「いかーん」
◇◆◇
――じりじり焼けるような日差しが真上から注ぐ
その強い日差しも空を支える大きな枝は和らげてくれる
ただ喜樹はそこに佇み
だが根元にあるのは畳――
◇◆◇喜樹の佇む畳の広場◇◆◇
喜寿の良さそうな根の間に畳六畳を長方形に敷いたよ。畳の匂いがすごく良い香り。
僕も姉ちゃんも早速畳に寝転がりながら胸一杯に匂いを吸った。姉ちゃんは足をバタバタ、尻尾もバタバタさせる。
母さんが「こらっ、お行儀が悪いわよ」って叱るけど、母さんもきっとやりたいんだろうな。尻尾を微妙にピクピク動かしているもん。
ちなみに畳の上は靴を脱ぐのがマナーだよ。
「はうっ!」
そんな中でシイ様が突然声をあげた。
僕はなんだと思ってみると、シイ様は喜寿の方を見ていた。
「い、いかーんっ! すっかりタイミングを逃しておったっ! おお、エリンよ。すっかり待たせてしまっていたな。」
そう言いながらシイ様は喜寿の方に駆け寄った。っていうか飛んで行った。
その先にはシイ様よりもっとずっと小さい女の子がほっぺを膨らましながら居た。
妖精の子供かな?
そう思っているとシイ様はその子の手を引いてこっちに戻って来る。
「いや、びっくりするほど紹介が遅れてしまった。いやはや、最高のタイミングで紹介しようとしてたのに。こうなろうとは、わし自身びっくりよ」
シイ様はニシシと歯を見せて笑うけど、うつむきながら頭を掻く。
ばつがわるそうだ。
「うわー、うわー、かわいいーっ。かわいすぎるっ!」
姉ちゃんが自分の肩を抱いて身悶えする。
僕はそのまま全力で抱き締めに行くんじゃないかと一瞬ヒヤッとしたけどそれはなかった。
姉ちゃんに抱き締められたら本当に潰れてしまうだろう。僕が保証します。
それはそれとして。
「うわー、小さいなー」
僕も感想を漏らす。見た目は僕と同い年くらいに見える。大きさはシイ様の三分の一くらい。
本当に小さい。だからさっきみたいな心配をしたんだ。
小さな羽根をパタパタさせて、顔もシイ様がそのまま幼くなった感じでとってもかわいい。
「すまんな、エリン。待たせたな。」
「……。」フルフル
小さな小さな妖精さんはフルフル首を横に振る。
エリンちゃんって言うんだね。
「みなに紹介したい、この子はエリン。わしが二つもつ宝物のひとつじゃ。仲良うしてやっとくれ。
チハヤが自身の子供をわしにサプライズで紹介しようとしてた時に、わしも同じようなことを思っとったんじゃ。先手を取られてしまったがゆえに少々遅れてしもうたが――」
シイ様がそう言ってる途中に、エリンちゃんがシイ様の服の裾を引っ張って話を止めると、エリンちゃんはシイ様にコショコショと耳打ちする。
「ん? ……なんじゃエリン? 少々ではない? フフ、確かにの、すまんすまん」
シイ様は口元をゆるましながらエリンちゃんの頭を撫でる。エリンちゃんもニパッてなった。
「わー、かわいいっ! ね、エリンちゃんは何歳なの?」
「……。」アウアウ
姉ちゃんがエリンちゃんに話しかけたら、わたわたと少し困った顔をしてシイ様のほうを向いた。
なんか困るような質問だったかな?
はっ! こう見えて実は年を聞くのが失礼なくらいだったりしちゃうんだろうかっ?
「ああ、ソーラすまん。この子はまだ人の言葉はしゃべれん。じゃからわしが代わりに答えよう。
エリンはなまだ生まれて2週間じゃ」
「二週間?!」
姉ちゃんがおうむ返しする。僕も驚いた。まさか生まれて一年もたっていないなんて。
「じゃあ、赤ちゃんなの?」
「んー、まぁ赤ちゃんといっちゃあ赤ちゃんなんじゃがー。ちょっと違うかのぅ」
姉ちゃんの質問にシイ様も考え込みながら答える。
「へー……? エリンちゃんのお父さんはどんな人ですか?」
僕も思ったままに聞いてみることにした。
「いやぁ、なんと説明したらよいか。んー、この子に父というのはそのう……おらんのじゃよ。」
シイ様は歯切れを悪くしながら答えた。
うーん、なんだかよくわからないね?
