて断末魔を楽しむのも良いけれど、君は綺麗だからね。それに免じて今ここでトドメをさしてあげるよ」
くすくすと言う無邪気で残酷な笑い声。
やり返してやりたいのに、体に力が入らない。
ここまでかとエランは思った。
そこで、目の前に人影が走りよる。
黒い髪に、赤い瞳。
魔物? とエランは思うも、その綺麗さに目を奪われる。
柔らかな白い衣に、艶やかな黒髪。
こんな人、見た事がない。
おそらくは男性。
そう、彼に殺されるのなら、本望とでも思える、そんな心が惹かれる感情を覚えて、そこで彼はエランを見て、
「美しい」
今の言葉にえっと思っていると目の前の彼の頬が少し赤くしており、けれど彼はすぐにエランを攻撃してきた魔族に向かって、
「テイル、止めてくれ」
「えー、もう……ディアは。仕方がない、ここはディアに免じて許してあげるよ、じゃあね、人間」
あっさりとその魔族は去る。
だがテイルと言う名前にエランは聞き覚えがあった。
西の魔王の名だった。
魔王に不意打ちを食らわせられたのかと思って、けれど経つ事もできずにいると、その助けてくれた綺麗な人が一生懸命エランを抱き起こそうとしている。
けれど非力らしく、エランを立ち上がらせることで精一杯のようだった。
そんな彼に何処か見とれてしまいながらもエランは彼の名前を思い出す。
確か、ディアという名前だった。
そしてその名前は、エランの目的の神である。
随分と運が良いと思いながらも、心の中で欲が湧く。
彼が欲しい。人の美姫などよりも、彼が欲しい。
今ならば分る、魔物が彼を求める理由。
柔らかな光の気配をすぐ傍で感じる事が出来る。
このディアの気配なのだろう、とても穏やかで温かい。
欲しい。
そう先ほどの攻撃を受けたダメージが残っていたために、そこでエランの意識は途切れたのだった。
「おい! 大丈夫か!」
焦るディアだが、彼の意識は戻らない。
こんな事になるならば癒しの力を与えるのではなかったと後悔しそうに思えて、ディアは首を振る。
いいのだ、もう後悔しないと決めていたし、ディアは人が好きだから。
だから、眷属の竜の名を呼ぶ。
するとすぐ駆けつけてきた彼は、ディアの肩を貸している血だらけの人間に眉をひそめる。
「人間など、放っておけばよろしいのに」
「……頼む」
けれどディアの頼みは断りきれず、竜は嫌々ながらもエランの傷を治して、ディアに背負わせられないと自身が背負い、神殿まで連れて行き、客間のベットに寝かす。
それに礼を言うと、竜は、危険だからとディアを部屋から追い出そうとする。
もともとこのディアの美しさに懸想する人間は後を立たず、それを絶えず竜は追い払っていたのだ。
けれど、もう少しだけ見ていたいとディアは竜に我がままを言い、結局暫くディアは付きっ切りになる。
二人っきりになったディアとエラン。
ディアはじっとエランを見て頬を染めて微笑む。
「綺麗な人間だな」
そうやって、久しぶりの大好きな人間は綺麗で。
ディアはその寝顔を見ているうちに自身もまどろんでしまい、そのままベットに寄りかかるように眠ってしまったのだった。




