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「ふんっ!」


 ヴォルクスは地面に向かってとっさに剣を投げる。

 剣は空中に光の帯を描きながら地面に突き刺ささる。

 ヴォルクスは腕を引くと、不自然な勢いで地面に急降下しライガの放つ巨大な氷の矢をかわす。


「それは一角馬の時のっ!」


 ヴォルクスの使った技は物を引き寄せる西魔術。

 それは、あの時は攻撃に使っていた技だった。

 しかし、今度はこのように使うとは……

 しかも、あの時は圧縮詠唱ですらなかったのにすぐに無詠唱が出来る事は考えにくい。

 と、いうことは開始前からしこんでいたという事だろう。

 長時間途切れることなく西魔術を繋ぐ事はそれなりの技量を要するものの、そう敷居の高いものでもない。

 だが、戦いの中。しかも、生死を分ける死闘の中で幾度となく要求されるシビアな判断の連続の中、一切途切れさせることなく西魔術を繋ぎ続ける事については難易度が一気に跳ね上がる。

 それを目の前の老人はいとも簡単にやってのけた。

 改めてこの達人は底が知れない。

 だが、それがタノシイ。

 ――いかん。薬に呑まれてはいけない。

 快楽のまま力を開放しては勝てない。

 ライガは一瞬頭を振った。


「ふう――」


 ヴォルクスが軽くため息を吐く。

 それと同時に、ライガの放った氷の矢は封魔石の結界に当たる。

 封魔石の色が真っ白に輝き光を放つ。


「なっ――」


 ライガが一瞬声を上げるも、それはすぐに別の声にかき消された。


「うわあああっ! 封魔石が飽和したっ!」

「逃げろォォォっ!」


 誰かが叫ぶと同時に、僅かに表面の削れた氷の矢が青い尾を引きながら外へと飛び出す。

 一変して混乱する客席。

 あれでリックは用意周到で、通常のライガの戦闘であればどれだけ長引いても、二回は耐えれるほど容量は用意しているはずでライガもそれは承知していた。

 それが秘薬を服用したとはいえ、このわずかな間に飽和するとは――

 ある程度は減衰したものの、飛び出した巨大な氷の矢は客席の一辺を消し飛ばさせるには十分な威力。

 客席にまで被害が出ればただちに仕合どころではなくなってしまうだろう。

 ……終わってしまうのか。


きのえは打ち砕くきのとの槌】


 外に出た矢に式紙が飛んでいくと、衝撃波を放ち矢を数個の氷塊に分断する。

 しかし、それなりの大きさを保った氷塊はそのまま客席に降り注ごうとする。


【甲は守護する乙の城壁】


 さらにその氷塊が見えない壁に阻まれ霧散する。


「チハヤか――」


 式紙の飛んできた方を見ると、チハヤが六尾の尾を生やしながら法力開放をして佇んでいる姿が見て取れた。

 チハヤはライガの方を見てにっこりと返す。

 ありがたい。これで仕合は止まらない。


(まずいわ。……後二回。いや、一回で法力切れるかしら)


 チハヤは人知れず冷や汗を流す。

 内心そんな焦りをさせているとはつゆ知らず、ライガはほくそ笑む。

 防御に定評のある東法術とはいえ、今の己の力をたった一人で防ぎきるのは容易ではないのは長年の冒険者の経験から十分推測された。

 ああ、こんなところにも強者が――


「浮気か? ライガ。よそ見をするとはいい度胸じゃ」

「ぬぅ――!」


 ヴォルクスが間を詰めながら必殺の一撃を一瞬で二重三重に放ってくる。

 ライガは地面が爆発せんばかりに踏み込んで、土煙と共に避ける。

 忘れてはいけない。今、己は最強者を相手にしているのだと。

 そして何が何でも勝たねばならぬのだと。

 しかし、どうする?

