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秘薬

 この人があのライガさんの額に傷を?

 僕は頬をつりあがらせて笑う獅子族の人を見上げた。

 この人は確かに強いのかもしれない……

 でも……


「何を偉そうに言ってんさっ!」


 カリンさんの怒ったような声飛び込む。


「子の額を叩き割った事を自慢なんか出来たもんじゃないだろっ!」

「フフフ、吠えるねぇ」


 愉快そうに獅子族の人は口をゆがませた。


「でもしかたねぇじゃねぇか。賭けで負けた上に酒が切れてイライラしてた時にちょろちょろまとわりついてきやがるんだから。まともな親父でもつい酒瓶で殴るくらいの事はあるんじゃないかね」

「アタイの父ちゃんは絶対にそんな事はしないっ! アンタみたいなのがまともな父親を語るなっ!」

「うるせぇっ! キャンキャン吠えてんじゃねぇっ!」

「――ぐっ!」


 獅子族の人はカリンさんの髪の毛を引っ張って顎を上げさせる。 


「そんなに言うんならその綺麗な顔をアイツとお揃いにしてやろうかね?」

「アタイだって冒険者のはしくれさ。そんな傷が付く事なんか怖かないさね」

「……よく言った。上等じゃないかね」


 獅子族の人は笑う。

 けど、その目はひどく冷たくカリンさんを見ていた。

 カリンさんも気丈な瞳で見返す。


「お、親分――。さすがにそれはまずいですよ」

「あん?」


 そこに僕を捕まえた黒狸族の人が割って入る。


「毛の先ほどの傷も付けたら許さないって言ってやしたんでしょ? そんな事をしたらライガの奴が何するかわかりやせんぜ」

「先に手は打ってあるだろうがよ。一石二鳥のやつをよ」

「で、でやすが」

「けっ! あいつにビビリ過ぎだ。……まぁいいかね。あいつも関係ないやつでもねぇ」


 そう言うとカリンさんから手を離す。


「良かったな。ライガに守られて。女冥利に尽きるってもんじゃないかね」

「……くっ」


 悔しそうにカリンさんは唇をかむ。

 よほど強く噛んだのか唇が切れて血が少し流れた。

 それを見て獅子族の人はニタァッと笑う。


「おっとっと、それは俺が付けた傷じゃないからな。ライガに言いつけないでくれよな」

「黙れぇっ!」

「フッ、フフ、フハハハハハッ! ――さて、そろそろ時間かね。ちと顔出しでもしてくるか」


 獅子族の人はひとしきり高笑いをすると、僕の方をちらっと見る。

 

「おい、ガキも縛っとけ」

「へいっ! って、坊主もですかい?」

「どういう縁かしらんが、曲島のガキだろう。大した事はできねぇだろうが東法術でも使われたら厄介かもしれんからな」

「確かに。じゃあそこの娘みたいに封魔石も使いやすか?」

「これからがっぽり金が入ってくるたぁ言ってもガキ相手にそんな大盤振る舞いする必要もないかね。印を結べねぇように後ろ手に縛ってりゃ十分だ」

「へいっ」


 子分の黒狸族の人にそう指示をすると、獅子族の人は出ていったのだった。


 ◇◆◇


 控室でライガは小さな小瓶を握り締めてうなだれていた。

 どうしてこうなったのか、なぜ喧嘩別れした時にカリンをすぐに追わなかったのかと。

 そんな思いが頭をめぐる。


 思い返せば大雨の日の事だった。

 喧嘩をした日はついにカリンは宿に戻ってこなかった。

 カリンに冒険者としての心得は嫌と言うほど叩きこんである。

 一日二日戻らない程度は何ら心配する事も無い。

 だが、ライガは妙な胸騒ぎを覚えた。

 自分が嫌われて宿を変えているだけなら問題ない。

 しかし、村にある宿を端から当たっても居ないようだった。

 それならリックの所かとも思ったがそこでもないようだ。

 もしかしたら村から出ていってしまったのか? とも思った。

 それにしては宿に荷物のほとんどを置いて行ってしまうのはあまりに間抜けである。

 一体どこに……

 そう思って雨の中カリンを探していた時だった――


「いよう。久しぶりってとこかね。ライガ」


 突然後ろから声を掛けられる。

 それは聞き覚えのある声で、一瞬額がうずいた。

 

