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「あたしもだ。もしかしたら気が合うのかも……」

「カリンと言うそうじゃな。直角族の娘よ」

「えっと、ヴォルクス……様?」

「ジジイで結構じゃ。森の外のもんにも様で呼ばれたらこそばゆいわい」


 村の治療小屋の前で所在なさげにそわそわと立っていたカリン。

 そのカリンにヴォルクスが声をかける。


「毎日来とったのか?」

「うん。いても立っても居られなくてさ。もしかしたらすぐに回復するかもって思ったら……、ライガさんには早いうちに一言言いたい事があるから」

「そうか」


 木陰に生えるコシカケシイタケにヴォルクスは座る。

 カリンはヴォルクスの方をちらりと一度見るも、また小屋の方に向き直りソワソワとしだす。

 二人にしばらく会話も無く時だけが流れていると、小屋の扉がバンっと勢いよく開いた。


「ふぅぅ。術式完了。太陽が黄色いにゃー」


 パルは太陽に手を翳し細い目を眩しげに一層細める。

 パルが出てきた後ろからぞろぞろとライガの治療にあたっていたものが出てくる。

 最後に脇を抱えられたドライが引きずられてくる。


「パルさんっ! ライガさんはっ?」

「もう大丈夫、今ようやく寝たとこですにゃー。寝顔を見に行くくらいなら大丈夫にゃー」

「あっ、ありがとうっ」


 カリンはパルらに軽く礼を言いつつ、一目散に小屋の中へとはいっていった。


「ご苦労だったな、皆のもの。大変だったじゃろう」

「あっ! これはこれはヴォルクス様」


 ヴォルクスはゆっくり腰を上げ、労いの言葉をかける。

 青狼族のものたちはへたれたドライを横に転がし姿勢を正す。

 パルも軽く顔を横に振った。


「ミー達は順番に休憩もできたからまだいいにゃー。一番大変だったのはライガちんにゃー。秘薬のせいでくっつけても勝手に収縮してぶちぶち切れる筋肉が厄介だったからにゃー。秘薬を抜くために解毒剤を飲んでもらわなきゃならないから薬で寝てもらうこともできないしにゃー」

「治しては断ち切れ、治しては断ち切れの繰り返しか。想像を絶するじゃろうな。解毒を優先させると一人で挽き肉になってしまいそうじゃしな……」

「地獄みたいな痛みだったと思うにゃー」

「秘薬を飲んで戦ったあとに、苦痛に顔を歪めて死んでしまった話は珍しくないしのう。ワシと立ち会った者でそうなったものも少なくなかった」

「苦痛を伸ばすくらいなら……、って処置を止めるようと思ったくらいですかにゃー」

「じゃが止めなかった」

「手を止めようとしたところにミーの手をつかんで来たにゃー。……ほぼ死人のような体なのにさすがにギョッとしたにゃー。だけど、何故だか明確に生きる意思を感じたにゃー」

「それほどの理由があったんじゃろう事はなんとなく分かっていた。わざわざ己にとって利のない薬と知った上で飲み、なおも命を賭してワシの域まで肉薄してきたんじゃし。……腰が抜けるほどの魔力を使ってヴォルクス式峰打ちまで披露したんじゃ、死んでもらっては甲斐がない」