 何倍もの攻撃力の差があるはずなのに、どれも無効化してしまうこの妖怪のような老人に通用するような攻撃は……

 いや、力で通用しないならば――


「ままよ! うおおおおおおっ!」


 ライガは再びヴォルクスとの間を詰めると、息を突く間もなく肉弾戦による猛連撃を繰り返す。

 ヴォルクスはそれらを全て捌く。


「また格闘か。しかし、数うちゃあたるもでもないぞ」


 かすりさえすれば、いくら鍛え上げた肉体でもそこが爆散せんばかりの攻撃。

 それは踏み込むライガの足場が事ごとく地形を変えて行っている事で伺える。

 しかし、ヴォルクスは顔色一つ変えないどころか、着実に反撃を重ねる。

 幾重の反撃にライガの身体で血に染まっていないところの方が少なくなっていく。

 それでもなおライガの攻撃は止まらない。


「秘薬のせいか冷静さを欠いておるのか? それ以上は、ワシが手を下すまでもなく自殺行為じゃぞ?」


 ヴォルクスがそう告げた時だった。

 ブチブチブチと肉がヴォルクスの剣によるものでなく、おのずと断ち切れる音があがる。

 

「――――ッ!」


 ブチブチ、ブチブチブチ。

 さらに連鎖するように肉が断ち切れる。

 ライガは体験した事のない痛みに悲鳴を上げて転げ回りたいほどだ。


「言わんこっちゃない」


 ヴォルクスは少し落胆したようにそう言う。

 だが――


「これを待っていたのです――」

「なにっ!」


 断ち切れた肉は著しくライガの筋力を減少させる。

 そして今この瞬間、その力は秘薬を服用する以前のものと同等になった。

 ヴォルクスの位置は、誘いどおりの間合い。

 それはライガにとって必勝であり、必死であろう。

 これで全てが終わる。

 この勝負も――

 そして己も――

 ライガの放とうとする攻撃は、空間を制圧するかのような攻撃。

 一撃一撃に二手三手の意味を持たせる巧みの攻撃。

 それはヴォルクスの技に似る。

 ライガは全ての“技”を乗せた攻撃をヴォルクスに浴びせようとした。

 その瞬間――


「カリンっ!」


 目の端にわずかに映る、カリンの姿。一緒に居るのは青狼族の若者とソーラとカイト。

 どういう状況か? 一瞬理解に苦しんだものの、カリンが窮地を脱している事を把握させるには十分だった。


「がはっ――」


 ほんのわずかの隙だった。

 しかし、目の前の最強者にみせるにはあまりにも大きすぎる隙だった。

 ヴォルクスの剣がライガの腹を貫く。

 ライガはそのまま膝をついて地に伏せた。


「勝負ありっ! 勝者、ヴォルクスっ!」


“うおおおおおおおお”


 客席から割れんばかりの歓声があがる。


「おいっ! 担架だ、担架をすぐ出せっ」

「おっ、重いっ!」


 ギルドの者に運ばれるライガを、ヴォルクスは一瞥する。


「最後の攻撃はまさしく技によるもの。獅子族の秘薬を飲んでなお技のある攻撃を出せるとはな……」


 客席とは真逆にヴォルクスの顔は浮かない。


「最後の最後で勝ちを拾ったようじゃな……。なにやら憂いを絶てたところで出来た隙をついたようじゃったが。許せ、まだお前は死んではならぬのじゃから――」


 ヴォルクスは大きく息を吸うと、全てを吐きだすようなため息を一つ吐く仰向けに寝転がる。


「しっかしずっこいのう。馬鹿でかい魔力に、冗談みたいな腕力、それに技までしっかりあるなんてのう。ワシ、同世代じゃなくてラッキーじゃったな。フォッフォッフォ」


 天を仰ぎながらヴォルクスは髭を撫でなでる。


「あっ! ヴォルクスのジジイも倒れたぞっ! 担架だっ!」

「いや、大往生だっ!」

「ああ――、このたびはこのたびは」


 ヴォルクスの様子を見て、客席がざわざわとどよめくと好き勝手な事を言い出す。


「い、生きとるわいっ!」


 ヴォルクスは拳を天に突き上げ抗議をする。

 それが大衆の目にはガッツポーズのように映ると、観客は一層湧いた。

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