お子様で夢見がち
部屋の中は随分と綺麗に片付いていた。
そんなきょろきょろと周りを見る魔王ディアに、勇者エリオットは、
「何がそんなに珍しいんだ?」
「いや、随分綺麗に片付いているなと」
「彼女との、捨てられなかった思い出の品を全部捨てればこうなるさ。ついでに親友との思い出の品もね」
「あ、ああ、そうなのか」
聞いては悪い話を聞いてしまったように感じながら、魔王ディアはちょっとだけ悩んでから、
「それで、私の事を倒す気はないと?」
「無い。というか行く気がしない。そもそも誰かと会いたくない」
「う、うう……そうか」
そう残念そうに呻く魔王ディア。
一応ディアも魔王なので、魔王としてのプライドがあるのだ。
やっぱり勇者と戦って勝利する魔王でないとと、幼い時に読んだ絵本のような出来事を夢見ていた。
そんな魔王の心中を知らず、勇者エリオットはつまらなそうに、フードとマスクと黒いサングラスで顔を隠した魔王という変質者を見ながら、
「……お前、死にたいのか?」
「は?」
「だってそうだろう? 勇者に来て欲しいなんて、自分を殺しに来て欲しいっていっているようなものだろう?」
「そうなのか?」
「……話にならないな」
そう冷たく勇者エリオットに言われて、魔王ディア何処か意気消沈してしまう。
だが魔王ディアはすぐに、今の台詞について言い返せる部分がある事に気づいた。
「す、すぐにこの私を殺せると思っているのか?」
「……ああ、だってお前何処からどう見ても弱そうじゃないか」
「何だと? それは魔王として聞き捨てならない!」
「実際に俺がその気になれば、今すぐにだってその首を胴体から切り離せるぞ?」
「……随分と私も低く見られたものだな」
怒気をこめて魔王ディアが呟くと、それを勇者エリオットは鼻で笑い、
「わざわざ勇者に来て下さいと会いにくる程度に、愚かな魔王だ。温厚というよりはむしろ……頭が足りないんじゃないのか?」
「……こちらが大人しくしていれば、抜け抜けとよくも……」
そう怒り出す魔王ディア。
ここまで人間ごときの引きこもり勇者に馬鹿にされては、温厚な魔王ディアといえど怒るのは当たり前だった。
「良いだろう、小僧。相手をしてやろう。この、魔王ディア様がじきじきに……」
そこで、勇者の母親が手作りのフルーツケーキと紅茶を持って現れたのだった。
幸せそうに、白くてとろける、甘い生クリームの乗ったケーキを仕草でも嬉しそうに、魔王ディアはフォークで口に含んだ。
「う、旨い。このケーキ、ほんの少し変わったお酒の香りがするが……」
そんな魔王ディアの様子に、勇者の母親が、
「あ、分ります? 私特製のブレンドしたハーブを使ったリキュールが少し入っているんですよ?」
「これは……ぜひレシピを教えて頂けないだろうか。私も城で作りたい」
「え? 魔王様は専属の料理人がいらっしゃるのでは?」
「うむ。だが最近御菓子を作るのも趣味でな。中々奥が深い」
「そうでしょうとも。それで……」
「かあさん、邪魔だからもう出て行ってくれ」
そんな褒められて嬉しそうな母親を、勇者は嘆息しながら追い出した。
そして、このケーキうま! と喜んでいる魔王ディアを見ながら、
「あんた、威厳も何も無いな」
「……黙れ小僧。大体このケーキが美味し過ぎるのが悪いのだ」
「ふん、ケーキ一つでこれほどまで機嫌が良くなるなんて、安い魔王だな」
そんな憎まれ口を無視して、魔王ディアはケーキを食べ、紅茶を飲み一息を付く。
実の所、この勇者のその口に酷く苛立ちを覚えていたのだが、怒ったら負けのような気がして必死にケーキを食べて耐えていたのだ。
弱い犬ほど良く吠えるものである。だから、こいつは弱い奴なんだと、魔王ディアはそういった感情を必死に抑えながら、
「それで、どうすれば私を倒しに来てくれるのだ?」
「へー、やっぱり東の魔王様は自殺願望があるのか?」
「いいから答えろ」
「そうだな……所で魔王様は、女か?」
唐突に性別を聞かれて、魔王ディアは戸惑った。
けれどどのような意図がまったく予想も付かなかったので、とりあえず、
「……男だが」
「なんだ。女だったら倒して……ああ、お子様で夢見がちな魔王様には言わない方が良いだろうな」
「下品だな」
「男はそういうものだ。色欲があって何が悪い」
そう機嫌を損ねたように言う勇者、エリオット。
そんな、本意でもないのにわざと悪い事を言う子供なエリオットに、魔王ディアが、
「そんなに裏切られた彼女が恋しいのか?」
「お前に何が分る!」
「分らない。私はお前ではないからな。お前の苦しみは私には分らない」
「だったら黙っていろ」
「だが……」
そこで、目の前に勇者の剣が魔王ディアの目前に突きつけられたのだった。
次回更新は未定ですがよろしくお願いします。