ぷろろ~ぐ
魔王(男)は何で勇者が来ないのだろうと思った。
「おかしい、おかしいぞ……そう思わないか、レイト」
レイトと呼ばれた高位魔族――耳が尖っていて、魔力が強く、瞳の色が赤い色をしている者達を高位魔族と呼んでいる――は、書類から顔を上げて、嘆息したように魔王を見た。
「ディア……じゃなくて、魔王様。それは何もしないから当然でしょう」
「うぐ、言い返せない」
そう東の魔王(男)、本名ディア・レスト・ダークロードは、部下の五傑と呼ばれる一人、“緑の人”(男)を悔しそうに見る。
少し神経質そうな名前どおり緑色の髪をして眼鏡をかけた彼はそんな魔王に、心の内では嘆息する魔王様可愛いといった気持ちでありながら、変わらない態度で
「以前は魔王が復活したら、速攻で攻撃用勇者が来たものなのにな……」
「どれだけ前の話ですか……。うちの魔王様方は、もともと温厚な方でしたからね。初代の方がめちゃくちゃ人間に恨みを持っていたから、凄かっただけですし後はまあ、なあなあですしね」
「それどころか勇者と結ばれる者も一杯いたからな」
「……だから来なくて良いんじゃないですか」
そうポツリと呟く“緑の人”、レイト。
そんなレイトの言葉に、魔王ディアは嬉しそうに笑って、
「流石、幼馴染。私の事を心配してくれているのだな! 変な奴が来ないように!」
「……そうですね。所で、どうして急にそんな事を言い出したのですか?」
「ん? ああ、西の魔王に勇者が派遣されていると聞いた。ついでに西の魔王に世界をやるから結婚してくれと言われた。私も男であいつも男なのに何を言っているんだか」
そう嘆息する魔王ディアに、“緑の人”レイトはまたあいつがちょっかいをかけているのかと嘆息しながら、
「……魔王様、同性婚、出産は魔法を使えば簡単に出来るようになっているのですよ?」
「ええ! だが、“赤の人”ブラッドが私に貸してくれたものは全部男女物ばかり……」
それを聞いた“緑の人”レイトは当然だと思う。
もともとこの魔王ディアと幼馴染である五傑は結託して、ある計画を立てていたのだ。
「そういった話が好みなのでしょう、“赤の人”ブラッドは」
「そうなのか……考えもしなかった。やはり頼れる部下がいるのは良い。ありがとう、レイト」
「いえいえ……では、私は仕事がありますので」
「そうか、邪魔して悪かったな。だが、いつまで経っても玉座に座っているのが仕事だといわれて何もさせてもらえないのは辛いな」
「……それが魔王の仕事なのです」
「そうなのか……それならば仕方がない」
すごすごと引き下がる魔王に、レイトはほっと胸をなでおろす。
今のところ計画は順調に進んでいるかのように見える。
部屋を出て行く後姿を見送りながら、レイトは再度嘆息する。
「やはり最近特にお年頃なのか特に美しく可愛らしくて困る。お陰で西の魔王の野郎も手を出してきやがって……ディア」
そう小さく呟いて、レイトは先ほどの魔王ディアの姿を思い浮かべる。
長い艶やかで煌く黒髪に、宝石のような赤い双眸。
白い肌は触れてしまいたくなる位に滑らかで、その微笑みは花のようだった。
こういった書類関係の仕事が“緑の人”レイトの分担なため、魔王城に居る事が多く、その分魔王ディアと会う時間は多い。
だがその分、綺麗な魔王ディアと会って話す時間が多いのである。
つまり生殺し状態にされているようなものなのだ。
しかも当の魔王ディアは、信頼しているかのように明るい表情で……。
「そういえば最近他の奴らもディアを避けていたな……。あいつらも耐え切れないか。一度話し合いをした方が良さそうだな……」
そう、レイトは呟いて書類に目をやったのだった。
魔王ディアは廊下を歩きながら考えていた。
「確かに西の魔王は攻撃的だから、勇者が派遣されたらしいが、一応私の方にも派遣されるはずの勇者がいると、この前こっそり人の国の王が言っているのを遠見の魔法で見ていたのだが……」
やはりどうでも良い魔王なので、放っておかれているのだろうか。
そう思うと、魔王としてはこう、悲しいものがある。
かといって人間達を攻撃するというのも、それでは本末転倒のような気がする。
というか、勇者とはどんな生き物なのだろう。
「折角だし暇だから、私も会いに行ってみるか」
そう魔王は背伸びをして、転移の魔法を使う。
これが魔王、勇者が恋に落ちる、ほんの少し前の出来事だった。
次回更新は未定ですがよろしくお願いします。