トマトジュース
客間に通されて、赤い飲み物がエリオット達にも出された。
「これは?」
「トマトジュースだ。いらなければやらない」
上品な紅茶のカップに注がれたそれを美味しそうに飲むクロック。
そういえば血を寄こせとかいっていたなとエリオットは思い出して、
「吸血鬼か?」
「今更気づいたのか。今代の勇者は、随分と鈍感だな。まあ、ディア様に求婚するくらいだからな」
そう鼻で笑うクロック。
相変わらず魔族は妙にエリオットに冷たいが、とりあえずは色々はなしてもらえるらしいのでエリオットは大人しくしていた。
そんなエリオットの様子に、自分の挑発に乗らないのもまたクロックは苛立ちを覚えるも、かといって約束を反故にするつもりは無かったので、
「……お前達勇者は、四人の魔王を作り出す事によって生まれたといっても過言ではない」
「……勇者が存在するから魔王が生まれると?」
エリオットは問いかけるも、クロックは首をふり、
「違う。お前達が、最後の力を奪い、そして……絶望した事によって、魔王に生まれ変わったのだ」
そう、魔物の金の瞳に歓喜を宿らせながら、クロックは話し出したのだった。
その昔、この世界には四人の神がいた。
その神々は其々東西南北を治め、仲も良かった。
ただ光の属性であったために闇の属性である魔物達は、異なりながらも美しく優しく強い神々に何度も恋焦がれて自分たちの主にと望んだが、属性の反転はこの世界をより……異なる世界に近づけてしまうだろうという事と、その世界との争いが増えるだろう事から、その神々は望まなかった。
けれどある時、その異界から“人間”がこの世界に降ってきた。
そしてその人間達はあまりにも弱く、けれど神々にとても良く似て属性への適正があった。
だからその人間達を神々は守り、交流していく事によって情がわく。
そして狡猾な人間に一つづつ力を奪われて、最後は戦う、“破壊”の力を其々残していた。
神々だって自分のみを守ろうとするから。
けれど用済みになった神々に人は背を向け始めた。
それに失望しながらも、神々はやはりどこかで人を信じたい気持ちがあったのだろう、やがてとても狡猾な人間にまた一人また一人と騙されて、その力を失い、孤独と絶望に苛まれて反転し、“闇”の属性へと変化し魔王となったのだ。
その狡猾な人間の子孫が勇者である。
そして、一番最後に魔王になったのが、東の魔王であるディアの祖先、初代東の魔王である。
「というわけだ。分ったか? われわれがお前のことを嫌う理由が」
「……魔王が勇者の事を嫌っているから嫌いなのか?」
そのエリオットの問いに愚問だというかのようにクロックは笑う、
「あたりまえだ。それに我々は魔王様の眷属となったのだ。だから魔王様の感情の影響を受けて、そしてその奪われた魔法を奪い返したいと人を襲うのだ……それが本能に忠実な知能の低いものならなおの事、な。そして、ずっと待ち望み愛した神が我々の王という魔王になったのだから、愛さずにはいられない」
「だが、ディアは俺の事が好きだぞ? なのになんで、俺に対して冷たいんだ?」
その理論からすれば、ディアはエリオットのことが嫌いという話になる。
けれどそれを聞いたクロックが苛立ったように、
「我々魔族は魔王様を愛しているんだ。それを奪おうとしているものがいたなら、それが敵である人だったらどう思うと思う?」
「嫉妬する、か」
「そうだ。だからディア様のことは諦めろ、人間」
「嫌だ。くれないなら力ずくで奪い取ってやる」
「……」
「……」
「……人間ごときが随分と大きな口を聞くな」
「俺にとってディアは譲れないものだから」
その言葉にクロックが舌打ちをする。
「……どうせまた捨てるくせに」
「昔そうだからといって俺がそうするとは限らないだろう」
「……その剣はもともと、我等が魔王が神であった頃のお前の祖先が、その神を守るために与えたものだ。なのに、どうしてその剣がこの魔族側にあると思う?」
その言葉に、エリオットの脳裏に、経験のない映像が浮かび上がる。
燃えさかる城で。
「その剣を向けるのか?」
ディアに似たその人は、瞳を揺らして俺を見た。
悲しみに満ちたその瞳に、俺は抱きしめようと走り寄りたくて、けれどもうそんな権利は自分にないことも分っていて、すでにそんな事出来ない状況だった。
目の前の彼は、そっと瞳を伏せて、
「……私はお前を殺したい。それほどに憎い」
知っている、そんな事。でも……そうだな、何をいっても良いわけにしか聞こえないよなと俺は思う。
そこで彼は俺を真っ直ぐに見た。迷いの無い意思に俺はたじろぐ。そこで彼の唇が開いて、
「けれど……まだ、私には未練があるようだ。だから……その剣を私に返せば人への侵攻を止め、今後一切人とは関わらないようにしよう」
それはとても魅力的で、望んだ最良の結末だった。人は魔王に勝てないだろうから。
けれどこの剣を返すことに俺は躊躇いを覚える。だって、これは……もう、唯一つ彼と繋がっていられるものだったから。
それを返せというのは関係を完全に断ち切るというに他ならない。
俺の心に痛みが走るけれど、もう、彼は過去にしなければならないのだと分った。
そしてその剣を返すと、彼はそれを抱きしめて泣き崩れる。
「……約束しよう」
その言葉に泣きそうになりながら俺は微笑んだ。彼は約束を俺のように違えない。
そして俺はもうこの人に、もう二度と会うことはないのだろうと思って、彼を見る。
俺の瞳に最後に焼き付いたのは、悲しく泣くその美しい人の姿だった。
「! 今のは?」
「……血の記憶だろう。その断片か。僕達も伝聞でしか知らなかったが随分と酷い事をしてくれたものだ」
「……それも、話していただけますか?」
焦燥感漂うエリオットの様子に、クロックは嘆息してから、
「もちろんしてやるとも。本当であればそれでお前が諦めてくれれば良いのだが」
と、冷たく告げたのだった。




