正直に言おう
竜の魔族の方が不利なのではと思った、エリオットの認識は間違っていた。
剣で相手の攻撃を受けながらエリオットは、交わしてからすぐに後ろに逃れる。
「……先ほどから守りに入ってばかりだね」
そう、竜の魔族、フリードの余裕のある声に、エリオットは舌打ちをしたくなった。
力がその竜の魔族の方がエリオットよりも上だったから。
速さや小回り、技巧に関してはエリオットには自信があるものの、相手の力がエリオットよりも上だった。
怪我をさせないようにしながら、周りの状況……果樹に傷をつけない。
その程度の制約は問題ない。
魔王ディアの事だから先日の子供との戦いで、敵の実力を段階的にあげていくのだろうとエリオットは考えていた。
そして、現れたこの竜の魔族は、その段階的に実力を上げていく点を考えて見ると、子供との戦いの次の段階となる。
つまり、魔王ディアとの戦いまでに後数人の敵が控えていたとしても、そうなってくると力、魔力その他諸々を含めて、エリオットよりも魔王ディアやその他の魔族達は圧倒的に上回っている事になる。
つまり魔王ディアもエリオットに届かない遥か高みにいることになるのである。
更に付け加えるなら、少しでもこちらの手札をあまり見せたくないというのもエリオットにはある。
正直に言おう。
エリオットは、思いっきり手加減して戦おうという程度に自身の力を過信していた。
けれどそのエリオットの力が魔王ディアには通用しないのではないかと思い、苛立っていたのである。
また手に入らないのなら、家で寝ていたほうがましではないかと。
そんな駄目な感じのエリオットに、そんな事を考えているとは露知らず、フリードが、
「勇者という割には、大した事がないのだな」
「……お前達よりも強い魔族が、まだまだ沢山いるのか?」
「怖気づいたのか?」
「……まさか。ディアに会うまで、俺は負けるつもりなんて無い」
その言葉に、フリードはほんの少し気の毒そうな顔をしながらもすぐに笑い、
「……我々は、魔族の中でも特に強い力を持っている竜族。だから、強いのは当たり前だ」
「……子供との戦いの次にそんな大物を……ディアは、俺の事を嫌いになったということか?」
「いえ、そう簡単に人間の勇者に我らが魔王ディア様をくれてやるものかという事で我々が」
そこまでしかフリードは言えなかった。
「なんだ、お前が強い魔族なのか。……だったら、話は簡単だな」
エリオットがにやっと笑って、そこでフリードは嫌な予感を覚えた。
そして、やる気を取り戻したエリオットは速攻でフリードを倒したのだった。
所変わって、カミルが少し追い詰められかかっていた。
「うう、僕のありとあらゆるからめ手が使えない……」
「それで、そろそろ花嫁になる心の準備は出来たか?」
「いやぁああああ、と言いつつ目くらまし!」
光で相手の目をくらませて、カミルが逃げようとする。
けれど、そんなものは目の前の竜の魔族には効かなかった。
ぎゃああ、と悲鳴を上げてカミルは逃げる。
けれど再び捕まりそうになった所で、ソラが嘆息しながらカミルを抱きしめてから背後に隠した。
その大人しく隠れるしおらしいカミルの様子に、二人の竜の魔族が少し苛立ったようで、そこでカミルに懸想している竜の魔族が、
「……何のまねだ?」
「……カミルでは荷が重いようだったから」
「それは、君一人で我々二人の相手をすると?」
「……それでもかまわない。けれど、エリオットがお前の相手をする」
その言葉に焦ったように二人の竜の魔族が後ろを振り返る。
確かにフリードがエリオットに倒されているのが見て取れた。
ちなみにフリードは、この二人の竜がまとめてかかっても倒せない程度に強い魔族だった。
けれど、その隙がその二人の竜には災いした。
その隙にソラが槍でもって、ごすごすと突き立てて倒してしまう。
「ふう、戦闘のときに余所見をするとは、愚かな」
「相変わらずソラは強いね。でも魔法を使う前に倒すのが手か。なるほど……」
「でもカミルには無理だろう。捕まるから」
「えー、そんな事無いよー」
「……今まで何回それで捕まった。敵に」
「……エリオット、そっちも上手くいったみたいだね」
カミルが、ソラから逃げ出してエリオットに走りよる。
それを見て、ソラが嘆息しながら彼もまたエリオットに近寄る。
「二人とも……というよりは、ソラの実力を見せてもらったよ」
「……隙があったからだ」
そう短くソラは答えてカミルを見る。
どうやらそういう話にしておいて欲しいらしい。
攻撃の際に魔力を感じたのだが、呪文無しで何らかの魔法……それは異常に魔力が大きい事を意味する。
そこで、恨めしそうに竜達が立ち上がって、エリオット達を見た。
確かに魔族は随分と体が丈夫らしいという話をディアから聞いていたが、彼らはじっとエリオット達を見て、そして、
「……ここで諦めきれるか!」
叫び、突進してくる。約束が違うとエリオットが言おうとして、そこで、
「……今何て言ったのか、私のもう一度言ってもらえないだろうか」
青筋を浮かべて、にこやかに笑う魔王ディアが現れた。
そしていつもと違うのは傍に別の、見知らぬ美形の魔族が居る事だった。
そこで竜の魔族であるフリードが、
「で、ですが魔王ディア様……」
「……エリオット達に手を出すことは許さない」
「……はい」
有無を言わさぬその言葉と威圧感に、不満どころか恐れを抱いて竜の魔族全員は黙った。
そんな魔族達の様子を確認してから、魔王ディアはエリオットの方を見て、今度は微笑みながら、
「それですまないが、この、“緑の人”レイトがエリオットと個人的に話したいらしい。かまわないか?」
「……後でディアとの時間をくれるのであれば」
その答えにレイトは少し嫌そうな顔をしたが、魔王ディアは気づかずに頷いたのだった。