 ヴォルクスは髭を撫でて笑う。

 ライガには秘薬による四肢の筋肉断絶、剣および幻想剣による裂傷。それとは別に貫通したような形跡のある傷痕がうっすらとあった。

 あれはそう言う事か。

 パルは大きく肩をすくめた。


「……攻撃しながら治療をしたっていうのですかにゃー」

「ふぉっふぉっふぉ。……それにしても、うちの孫はなぜそこでへたれておるんじゃ?」


 ヴォルクスは転がされてるドライを一瞥する。


「魔力切れですにゃー」

「おや? 十分なアブラナタブラはあったはずじゃが」


 ヴォルクスは首をかしげる。


「に……、肉が食べたい。葉っぱはもういやだ……」


 ドライがうなされるようにぼやく。


「数日間ぶっ続けの治療でしばらくアブラナタブラしか口にしてないからにゃー。気持はわからんでもありませんにゃー」

「はぁー……、決めるところで決めん奴じゃのう」


 ヴォルクスは額に手をやり大きくため息をついた。


 ◇◆◇


 カリンがライガの治療されていた部屋に入ると、治療を終え眠っているライガが居た。

 カリンはそっとライガに歩み寄り、近くに腰をかがめて座る。


「……ライガさん」


 カリンはライガの額に一瞬手を伸ばす。

 しかし、その手がライガの額を触れることなく。寸前でぎゅっと握り締め手を引く。


「こんなに近い……。だけど遠い」


 カリンはライガの顔を見て一瞬だけ頬をほころばす。

 しかし、すぐに眉を少し顰めて哀しげに視線を落とす。


「ライガさんにね、一言だけ言いたい事があるんだ」


 カリンはそう言った後に言い溜める。

 ライガは目をつむったまま胸を上下させる。

 静かな部屋に息遣いだけが微かに聞こえていた。


「小さい頃にライガさんと出会って……、ライガさんに憧れて……、ライガさんを目指して……、ライガさんの……」


 一つ一つゆっくり言の葉を連ねる。

 最後の何かを言いかけたところでカリンは唇を一度かんで噤む。


「思い返せば、迷惑……、かけてばっかりだったさね。実力も釣り合わないのに、無理言ってライガさんに着いて行かせてもらって。ライガさんに助けられてばっかりだったのに、勝手に相棒になった気になって思いあがってさ。結局、ライガさんの夢を汚す事になっちゃった」


 カリンの頬に一筋涙が走る。


「ごめん。もう、ライガさんに迷惑かけれないね。……本当は起きてる時に言わなきゃいけないのに、アタシは本当にずるいね」


 カリンは声を詰まらせながら、涙をグイッと乱暴にぬぐい顔を上げる。


「もう行くね。じゃ――」


 カリンが腰を上げようとした時、ふと腕を掴まれる感触がした。

 見れば、ライガが腕を握っていた。


「……一言は終わりか? なら今度はこちらの番だ」

「…………」


 カリンは一瞬目を丸くしてライガを見る。

 ライガは片目だけをうっすらと開けてカリンを見ていた。

 カリンは胸の奥がうずいた。だが、すぐに目をそらし顔を俯ける。


「聞いてはくれぬか? ならこの腕を振りほどくと良い。今なら容易かろう」


 ライガの言うとおり、ライガの握る腕に力は全くと言っていいほどこもっていない。

 だがカリンには、万全の力で握るライガの腕を振りほどくより今の方が困難に思えた。

 カリンは顔をそむけたまま居ずまいを直す。


「ここ数日、地獄の釜でずっと茹でられているような気分だった。くっつけられてはプチプチプチと音をならして切れる肉。意志に従わず勝手に収縮する筋肉は骨をきしませる。あまりの痛撃に気を失いそうになってはパルに叩き起こされ解毒のためだと煎じた薬草を溺れるほどに飲まされる」


 ライガから聞かされる言葉は、カリンには体験した事も想像した事すらもないような状況。

 カリンは自然と両の目から溢れるほどの涙をこぼす。


「そんな中で何度も何度も思考がどうどうめぐりするのだ。どうしてこうなっているのか――、と。そして、それは何度も同じ回答に帰結する。そうだ、カリンに一言言いたい事があるのだ。と」


 ライガは一度ふうっと息を吐いて目を閉じる。

 カリンもぎゅっと目を閉じる。

 どんな言葉を浴びせられるのだろう?

 罵られるのだろうか? 恨み事だろうか?

 しかし、それだけ迷惑をかけている。

 何を言われたとしても仕方がない。

 そう覚悟してライガの言葉を待った。

 しばしの時が流れる。

 トクトクトクと、時のたつほどにカリンの心の音は早鐘を打つ。

 耐え切れなくなってカリンはうす目を開けてライガを見る。

 ライガの顔が少し赤くなった。

 怪我による熱が出てきたのだろうか?

 そう思った時、ライガが口を開く。


「……そばに、……居てくれ。……ずっと」


 それは小さな小さな声で言った一言だった。

 だが、カリンに届けるには十分だった。


「え……、でも……」


 カリンは信じられない。と言ったように戸惑いの目をライガに向ける。

 ライガは片目だけをうっすら開けて、カリンをちらっと見る。


「二度は……、言わんからな……」


 そう言うと目をそむけた。

 見れば直角族の肌よりもよっぽど真っ赤な顔をしたライガが居た。


「はいさっ、もう絶対離れないさね」


 カリンはライガの手を握り返しそう返事をする。

 ライガはカリンの方をちらっと見てまた顔をそむけると、いびきをかいて眠りだした。


 ◇◆◇


「世話になったな」


 ライガさんとカリンさんがウルブ村から出発すると聞いて僕達は見送りに来ていた。


「ん? んなのはかまわねぇよ。それより具合はいいのか?」

「西魔術の出力はまだ少し安定しないうえに、ひどく疲れることがある。腕力は現状二割減ってところか……」

「それもそのうちもどるだろう。まっ、なんにせよ生きてて良かったぜ。連日連夜ぶっ続けで処置しなきゃならねぇくらいだったんだ。ドライはしばらくはアブラナタブラを見たくもないそうだ」


