過去話(1)
いつものように、東を治める神……ディアは、部屋の椅子に座りながら本を読んでいた。
ディアのいる部屋は、白く見事な彫刻が掘られた美しい建物だが、手入れが行きとそいていないのか何処か薄汚れて、壊れかけている。
けれど降り注ぐ光に照らされたディアがただそこにいるだけで、それらの輝きが増すようだった。
流れるような黒髪は黒曜石のように輝き、白い肌は真珠のよう。
瞬きする赤い瞳は、きらきらと輝く宝石のようだった。
そんな彼は白く柔らかな刺繍のほどこされた布を纏い、ぼんやりと本を読んでいる。
ここには今は彼一人。
昔は大勢の人間がいたが、彼らはもう用がなくなったのでここを去った。
そこに足音が聞こえる。
「相変わらずだな、ディアは」
「西の神、テイル……いや、今は魔王だったか」
くすくすと笑う幼さの残る金髪の少年。
彼よりも年が若く見えると言われたディアだが、ここを訪れる数少ない昔からの知人だった。
だから、ふわりとディアは微笑む。
そんなディアにテイルは微笑み、頬を染めて、
「そうだよ。楽だよ、魔王は。人間どもも殺し放題、虐殺し放題だしね」
「テイル……」
悲しげに名を呼ぶディアに、黒い衣を翻しながら近づくテイル。そして、
「ディアも早くこっちにきなよ。そして僕の花嫁になってよ」
そうディアの手を握り締めて熱っぽく口説くテイル。
けれどディアはそれに悲しげに笑い、
「……考えておきますよ」
「ディアは何時もそうだ。そうやってすぐ逃げる。そんなに人間が好きなの?」
それにディアは答えずに小さく微笑むのみ。
そんなディアにテイルは舌打ちして、
「もう、傷つくのはディアなんだよ?」
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから」
微笑むディアに、何でとテイルは思う。
裏切られて、苦しむ時間が長くなるだけなのに。
ただでさえディアは四人の中で一番桁外れに強くて、けれど四人の中では一番優しくて。
だからテイルは好きになった。
けれどその分長く、苦しめられる。
「……人間は僕達の力が欲しいだけじゃないか」
「人が幸せならそれで良いですよ」
いつもの問答に、テイルは更に苛立ちながらも魔法を使う。
ディアの住むこの家……神殿が、作られた当時のままに戻る。
ディアの服は体をいつも綺麗に清める魔法が掛かったままなので問題ないが、この家などはそうはいかない。
だから様子見ついでに直していたテイルだった。
「ありがとうございます、テイル」
「別に、この程度大した事ないよ。うん」
そう顔を更に赤くしてテイルは答える。
だってこんな綺麗なディアがいる場所はきっとこんな風に美しい場所だから。
かすかな燐光を放っているように風に揺れるディアの髪が、さざ波の立つ水面のように輝いて、何度見てもあきないと思う。
その紙を一掬いして、テイルは唇を触れる。
好意の証だが、未だディアには受け取ってもらえないけれど、テイルは繰り返している。
そこで轟音が聞こえた。
「……あの子達が来たみたいですね」
「ああ、ディアの眷属の竜か。確か魔物に恋をしたとか?」
「ええ。良いですね、おめでたいです」
「……いっそ魔物の王になってやれば良いんじゃないのか?」
「まだ神である事を止めたくありませんからね」
おっとりとしたディアの声に、このままなし崩しに魔王になってしまえば良いのにとテイルは思う。
まだなっていないこの東の地域では、今もまだ魔物達はディアに自分達の王になって欲しくて、どの魔王にもつかないでいた。
そこで、緑の髪の人型の目麗しい魔物と白色の髪をした美形が現れる。
その白い髪をした美形は竜が変化したもので、ディアを前に微笑み一礼し、
「ディア様、ご機嫌麗しゅう……おや、テイル様もいらっしゃいましたか。ほら、挨拶して」
「……こんにちは」
緑の髪の綺麗な人型の魔物が挨拶をして、すぐに竜であるディアの眷族の後ろに隠れてしまう。
そんな魔物の様子に、ディアは薬と小さく笑い椅子から立ち上がり、近づく。
その魔物は何処か焦ったようだが、そこでディアが優しく頭を撫でると頬を赤く染めて微笑む。
ディアはそんな魔物の様子に自愛に満ちたまなざしを向けながら、
「我が眷属を、頼む」
「……はい!」
元気よく魔物が答えて、その眷属である竜も幸せそうに微笑んだ。
そんな三人を見ながら、テイルはさっさと魔王になってしまえば良いのにと思いながらも、こう見えてディアは頑固なんだよなと心の内で嘆息をしてから、ディアに近づいていく唇を重ねる。
「んっ」
ディアが呻くも、テイルは気にしない。
性知識の乏しいディアにはこれがただの愛情表現だとテイルは洗脳済みである。
そして唇を離してから、額をテイルはディアにこつんとつけて、
「……また来るから、次は魔王になる事を考えていてね?」
「……考えておきます」
相変わらずやる気のないいつもの返事。
そしてテイルはその場を離れる。今日は久しぶりに空を飛んでいくかといった気まぐれを起こして、飛んでいくと一人の人間が、ディアのいる神殿に向かっているのが見て取れる。
随分と自分と同じ金髪に、青い瞳の見た目の整った人間ではあったのだが、
「……ディアの元に人間なんて、来させないよ?」
そう、テイルは嗤ったのだった。




