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何も分っていない

 部屋の外に出た“緑の人”レイトは、暫く歩いて出てから壁をドンと叩いた。

「ディアは、何も分っていない!」

 苛立ったように壁を叩いて、“緑の人”レイトは舌打ちして呟く。

 あんなに優しげな魔王ディアの笑顔を、ここ暫く“緑の人”レイトは見ていなかった。

「しかも無断外泊……何も無かったから、別にいい。そう、別に良い」

 繰り返すも、苛立ちは募るばかり。

 そしていつもあの笑顔は、“緑の人”レイトや五傑に向けられていたのだ。

 なのに……今は、あの、憎々しい勇者エリオットに向けられているのだ。

「時間に余裕があるから、勇者などというものに現を抜かすのだと思って仕事を与えたが……予想以上にディアは優秀だし」

 仕事を手伝って欲しいといった瞬間おディアは、本当に嬉しそうで、“緑の人”レイトも心の中でこんな可愛いディアが見れて、正直どきどきしてしまった。

 けれど仕事を渡してしまえば、思いの他ディアは知識等を理解する。

 まずい。これでは計画が狂ってしまう。

「……それもこれも、全部勇者エリオットのせいだ。許さない」

「まあ、今の彼らは、私の配下が戦っているのだから、何とかなるだろう」

 突然声をかけられるも、レイトは見知った声に嘆息した。

 目の前には白い髪をした酷く美しい……それこそ神々しい雰囲気の魔族がいた。

 その姿に、レイトは、先ほど頼んだ件を問いかける。

「“白の人”フィエルか。それでその竜はどうだった?」

「それは、ただの魔物の方?」

「もう一つの方だ。決まっているだろう」

 そう苛立ったように告げるレイトにフィエルは面白そうに笑って、

「相変わらずレイトは神経質で、せっかちだね」

「……私に城の仕事を全部押し付けている奴に言われたくない」

「ははは……だってあんなに可愛いディアが目の前にいたら、閉じ込めてしまいたくなるだろう? 神代の昔からそれをやって、その度に私達は暫く謹慎を喰らっていたわけだし」

「……他を省みずに襲う事ができればと、たまに私はお前達が羨ましくなる」

「ふふふ、でも約束だから、ね?」

 その約束は、五傑全員の約束である。

 だからレイトはディアに手出しできない。まだ。

 その言葉にレイトは嘆息しながら、

「分っている。それで、その竜は?」

「勇者エリオットを好みそうな強い竜フリードと、その他二名。どちらも竜族の中で腕利きだ」

「流石に勝てないだろう。それでは」

「勇者エリオットが負けたら、フリードは彼を自分のものにしてしまうだろうしね。基本的に竜は美形だし、愛した相手への愛情深さも含めて、彼らのアプローチはそれほど断れない」

「これで、ディアから心を移してもらえればそれでいい。やはり人間の勇者な……」

「ほーう、なるほど。そのような事を画策していたのか」

 レイトとフィエルの後ろで声がした。

 そこには怒ったように引きつった笑いを浮かべるディアが立っていた。

 手には書類を持っている。

 何時から聞いていたと、レイトとフィエルが警戒していると、

「……人間の勇者は、私の恋人にふさわしくないというのか?」

「……はい」

 レイトは、ここで色々言い訳をしても仕方が無いと思い頷いた。

 それにディアは険を和らげて、

「……私の事を心配しているのは分る。お前は本当に居幼馴染だと思う。だが、それに関して手出しはしないで欲しい」

「ですが、もう彼らは……」

「今戦っているな」

「……なぜ、お分かりに?」

「ん? 魔族の事なら何となく分るぞ? それに、エリオットを彼が口説こうとしたので、釘をさしておいた」

 まさかそのような答えが返ってくるとは思わず、レイトが驚いて、

「ディアは、我々の心が読めるのですか?」

「ん? いや? ただ……エリオットの事は何となく分るのだ。なぜかは分らないが」

「そうですか。では……止めるよう指示を出しますか? それとも……」

「エリオットはその竜に勝つから問題はない」

 さらっと言い切ってしまうディアに、レイトは心なしか苛立ちを覚えるも平静を装って、

「……随分と高くあの人間の勇者を買っていらっしゃるのですね」

「私が見初めた勇者だからな」

 そう、ディアは微笑む。

 愛おしいはずなのに酷く胸が締め付けられて、それでもディアはエリオットが欲しくて……ただ綺麗なだけではない感情が、ディアの中で溢れている。

 一方、エリオットへの嫉妬と共に、魔族の行動に気づいていたディアに、レイトは彼がやはり魔族の長であると同時に、“魔王”であると思う。

 そんなディアが本当に自分達の手に落ちてくるのか、この歯車の狂い始めた計画にレイトは不安を覚えずにはいられない。

「……私は貴方が心配なのです、ディア」

「すまない。レイトにはいつも心配ばかりかけてしまって……ありがとう」

 ディアは無邪気な微笑を浮かべて、本当にレイトを信頼しているように笑った。

 その笑顔にレイトは耐え切れず、ディアを抱きしめる。

「レ、レイト」

「……少しだけこうさせてください。ディア」

 そうレイトが切実な声で望むので、ディアは嘆息して、背中に手を回して抱きしめる。

 それにレイトがくらっときた所で、

「はい、そこまで。レイト、こっちに来るんだ」

 フィエルが襟首を掴みレイトを引っ張っていく。

 唖然とするディアが遠のいて、ディアから見えない位置まで来てフィエルはレイトを放した。

「何をするんだ! 私はディアと……」

「黙れ」

 そうフィエルが告げて、そのままレイトを壁に押し付ける。

 その乱暴に壁に押し付けられた仕草に文句を言おうとしてレイトがフィエルの顔を見上げると、その美しい顔が近づいてきて、レイトの唇にフィエルの唇が重なった。それはすぐ放されるも、 

「何で……お前も、ディアが……」

「ああ、好きだ。でも、私はお前の事も好きなんだ。じゃあ」

 そうさらっと告げて不機嫌そうに去っていくフィエル。

 その意味と突然起こった事に、レイトは、

「え?」

 間の抜けた声しか出せなかった。


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