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秘薬3


「……じゃ、じゃあすぐにでも止めに行かなきゃいけないじゃないっ!」


 まさか、カリンさんがそんな理由で攫われていたなんて。


「ライガさんが死ぬなんてそんなのは絶対いやだ。そんなのダメだっ!」

「坊や――」

「ねぇ開けてっ! 出してっ! ねぇっ! ねぇってばっ!」


 僕は力の限り扉に向かって叫ぶ。


「うるせぇぞ坊主っ! もうちょっとの間だけだから黙ってろっ!」


 黒狸族の人が扉を開けると僕を思いっきり怒鳴る。


「黙ってなんかいられないよっ! ライガさん死んじゃうかもしれないんだよ? そんなのダメだよっ!」

「んなの俺の知ったこっちゃねぇっ! 親分がそうやるっつってるからそれでいいんだよっ!」

「僕にとっちゃ知った事なのっ! 早く紐をといてよっ!」

「あーっ! うるせぇっうるせっ! やっぱ口も塞ぐか」

「ちょっと――。ン――っ! ンッ――!」

「ったく、突然喚きだしやがって」


 あっという間に口を縛られてゴロンと転がされると、また黒狸族の人は出て行って扉を閉めた。

 ……なんて事だ。状況が悪化してしまった。


 ◇◆◇


「ライガさん。もうそろそろ出番となります」

「ああ、わかった」


 ウルブ村のギルドの娘は扉越しにそう告げた。

 ライガの秘薬の入った瓶を握る手に力が入る。


「こんなものを……」


 苦々しく呟く。

 今ここで瓶を叩き割るのは簡単だが――


「――ッ」


 ライガは額の傷跡に手をやる。

 額の傷がうずく。もう二十年余り前の傷だ。とっくに完治し痛みなどはとうに無いはずなのに。

 恐らくは、実父(シザー)と会った事での記憶が痛みをよみがえらせているのだろう。


 かつてのシザーは狩りよりも仕合で賞金を稼ぐ事を主とする闘士としてやっていた。遠い遠い微かな記憶では良く遊んでもらった事もあったような気がする。

 強く逞しく優しい父は、自慢でもあった。

 だが、ある日を境にシザーは仕合にまったく勝てなくなってきた。

 それからシザーは獅子族の秘薬に使う様になった。

 秘薬を使ったシザーは仕合に勝てるようになるも、翌日は全身の痛みに身悶えるようになる。

 しかし、秘薬を使った勝利はシザーに酔った。これを使えばこんなに簡単に勝てるのか、と。

 次第に鍛錬を怠り、シザーは秘薬に頼った戦いをするようになる。そして秘薬を服用する量も増やしていった。

 どんどんと増していく副作用。その痛みにだんだんと荒んでいくシザーの心。そして慢心。

 ついにシザーは秘薬を服用しても勝てなくなっていった。

 理由は簡単だった。鍛錬を怠り過ぎた事だ。

 シザーは薬師に薬の強度をもっと上げろと要求した。

 しかし、薬師は首を横に振る。

 これ以上はただの劇薬だと。

 それに勝つため苦痛を顧みず薬を使うのは構わない。だが、安易な勝利を薬で得る事を当然と思うようになってはお前はもう戦士ではない。

 こう言い放たれた。

 シザーは抗議した。薬の量を増やすたびに副作用は強くなっている。安易な勝利に逃げてはいないと。

 だが、薬師はこう返す。

 同クラスの戦士ならとっくに悶え死んでいただろう。向こう十年、薬を抜いて鍛えなおす事だな。

 ……シザーは返す言葉がなかったようだった。それは戦士として格段に弱くなっていることを意味した。

 それからシザーは荒れ出したように思える。酒と賭博に溺れ、粗暴なふるまいも増えて行った。

 しかし、ライガにとってはそれでも父親だった。だから、かまってもらいたくてじゃれついた。

 だが、ある時シザーに頭を叩き割られてしまう事となった。

 理由は賭博に負けたから……

 もう優しい父はいなかった。


「行くか……」


 ライガは一度目を閉じると、瓶を懐にしまい立ちあがった。


 ◇◆◇


「挑戦者、ライガ。舞台へ」


 舞台の上で仕切る係りの者の指示でライガは舞台へと向かう。


「ライガー、がんばれよー。俺は期待しているぞー」


 ライガへの声援があがる。それにライガは片手を軽く上げて答え、舞台へと上がった。


「当代最強、ヴォルクス。舞台へ」


 続けて係りの者の指示が入ると、ヴォルクスが六角広場に現れた。

 ヴォルクスッ! ヴォルクスッ! ヴォルクスッ!

 とたんに広場ではライガの時とはケタ違いのヴォルクスコールが鳴り響く。

 ヴォルクスは両腕を大きく広げながら悠然と歩いて舞台へと上がった。


「さすがの大人気ですな。翁よ」

「まぁ、ホーム中のホーム。ドホームじゃしな」


 舞台の上にヴォルクスとライガが立ち並ぶ。


「ライガ。なにやら浮かぬ顔をしているようじゃな?」

「ふむ……。そう見えますか?」

「……ふぉっふぉっ、適当に言ってみただけじゃ」


 ヴォルクスが髭を撫でながら笑う。


「ところで懐に何か仕込んでるようじゃが。ワシの知らん間に暗器使いにでもなったのか?」

「……別に隠すつもりはありませんでしたが。鋭い御仁だ」


 ヴォルクスの指摘にライガは懐から秘薬を取り出す。


「獅子族の秘薬……じゃと?」

「ご名答です。翁」


 ヴォルクスのどこか雲をつかむような調子から一変して眉をしかめる。

 ライガはほんの少し笑いながら目を伏せた。


「ライガがこの勝負でそれを使うというのは……、そういうつもりなんじゃな?」

「ええ……。ですが、それでも勝たねばならんのです」

「なるほど……。それは難儀なもんじゃな」


 ヴォルクスはため息をひとつつくと、観客の方をぐるりと視線を流す。


「では、失礼して――」


 ここまできたら迷いは無い。

 ライガは秘薬を呷る。


「ウ……、ググ……。ウォォォォォッ!」


 ライガが吠える。

 ライガが握り締めていた小瓶は握っているだけで砕け、そして散った。

 筋肉は盛り上がり、ライガは血の涙を流す。


「あれって、獅子族の秘薬じゃないのか?」

「あいつがあそこまでやるなんて――、ライガの方に賭けてりゃ良かったぁ」

「……でも、あいつがアレ使って大丈夫なのか?」


 観客の方が大きくどよめく。


「よしよし、ちゃんと飲みやがったな」

「そのようで」


 観客の中に紛れて居たシザーとその仲間と思わしき男がニタァッと笑っていた。


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