そうすると母さんがポツリ。
「……まさかリック、……が?」
母さんがそう言うとまた法力のうねりが漏れ始める。
ねぇっ! 父さんがどうしたってのさっ?
そう思った瞬間、今度はシイ様の声がすぐに飛んできた。
「あほたれっ! 落ち着くんじゃチハヤっ! いいか、よくよくよっく考えろっ!
リックのことはお主が一番よく知っておるじゃろ? あやつが旅から帰ってきたときな、まずわしはこう思った。
こやつ、“体力のバケモンになっておる”っとの。
よく思い出せチハヤ、先程も言った通り。わしら純妖精っていうのは生き物としてはとてつもなく弱いと言ったじゃろう。
……良いか、仮にチハヤが考えとるようなことになったらと仮定しよう。
小さきこの身であのバケモンを受け止めるわけじゃ。
……チハヤは想像に難くはないじゃろう?
おそらく、わしは一晩で確実に殺されてしまうじゃろう……
な? チハヤ、冷静に考えてそうなればこの子がここにおるわけはないんじゃ」
シイ様が捲し立てる。母さんは我を取り戻すと、ほっぺたを染めながらシイ様にむかって三つ指をついた。
「さすがシイお姉さまですわ。リックのことは何でもお見通し」
「お? お姉さま? まぁ、別にかまわんがの」
突然の事にシイ様がちょっとたじろいだ。
「たしかに、リックは体力の化け物ですわね。
あの化け物っぷりといったら3回殺しても100回生き返るほどです。
お姉さまのご慧眼には感服するばかりですわっ!
このチハヤ自らの稚拙な愚考にただただ恥じらいを覚えまする」
「……そ、そうか。まぁわかってくれたら問題ないんじゃ」
母さんの畏まりっぷりにシイ様は苦笑いしてた。
二人の話の中身は僕にはよくわからなかった。姉ちゃんも同じようで僕と一緒に首をかしげた。大人の話は難しいね。
「ま、一応の紹介は終わったしみなでメシにせんか? 話はメシを食いながらでもできるしの」
「さんせー、あたしおなかぺっこぺこー」
姉ちゃんが大きく右手をあげる。
その様子に母さんはクスクスと笑った。
「あらあら、さっきまでカイトにおなかの虫を押しつけてた子とは思えないわね」
「えっ? あ、い、いまのはカイトの気持ちをあたしが言ってあげてたのっ! あたしは食いしん坊じゃないよ!」
まだ僕に押しつけようとするよ。ほんと意地っ張り。
「もう、ぼくが食いしん坊でいいよ。ぼくもおなかがぺこぺこだよー」
「ほ、ほらね!」
「まあ! 調子のいい子!」
もう僕のおなかも限界だから折れることにしたよ。お腹ぺこぺこの姉ちゃんに逆らってもいい事ないしね。
そうしながら僕たちがお弁当を広げる。
シイ様はというと、喜樹の中からビワを1個皿の上にもってきて、それを空中でさくさくっと見えない力で6等分に割ってエリンちゃんと分ける。
「えっ! それだけでいいの?!」
姉ちゃんが思わず尋ねた。姉ちゃんには考えられない量だよね。
「まぁ、わしらは体が小さいしの。あんまりたくさんものを食べることができんというか、必要がない。
基本省エネじゃ」
「へー、あたしなんかどれだけ食べてもおなか減るのになー」
「お主たちは育ち盛りじゃ、育ち盛りの人の子はそんなもんじゃとおもうよ。特にソーラなんかすごそうじゃの。よしよし、おぬしらにいいものをやろう。とっておきじゃぞ?」
そういうとシイ様はどこに隠してたのか、ささっと皿に乗せた果物を出した。
「わー、桃だっ! 良いにおいっ!」
「おいしそー!」
すごい甘いにおいが僕たちの鼻をくすぐる。あれはおいしい、絶対おいしい。
