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竜が住むという洞窟

 竜が住むという洞窟は、エリオットの背丈を五倍以上の高さにした入り口だった。

 その洞窟周辺は常に出入りがあるのだろう。踏みならされた後というか……。

「靴の跡?」

 竜といえば、尖った蹄のついた足に大きな羽で描かれているのを良く見る。

 というよりもエリオットが知っている竜はそういった形だった。と、

「エリオット、まさか竜は大きな羽とか思っていないよね?」

 そうカミルが言うので、エリオットが聞き返す。

「違うのか? 昔襲ってきた竜を退治した事があるが、そんな姿だったぞ?」

「……どんな竜? というか言葉を話していた?」

「いや、ただ言葉の羅列……音を発しながら、人間を食い散らかしている竜だから……」

「それはただの魔物だね。本物は、もっと知能が高くて魔力が強くて……人間でも気に入ってしまえば節操なく伴侶にする、愛に生きる生物なんだ。……あいつ等おかしいよ」

「カミル? おい、ソラ。……どうしてソラも顔を青くしているんだ?」

 エリオットのその問いかけに答えず、カミルとソラは何か嫌な事でも思い出してしまったかのようにがたがた震えた。

 この二人が怯えるほどの竜という存在にエリオットが興味を持ち始めると、そこで風が吹いた。

 突風というべき風が、空から打ちつけるように吹いて、そして大きな存在が三体地面に降り立った。

 風と砂埃が収まって見上げると、そこにはエリオットの知っている竜よりもそして遥かに凛とした姿で、その瞳には深い英知が見て取れる。

 その竜が首をもたげるようにエリオット達を見て、小さく咆哮した。

 それが呪文だったと気付き、とっさにエリオットが防御を取ろうとする。

 再び砂煙が巻き上がり、視界が薄い茶色で満たされる。

 それに警戒するエリオットだが、その砂煙からぬっと手がエリオットに伸びて、それをエリオットはとっさに振り払った。

「痛いな。まったく酷い事をする……」

 そんなどこか笑いを含んだ声がする。

 砂煙が目の前から薄れるに連れて相手の姿が見えるようになる。

 そこにいたのは、三人の赤い瞳をした魔族だった。

 おそらく彼らは先ほどの竜が変化したものだろう。

 気配が同じで、けれど纏う衣は何処か気品がある。

 そして見目麗しいのは魔王ディアも含めてそうだが、この静かな深い知性を感じさせる威圧感はなんだろうとエリオットは思う。

 そして、とっさの事に手加減をあまり出来ずに振り払ったエリオットの攻撃をいとも容易に振り払った目の前の彼。

 強い。

 エリオットがそう警戒を強めると、そこで後ろでひいっ、と悲鳴が聞こえた。

 エリオットが振り返ると、ソラとカミルがお互い手を合わせてがたがた震えていた。

 そんな二人の様子に疑問を覚えてエリオットが声をかけようとすると、

「おや、そこにいるのは……あの時の人間達、確か、カミルとソラだったかな?」

 そう、竜の魔族の一人がカミル達に声をかけた。

 なにやら知り合いらしいとエリオットが思っていると、カミルが顔を蒼白にして震える声で、

「ぼ、僕達を食べても美味しくないです……」

 ぎょっとするような言葉を言うカミルにエリオットが何か言おうとすると、今度は別の竜の魔族が、

「いや、とても美味しかったよ。君達へのキスも、そして滑らかな肌もね」

「ひ、ひいいい」

「本当にあの時、なぜ最後までしてしまわなかったのかと後悔しているよ。僕も含めて彼も、君達の事が忘れられなくてね……けれど人の領域に手出しできない僕達は、何も出来なかった。そう、愛する君達を探す事すらできなかったんだ」

「あ、う……というか、アレに関しては怒っていないのですか?」

「ああ。竜族の隠れ里の書庫から、本を盗み出した事かい?」

 何やっているんだとエリオットは思うも、竜の魔族である彼は、

「君達を捕まえたから、問題ないと判断したんだ。そして、竜の隠れ里に侵入してくるような勇猛果敢で無謀な人間はどんな奴だろうと見に行って……僕達は君達に恋に落ちたんだ」

 カミル達はガクガク震えている。

 そんなカミルに向かって一人の竜の魔族が近づいていって、カミルに手を伸ばそうとするとソラがカミルを隠すように抱きしめた。

「……カミルは渡さない」

「……君の相手は彼だよ。彼は君に、随分と熱を上げているようだからね」

「……カミルは渡さない」

 そう、もう一人の竜の魔族を指差すも、ソラはカミルを抱きしめて、カミルを狙っているその竜を睨みつけた。

 そんなソラの様子に、竜の魔族は嘆息してお互いの顔を見合わせて、それからカミルに懸想する竜は冷たい目でソラを見た。

「……竜は、気に入った者以外には容赦が無いぞ。そしてとても嫉妬深い」

「だからといって、カミルをみすみす渡せません」

「君はカミルの恋人ではないのだろう」

「ええ。ですがカミルは昔からの、俺の大切な幼馴染です」

「……色々と突っ込み所がある気がするが、まあいい。それで、フリード、お前はその少年が気に入ったのか?」

 そこで先ほどエリオットが攻撃を仕掛けた竜の魔族に、彼らは声をかける。

 それに、フリードと呼ばれた竜の魔族はにやりと笑い、

「ああ、この人間は気に入った。この生きの良さも、力も、そしてなにより美しい」

 そう言ってエリオットの目を見る。

 そこでエリオットは動けなくなった。

 何か魔法を使われたと思い、焦ってその魔法を壊そうと思うも、そこでエリオットは顎を捕まれる。

 そのまま、余裕のある笑みを浮かべたフリードの綺麗な顔が近づいてきて、エリオットの唇に自身の唇を重ねようとした。

 その予想外の行為に、エリオットは思考が停止してしまい動けない。

 そんなエリオットの様子に更に笑みを深くしながらフリードがエリオットにキスをしようとして……そこでフリードの中に声が振ってくる。

『許さない』

 その声に、身も凍るような怒気が含まれていて、フリードはぞっとしてエリオットから離れた。

 そして、引きつったように笑いながら、

「冗談ですよ。でも……君は随分と魔王ディア様に愛されているようだ」

「え?」

「とりあえずは中に入ってお話を」

 そう、フリードはエリオット達を招き入れたのだった。


 魔王城で魔王ディアは、ぼんやりとした瞳で窓の外を見た。

 そして、いつもならば考えられないような冷たい声音で、

「許さない」

 あれは私の獲物だと、魔王ディアは呟いたのだった。

次回更新は未定ですがよろしくお願いします。

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