力を過小評価
朝起きて、エリオットは何故ディアがいないのだろうと思った。
そしてそれがすぐに当たり前だと気づいて、ベットがやけに広く感じる。
一度一緒に眠った、ただそれだけなのに酷く寂しい気持ちになる。
そこで、エリオットは背伸びをして起き上がり、昨日の最後にディアが見せた不安そうな怯えるような……憎しみのような瞳を思い出して、何故だろうと思う。
同時にその表情を見ていると、酷く許せなくて、そのまま全てを奪い去ってしまいたい衝動に感じる。
この熱くてどろどろした感情は一体なんだろう。
経験の無い、執着して、息も詰まるほどの渇きをエリオットは覚える。
「ディア……そういえば、魔法を見せたあたりでも少し様子が変だったよな」
確か魔法を使った後、魔王ディアは額に汗をにじませていた。
顔はいつも通り微笑んではいたが。
……つまり。
「……俺の力を過小評価していたって事か。なるほど、剣だけなら勝てると踏んでいたのか。だから俺をお嫁さんにすると言っていたわけだ。そして魔法を追加されると、不安を感じたという……なるほど」
それはつまり、エリオットに魔王ディアは倒せる可能性があるわけで、それがディアには悔しかったという……。
そう思うと、エリオットはディアがやけに可愛くて小憎らしく感じられる。
今度会った時はたっぷりとねっとりとキスをしてやろうと決めて、支度をし、カミル達の部屋に朝食を誘いに向かったのだった。
「『魔王ディアは逃げていた。けれど追ってくる相手の足取りは一向に諦める気配はなく、それでも魔王ディアは力の限り逃げていた。だがやがて追いつかれ、魔王ディアの細く白いてが追う男につかまれる。放してと魔王ディアは涙ながらに懇願するも、その男は薄く笑うのみ。そしてその男は魔王ディアをベットに引きずり込んで……』うーん、もうちょっとこう、情緒的にした方が良いかな」
そうぶつぶつと呟くカミルの背後にエリオットはそっと近づいて、何を書いているのか覗く。と、
「は! 殺気!」
そうくるっと振り向くと、そこにはエリオットがいてカミルはほっとしたように息を吐いた。
「……何だ、エリオットか」
「……ディアを元に何を書いているんだ?」
「子供が見ちゃいけない本」
「……俺のディアを汚さないでくれ。脳内でも嫌だ」
「……エリオット、本当に魔王ディアが好きなんだね。むしろ好きな相手のそういう本とかみたいと思わないの?」
「……なんだか、あの人は俺の中で神聖な感じがするんだ。愛おしくて。でも……時々このまま奪って、連れ去って、自分だけのものにしてしまいたい感情に囚われて……そんな事を考えてしまう自分が嫌だし許せないのに、不安で仕方がないんだ」
ずっと傍にいていて欲しい、魔王ディアに会う度にその想いは募っていく。
熱に浮かされて、魔王ディア以外に何も目に入らないのだ。
そんな、魔王ディアに恋をして夢中になっているエリオットにカミルは、
「だったら今度ディアが来た時に、暫く抱きしめさせてもらえばいい」
「いつもやっているけれど……」
「もっとこう、ぎゅうっと……おーい、ソラ、ちょっと来て」
傍で丁度着替え終わって黙っているソラにカミルは、手招きして、
「こう、ぎゅうってするんだ」
抱きつくカミルに、ソラは優しげな微笑を浮かべながら抱きしめ返す。
その姿は何処からどう見ても、恋人同士にしか見えないが……。
「分った? エリオット」
「うん。分った」
「よし。それでどうする? もう少し僕はソラに抱きついていた方がいい?」
「そうだな。俺ももう少しカミルを感じていたいな」
「昔からソラは僕を抱きしめるのが好きだよね」
「そうなんだよな、カミルを抱きしめると幸せな気持ちになって落ち着くんだよな……」
その会話を聞いていてエリオットは、幼馴染というあまりにも近すぎる関係で、恋愛感情を通り越しているのではないかという……いわゆる熟年夫婦状態なのではないかと思った。
けれど賢いエリオットはそれを口には出さず、
「……朝食をどうしようか」
そう、彼らに問いかけたのだった。
朝食を摂り、次の場所に移動する。
そこは、町と町の間の山の中の洞穴であるらしかった。
途中まで乗合馬車に乗り、下ろしてもらうと、
「やめたほうが良いよ。あそこには竜が住み着いているから」
そう親切にも馬車のおじちゃんが教えてくれた。
けれど、多分その竜が次の対戦相手なのだろうとエリオットは思う。
そんなわけで獣道のような細い道を歩いていく。
「今度空を飛ぶ魔法を覚えておくか」
そのエリオットの独白に、カミルとソラもげそっとした表情で頷く。
彼らがその洞穴にたどり着いたのは、それから十分程度後の事だった。
次回更新は未定ですがよろしくお願いします。




