ちがーうっ!
◇◆◇
(おいおい、なんでライガさんがあんなの使ってるんだよ……)
嫌な予感がする……
リックは人込みを縫ってチハヤの所へと駆ける。
遠目からしか見ていなかったが、ライガが獅子族の秘薬を口にした時一瞬リックは我が目を疑った。
あの薬が、己の力を強くする事は獣人の間でも広く知られている。
だが、あの薬を使うと真にどうなるかはライガが良く語ってくれていた。
今が使うべきところではないのは明らかだった。
「チハヤっ! って、ドライも居てたのか」
「ええ、見逃せない大一番ですからね。ぜひ、チハヤさんのそばで観戦しなければっ!」
そばである必要があるのだろうか?
ドライの言い分にリックは少し首をかしげるも気を取り直す。
「……まぁ、ちょうどいいか。ちょっと警邏に行ってくれ」
「ええっ! そんなっ! ど、どうしてこんな時にっ!」
「こんな時だからだっ! なんかあったらじっさまも気に病むだろ? ……それに、なにかがある気がするんだ」
「そういう性格してないと思いますけど……。まぁ、リックさんがそう言うならわかりましたよ」
ドライは大きくため息をひとつはくと、とぼとぼと肩を落として人込みを分けて出ていく。
「それとチハヤ」
「どうしたの? リック」
「パルは一緒じゃなかったか?」
「パルドレオさんなら、“あれは良くないお薬ですにゃー、席外しますにゃー”とか言ってどこかに行ってしまったわよ」
「……そうか。そうだな、パルならそっちのがいいか」
リックはチハヤの答えに一人納得して頷く。
「リック、何かあったの?」
「……何もなかったらいいんだけどなぁ」
「ふぅん?」
人込みを縫ってまで駆けてきたリックの態度に得心がいかないと言ったようにチハヤは首をかしげる。
リックの予感はあくまで予感だ。何かが起こっている事が確定しているとは言い難かった。
「カイトはどうした?」
「それがね、お父さん。カイトったらまだ戻ってこないんだよ。大丈夫なんて言ってたけど、絶対どっかで迷子になってるんだから」
ソーラは少し頬を膨らませながらも、どこか落ちつかないようにソワソワとする。
「そっか。じゃあ俺も警邏がてらカイトを探すとするか」
「あたしも探すっ! 見つけてお説教なんだからっ!」
ソーラはそう言うと、腕を組んで鼻息を荒くする。
「そうね。じゃあ私も――」
「いや、チハヤはここに居ててくれ」
「あら? どうして?」
チハヤが問い返すと、リックはチハヤの頭の上で周りに聞こえないように小さく囁く。
「ライガさんの普段の魔力でも一人前の術師三人分以上はある。俺もそれを考えて封魔石を準備してたんだが、今の状況だとちょっと石が足らんかもしれねぇんだ」
「……つまり、封魔石って言うので作られた結界が破れてしまうかもしれないってことね?」
チハヤはそれに答えるように小声で返すと、リックはこくりと一度頷いた。
「何かあったら頼む」
「ええ、わかったわ。……さすがに、あまり自信はないけれど」
チハヤが少し困りながらも頷くのを確認すると、リックもソーラを連れてその場を後にした。
◇◆◇
「あーあ、リックさんときたら突然なんだからなぁ」
村の農地を歩きながらドライは独りごちっていた。
「この一大イベントを台無しにするような獣人の風上にも置けないやつはさすがに居ないと思うけどなぁ」
リックに突然警邏を申しつけられたものの、あまり必要に思えなかったドライは迷子になっているかもしれないカイトを探す事にしていた。
「しっかし、カイトも結構無軌道だなぁ。まっ、子供だしそんなもんか」
小耳にはさんだ目撃情報を頼りに足を向けた農地をぼちぼちと歩く。
すると、六角広場の方から大きな歓声が上がる。
「うわっ! はじまったか。気になるなぁ。でも、カイトにも見させてやりたいし、さっさと見つけてあげるか」
そう言いつつ駆け足になった時だった。
ある小屋の前に見慣れない人が居るのを見つけた。
◇◆◇
口も塞がれてごろんと転がる僕。さて、どうしよう。
東法術は式紙がないから法力解放しても意味がない。というかそもそも両手が後ろだから印が結べない。
結べてもまだ僕にできるのは自爆技みたいな、お守りの暴走くらいしかまだできないんだけどね。
それもあの獅子族のおじさんに破られて無くなったから東法術はダメ。
西魔術は両手を触れさせれたら珠作ってを混ぜる事が出来る。
火とかだしたらうまくいったら手を縛ってる縄とか焼き切れるかもしれない。
……でも、大惨事になるかもしれない。
それに口が塞がれたら詠唱れないか――
「こんにちは。こんなところで村に迷ってしまったんですか?」
「い、いやぁ。熱気にあてられて散策してたところでさぁ」
外で誰かと見張りの黒狸族の人が話す声が聞こえてきた……
この声はドライ先生だっ!
「そうなんですか。でも、これからが目玉だというのに」
「ええ良いんです、もう十分楽しんだんでさぁ」
ドライ先生の声が近づいてくる。
これはチャンスだっ!
ドライ先生に僕達が居る事を知らせないとっ!
「ん――、んん――っ!」
大声を上げようにも声にならない。
……そうだ。僕は口をふさがれてるんだった。
あっ! でも、カリンさんならっ!
そう思っていると、カリンさんが僕の方を振り向き目が合う。
「んんん――、んんんんん(カリンさん、声を出して)」
僕は何とかそう伝えると、カリンさんはうんと一度うなずいた。
よかった。通じた――
「わかってるさね……。これ以上他の人を巻き込めないさ……」
「んんんっ!」
ちがーうっ!
その人は巻き込んでいいのっ!
僕は必死に目で訴えかけるも、あきらめたようにカリンさんは地面に突っ伏してしまう。
……これじゃいけない。ここでなんとかドライ先生に気付いてもらえなかったら――
でも、どうする?
僕に何ができる?
考えろ――、考えろ――
そういえば、西魔術でも無詠唱だったり、詠唱を一言だけで済ませたりできるんだっけ。
西魔術はイメージが源泉。それを助けるために詠唱がある。
――だったらこの状況でも使えるかもしれない。
じゃあ何を使う? 火?
……火は恐いなぁ。かといって温風の西魔術じゃ何も伝わらない。
じゃあ水?
ひんやりしたり、べちょべちょになったり。……あんまりだね。
そうだっ! 光は?
壁に穴があったからこっちから光を出せば――
いや、僕の魔力はそんなに大きくないしそもそも外は明るくてわかりにくいかもしれない。
そもそも後ろ手であんな小さな穴を狙えるだろうか。
悩んでも仕方がない。やるしかない――
そう思ってみるも、いまいち気が進まない。
雷くらい強い光と大きな音が出せればなぁ――
……んん?
ふと、僕の脳裏にあるものが思い浮かんだ。
――これならいけるかもしれないっ!