「何の用だ。シザー」


 ライガは顔をわずかに後ろに向ける。

 そこには多少老けてはいたが見覚えのある獅子族の男が居た。


「呼び捨てかね。偉くなったもんだ。いや、実際に偉くなったか。なんせあのヴォルクスに喧嘩売れるほどになっちまったんだからな」

「……用が無いなら行くぞ」

「ちょっとつれないんじゃないかね? 十五年ほど会ってなくて感動の再会と言ってもおかしくないってほどなのに」

「こちらは出来るならもう会いたくはなかったがな。それに今はお前に構っている暇は無い」


 ライガはそう言うと再び歩き出す。

 すると、シザーも後からついてきた。 


「人をそう邪険にするもんじゃねぇって教えなかったか? ライガ」

「教わった覚えは無いな」

「クックック。そうか、教えてねぇか。まぁいいや」


 シザーはニタニタと笑う。

 ライガはそれに苛立ちながら、少しずつ歩くスピードを上げていく。


「おいおいっ、なにカリカリしてんだ。それより人を探してるんじゃないかね? 直角族の女、カリンって言ったかね?」


 ライガはピタリと足を止めた。


「何処でそれを知った」

「獣人の中でもひときわでかくて目立つお前が、獣人でもねぇでかい女連れてたらそりゃわかるってもんじゃないかね」

「だとしても名前まではわからんだろう」

「そりゃそうだな」


 シザーは軽く肩をすくめた。


「たまたまお前とあの娘が微笑ましく口げんかしてるのを聞いちまってよ。それを見かねて娘がお前と別れた後に声をかけたってわけよ」

「……それで拉致をしたのか」

「人聞きが悪いねぇ。保護と言ってほしいねぇ」


 食ったような笑みを浮かべる。

 シザーは保護と言うがやはり拉致で間違いないだろう。

 ライガは一瞬頭に血が上るのを感じたがふと冷静になる。

 この男を今すぐ締め上げるのは簡単だ。

 しかしシザーは特にどこかを痛めた様子も見受けられない。

 身内びいきと言うわけでもないが、カリンはもうそれなりの腕の冒険者で、直角族故か体格の良さ以上に力もある。

 いくら油断していたとしても、カリンを無傷で押さえる事が出来るだろうか。

 ……とすると、どこかに仲間が他に居るか。


「……要求は何だ? 金か?」

「話が早くていいな。ずばりそう言う事だ」


 シザーはそう言うと白髪交じりの自分の髭をなぜる。

 やはりか……、ライガは嘆息した。

 しかしわかりやすい要求で助かったとも思った。

 これでも冒険者として名の売れているつもりであり、ある程度の稼ぎ方の心得もあるため、シザーが一旦は満足する程度の蓄えもある。

 それに、カリンの安全さえ確保できればそのまま叩きつぶしてとり返す事だって出来るだろう。

 まずは要求をのむのが上策か。


「だが、お前の金には興味が無いがね」


 そう思っていたところにシザーから予想もしない言葉が飛び込んだ。


「どういう事だ?」

「知ってるかね? 今度のお前の予想されてる倍率は五倍ってところだ。今度の事は俺はお前が勝つ方に大量の金をかけようと思う。なんせお前は俺の自慢の……だしな?」

「そんな事は初めて聞いた気がするな」

「そうだったか? クックック。こんな時くらい言わせろよ」


 シザーは酷薄に頬を吊り上げる。

 言葉とは裏腹に感慨深さなどなにも感じていないのは間違いないだろう。


「そんな事はどうでもいい。それとカリンの事と何の関係がある」

「お前も大概規格外に強くなってるみたいだが、あのジジイはもう一つ得体のしれない強さがあるからな。このままじゃやっぱりお前が舞えると俺は見ている」

「……翁に毒でも盛れと言うのか?」

「察しがいいねぇ。さすが超一流冒険者様だ。だがちょっと違うな。無駄に勘のいいあのジジイに毒を口にさせる事は、まぁ無理だろうな。だからよ――」

「むっ」


 急にシザーから何かを放り投げられ、ライガはそれを受け取る。

 見てみると何かが入った小瓶のようだった。


「これは?」

「お前もしらねぇ事はねぇだろうがね。昔からある獅子族に伝わる秘薬だ。筋力と魔力を瞬間的に増大させるよっく効くお薬さ」

「盛るのはこちらと言う事か」

「人間族じゃねぇんだ。卑怯だなんて言うまいね?」


 当然ライガもそれは知っていた。

 古くから獣人の戦士はその瞬間に強いものが一番偉いとされてきた風潮がある。

 そのため今度の戦いでこういった薬を使ったところで非難する者はいないだろう。

 だが、その秘薬には問題が二点ある事もライガは知っていた。


「……わかった」

「随分素直だな。当然デメリットも知ってるんだろう? そんなにあの娘が大事かね。確かになかなか見れた顔立ちはしてるし、うまそうな体はしてるかね」

「カリンには絶対に手を出すな」


 ライガは今にもシザーの喉笛を食いちぎらんばかりに睨みつける。

 そんな中でもシザーはライガが手を出さないのをわかりきっているのかニタニタとした笑いは崩さない。


「恐い恐い。そんなに睨むな。ださねぇよ。獣人以外は趣味じゃねぇんだ」

「そういう意味だけじゃない。口より先に手が出る男だ。カリンにもし毛の先ほどの怪我でもさせてみろ。必ず後で後悔する事になるぞ」

「よっく覚えとくよ。だが、そっくり返してやるかね。お前がその薬を飲まなかったりジジイに負けたりしてみろ。その時点でお前が後悔する事になる。フ……、フフフ。フハハハハハハ」


 どしゃ降りの雨の中シザーは踵を返して去っていく。

 一層強く雨が降り出すとシザーの後ろ姿と高笑いはすぐに雨にかき消されていった。


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