 父さんが軽く肩をすくめる。

 ライガさんも同じような動作をすると、クックックと苦笑いをした。


「あたしもだ。もしかしたら気が合うのかも……」


 なぜか突然ハッ! と息をのむと何かに気付いた顔をしてぼそっと呟く姉ちゃん。

 姉ちゃんのはただの野菜嫌いでしょ……

 僕は心の中で呟いた。


「シザーはどうなった?」

「シザー一党は森外追放になった。獣人の森にあるすべての村の門をくぐることができなくなるな」

「そうか……」


 ライガさんはほんの少し顔を上げて空を見る。

 ライガさんは背が高くて僕からはどんな表情をしているのかは見えなかった。


「まぁ、ライガさんは冒険者を続ける限りは森の外も行くから会うかも知れねぇなぁ。……それよりこれからどうするんだ?」

「えへ、えへへへへ」


 父さんがライガさんにたずねると、突然カリンさんが顔をゆるゆるに緩ませて笑いだす。

 あまりに不信だ……


「どっ……、どうしたの? カリンさん」


 思わず僕からたずねてみる。

 カリンさんは僕の方に顔を向ける。


「えへへへへ」


 ダメだ。話にならない。

 一体どうしたと言うんだろう。


「カリンを一度縞虎の村に連れていこうと思う。それからフウリン殿に会いに行く」


 謎が深まるばかりだと思っていたら、ライガさんが口を開いた。


「あら? あらあらあら、まぁまぁまぁ」

「へへっ、そりゃいいや」


 父さんと母さんが顔を合わせてからニコニコと笑いだす。


「おーい、リック。冒険者同士が喧嘩おっぱじめやがった。ちょっと来てくれっ!」


 村の人が遠くから父さんを呼ぶ声がしてきた。

 父さんはうーんと唸りながら耳の後ろをポリポリと掻く。


「んー、こんな時くらいちょっとは大人しくしくれってのに……、悪いライガさん。またなっ!」

「おう」


 ライガさんが返事をすると、父さんは軽く手を上げて呼ばれた方へと駆けていった。


「フウリンさんって?」


 姉ちゃんがライガさんにちょこんと小首をかしげてたずねる。


「アタシの母ちゃんさ」

「……お互いの親に会いに行く」


 代わりにカリンさんが答える。

 すると、一瞬何かを考えるように、姉ちゃんは顎に手を当てながら上を向く。


「……って事は、結婚するのねっ!」


 姉ちゃんが答えを出すと、ぱちぱちと手を叩く。

 ライガさんは顔を真っ赤にさせてちょっと目を泳がす。


「あ……、あ――。そ、それよりチハヤは挑まないのか?」

「なんの事ですの?」


 ライガさんが少し上ずった声で母さんに問いかける。


「前から思ってはいたんだが、今回の事で確信した。秘薬を飲んだ我の西魔術を観客を守るために正面から弾き返してまだ余裕のある力を持っているほどだ。チハヤは十分ヴォルクス翁に挑戦するほどの力があるように思える」

「買いかぶりですわ。それにヴォルクス様やライガさんほどの近接戦の技術は持ち合わせていませんし。それに……」

「それに?」

「私はどっちみち最強にはなれませんの。最強になったらリックに守ってもらえなくなってしまうでしょ? 私はリックの守りたいものを代わりに守れる程度の力があれば十分ですのよ? そしたらいざという時リックは私だけを守ってくれますから」

「……なるほどな」


 母さんが穏やかに笑って答えると、ライガさんは一度だけ頷いた。


「さて、そろそろ馬車が出る時間だ。行くぞ、カリン」

「はいさ。じゃあ、またね」


 ライガさんがくるりと向き直して、馬車の出る方へ向うとカリンさんも僕達に手を軽く振りながら少し遅れてライガさんへ着いて行った。

 僕と姉ちゃんは二人の後ろ姿に手を振って見送る。

 二人が去っていくと、少し暖かい風がふわっとまとまって吹いた。

 スイドウタンポポのタネがふわふわと空に浮かぶ。

 ああ、風月なんだぁって僕は何となくそう思った。


 ◇◆◇


 風月。風が最も良く吹く月。

 そこかしこに吹く風に乗り、多くの生き物を次の舞台へと移る。

 去りゆくものに別れを告げ、新しい出会いに歓迎のかぜの音を響かせる。

 そして今日もまた、旅に出るものが居たのだった。



ちまちまと続けていた作品、最後まで読んでいただきありがとうございました。

カイトとソーラの話は成長して森の外に出て行って旅する所まで考えていますが、先がとっても長い気がしますし、区切りが良いので一度ここで完結とします。

最後の方は視点変更ばっかりで読みづらかったかもしれません。ごめんなさいです。



当面はずっとほったらかしていた観察部の方を仕上げてみたいと今のところは考えています。


今度こちらの話を書くときは、もう少し成長したカイトとソーラの姿で再開できたらと思っています。


それでは、また。

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