僕の目はぷりんとしたおいしそうな桃に釘付けになった。
「ふふん、妖精の祝福を受けた桃じゃ。ほっぺが落ちること間違いなしじゃよ~。
その弁当を食べた後に剥いて分けてやるからの。食べるがよい。
……あと落ちたほっぺはちゃんと持って帰れよ?」
「えっ、ほっぺ落ちちゃうのっ!」
姉ちゃんがとっさにほっぺを抑える。
うーん、ほっぺが落ちたらちょっと困るなぁ。
「さぁ、どうかのー? うまいんじゃがのー? ほっぺおちちゃうかものー?」
「え、う、えー。えー?」
姉ちゃんが悩む。あのにおいをかぐだけでどれだけ甘そうなのかが想像できる桃とほっぺの二択。
究極の二択だ。
「大丈夫よソーラ! 落ちたほっぺは三つ数える間にくっつければちゃんと元に戻るわよ!」
「そっか!」
そういうシステムだったのかぁ。また知識が一つ増えた。
エリンちゃんはマイペースに6分の1のビワを両手に持ってしゃくしゃくしゃくと一生懸命食べている。
うーん。かわいいな、ほんとう。
そう思いながらいただきますっとした。
弁当を食べはじめてからちょっとすると、シイ様はエリンちゃんの話を続けた。
「まぁ、エリンはな簡単に言うとわしの分身みたいなもんじゃ」
「「え? 分身?」」
僕と姉ちゃんが同時に返す。
「あぁ、そうじゃ。純妖精はな、妖精としての力が一定以上高まって余り出すと、その余剰分の力がじゃなフワーっと集まりだすのよ。
で、そのフワーっとして集まったのがこの子エリンじゃ」
シイ様は腕をいっぱいに広げてフワーっを表現する。
なるほどなるほど、フワーっかぁ。
「まぁ、じゃからかの。純妖精は他と交わることが極端に少ない、同じ樹妖精でもめったに交わらんよ」
交わるって結婚って意味かな? シイ様は父さんの結婚の申し込みにこの千年でこれほど心を震わせた事はないとか言っていたね。
あの話が終わった後の表情は、まだ僕には全部はわからない。
シイ様は宝物を二つと言っていた。一つはエリンちゃん。そしてもう一つはわからない……
けど、きっと。
「シイ様はやっぱり大事なんだね」
「っ! ……カイトはほんと聡い子じゃな。じゃがそれは、あやつは弟、おとーととしてじゃぞっ! もう誤解されてチハヤの暴風のように漏れだした法力を浴びとうない」
シイ様は顔をイヤイヤイヤと横に振った。
「え? カイトー、どういうこと?」
「いや、うーん。よく考えるとぼくもわからないや」
考えるほどやっぱりよくわからない。
それに答えをきちんと当ててみたところで仕方がないのかもしれない。
「そんな事よりソーラ。お主もう弁当食い終わったのかっ!」
「うんっ! 桃の匂いがそうさせたの」
「いや、姉ちゃんいつも早食いだよ」
「――カイト?」
姉ちゃんがニコッとしながら中指を親指に引っ掛けながら僕のおでこに手をやる。
「あいたっ!」
「失礼ねっ。桃のせいよっ!」
姉ちゃんのデコピンが炸裂する。
桃のせいにしたら何か変わるんだろうか。桃もきっと迷惑にちがいない。
「ニシシ、しょうがない桃じゃな。こんな桃は皮を剥いてしまうがええな」
シイ様はそう言うと人差し指に桃をのせてくるくる回すと皮が勝手にツルツル剥けだした。
「カイトと仲良う半分にな」
剥けた桃がお皿の上にゆっくり降りていくと、お皿に乗った瞬間コロンと四つに割れた。
すごいなぁ。妖精だけの術なのかな?
金物屋さんいらないね。
僕はそんな事を思ってたら、姉ちゃんはひょいぱくってすぐに桃を口にいれた。
「っ! んーっ!」
姉ちゃんがほっぺたに手をあてて高い声で唸る。
ほっぺ痛いの?
「ニシシ、ほれカイト。ソーラは美味さのあまりにほっぺが落ちそうになったから抑えとるの」
なるほど、最初からほっぺが落ちないようにおさえてるんだね。姉ちゃん考えたなぁ。
感心しながら僕も桃を口にいれた。
おいしいーっ! 僕もほっぺたをおさえた。
あっ、これ勝手に手がほっぺにいくんだね。そう思いながらほっぺがおちそうの意味を一人納得した。
◇◆◇喜樹のある広場◇◆◇
喜樹とチハヤが少し離れて向かい合う。シイ様が母さんと喜樹の間に向かい合いって一直線に並んだ。
僕たちもいくらか離れて見守る。
「今から始めるからの、そのうちお主らもやるかもしれん。ちゃんと見とれよ。あと、しゃべったり動いたりしたら場が乱れてわしの仕事が無駄に増えるからの。まぁ、そんなに長くはないからしばし大人しく静かにジッとしとるんじゃぞ」
「「はい! わかりました!」」
僕たちはびしっと気をつけをする。これからやる儀式は東法術士にとってすっごく大事な事だからちゃんとみてなきゃならないんだ。
なんだかエリンちゃんも気合いが入っている。
「よしよし、……では、チハヤ。いつでも良いぞ。」
「はい、……いきます」
母さんはスーッと息を吐き出し意識を集中している。
それからそっと呟く。
「法力解放」
母さんからブワッと球状に風の膜の様なものが一気に広がるように感じる。
その膜はあっという間に僕たちをも飲み込み、喜樹をも軽く覆い尽くして膜を領界とし領域を区切った。
少しだけ遅れてその領域を法力が満たしはじめると直ぐに『キンッ』と鳴って領域の中を法力で満たされた。
これはさっきまで母さんがプッツンで出していた感じとは全然違う。
完全に満たされているから風みたいなのはあんまりないんだ。
ただ、母さんの周りにだけゆっくりながれて五本になった尻尾と長い髪とを仄かに湧き立たせた。
何度かは見た事がある。この法力により充たされた領域を東法術では法域って呼ぶらしい。
ただ、何度かは見た事があるんだけどこれほど大きいのは初めてだった。
僕はゴクリといっかいつばをのんで見ていると、シイ様がくるっと喜樹の方を向いて近寄り両手を幹について喜樹に尋ねる。
「申す、申す」
シイ様は声を法域の壁で反射させるように二重に響かせた。
「こちは樹妖精シイ。そちはその腕に幾千万の命を抱いた王たる樹。八千二百五十二回の四季をを迎えた喜の王樹と存じ尋ねる。かの法力のものはそちの慈愛を頼りに参られた。そちがかのものに答えるならばその慈愛をかのものに恵まれよ」
シイ様が話した声の反響が完全に静まると、ポゥとシイ様の手が喜樹と触れてる部分が少しだけ光る。
シイ様はそのまま背中越しに話す。
「かの法力のもの、こちらへ参られい。そして、こちの手の甲の上にその掌を重ねられよ」
母さんはシイ様の方に静かに歩いて行くと、シイ様の後ろから手を重ねる。
「かの法力のものよ。喜の王樹に名と望み対価の三つを示せ」
母さんは息を軽く吸う。
「我が名はチハヤ、望みは喜の王樹の慈愛をのせた紙、対価は我が法力」
その声で喜樹を響かせる。
手が触れている部分の喜樹の明かりは少し強くなる。
「約は成った。対価の法力を注がれよ」
シイ様はそういうと法域を満たす法力はそよ風のようにゆるやかに喜樹ヘと向かう。
その流れが始まるとシイ様はそのまま喜樹の中に入って行った。
しばらくしたら喜樹の明かりは消えてそよ風も止まる。
シイ様は東紙の束をもって出てきて、そのまま母さんに差し出した。
「望みの品を受け取られよ」
「喜樹の東紙、確かにこの手に賜りました。」
母さんは恭しく受けとるとそのまま呟く。
「法域散開」
法域はパッとシャボン玉のように弾ける。
そして、ふわふわ漂うようにゆっくりと法力は母さんの元へ帰っていった。