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「まだよ。まだ全部終わっていないんだから」

 六角広場につくと広場は人がごった返していて、ステージの上にはもう二人の人が立っていて、すぐにでも飛びかからんばかりの気迫を感じる。

 でも、立っている人はヴォルクス様でもライガさんでもなかった。


「あれれ? 違う人が立ってるよ」


 姉ちゃんが首をかしげる。


「ヴォルクス様達の決闘はもっと後よ。あの人たちは他の村の腕自慢の人たちね」

「え? なんで他の人が?」

「名前を売ったりしてが目的かしらね。名前がある程度売れてないと、ヴォルクス様に挑戦状叩きつけても相手にしてもらえないの」


 確かに、全員の挑戦を全部受け付けてたら大変かもしれない。


「あと、日程決めたり、舞台をつくって封魔石も用意してってこれくらいしっかりしていたらお金稼ぎにもなるしね。だからこう言う時は必ずそれなりの腕自慢が集まるわ」


 母さんはそう言うと、広場のなかでもいっそう騒がしいところを指差した。

 そこにはたくさんの人だかりが出来ていて、その中心に大きな掲示板のようなものとやや細身の黒狸族の人がいた。


「さぁ、張った張った。黒豹族のポレオと茶狸族のヌーンの対決だ。ポレオは前回でもいい戦いを見せてくれた、豹族の柔軟な敏捷性を生かしたファイターだ。ヌーンは茶狸族の若手随一の期待株、その若さが吉と出るか凶と出るか」


 威勢のいい声で騒がしい周りの中でも、その黒狸族の人はしっかり声を通す。


「ポレオは前はなかなか動きがよかったからな。ヌーンとかいう成人なりたてのひよっこも運が悪かったな。よし、ポレオに二口入れるぞ」

「俺もポレオだ」

「じゃあ俺もっ」


 一人が口火を切ると、こぞって周りの人がそれに続く。


「オイラは、ヌーンにだっぽ。茶狸族の誇りに百口だっぽ」


 茶狸族の人がそう言うと、一様におおっとどよめきが上がる。


「金にうるさい狸族が……。よし、俺はヌーンに二口だ」

「俺もだっ」

「じゃあ俺もっ」


 賭けごとをしているところは茶狸族の人の一言で一層盛り上がりだした。


「ああやって賭けごとしているところの一部が勝ったら報償として貰えるのよ」

「そうなんだ」


 母さんの解説に僕はふむふむと頷く。

 そういう仕組みなんだなぁ。


「この勝負。ヌーンさんが勝つわね」


 姉ちゃんが妙に自信ありげにそんな事を言い出す。

 姉ちゃんは剣とか戦いの事をちょこちょこ教わっていたりするからわかるんだろうか。

 僕はさっぱりわからないけど、やっぱり姉ちゃんはそういうセンスがあるんだ。


「……カイト、理由知りたい?」


 姉ちゃんが僕の方をちらっと見ながらニヤッと笑う。


「うん、知りたい。なんで?」

「……乙女の勘。……かな?」


 妙にしたり顔の姉ちゃん。 

 ……かな? って言われても。

 どうかなー? 乙女はそんな所で乙女の勘を発揮するかなぁ?

 そう僕は首を傾げていると賭けごとをしている方から声が聞こえてきた。


「俺ポレオの事ちょっと知ってるんだけど、あいつの今回の意気ごみはすごいぞ。この戦いに勝てたら結婚するんだって言ってたからな」


 ……なんでかな? なんだか僕もヌーンさんが勝つ気がしてきたよ。

 実は僕も乙女だったんだろうか?


 それはそうと、ヴォルクス様とライガさんの仕合がまだみたいだしと周りの出店を見まわす。

 ぐるりとある店はこの機会に乗じてかいろんなものが売っている。

 なかでもこういう機会だとやっぱり食べ物を売っている店が一番多い。


「そうだ。パルさんの店に行こうよ」


 そう言えばパルさんも小さいけれどスペースがあるって言ってたはずだ。

 僕は姉ちゃんの提案にうんと頷いてパルさんが屋台を出すって言っていた方へと向かった。

 早くいかないと売り切れちゃうもんね。



 ◇◆◇



「……なんて、事なの」


 姉ちゃんが口をぽかんとあけながら呆けたように力なく膝をつく。

 僕も姉ちゃんの視線の追いながら、突き付けられた現実を見て天を仰ぐ。

 遅かったのか……


「仕方がないにゃー。売り切れたんだもんにゃー」


 パルさんが祭りが始まってすぐなはずなのに、もう店の片づけを始めながら僕たちに無情の言葉を投げかける。

 パルさんは普通の店を構えてても昼ごろには全部売り切れてしまうほどの人気だ。だったら、今日みたいな屋台でちょこっとした店を開く程度だったら一瞬なのは予想できたはず。

 見積もりが甘かった。

 もっと僕たちが早く出ていれば――

 母さんがもう少し早く準備をしていれば――

 ここに来てすぐにでもパルさんの所に行っていれば――

 そんないろんな「たられば」が頭をよぎるけど、後の祭り。

 僕は諦めと一緒に大きなため息を吐いた。


「まだよ。まだ全部終わっていないんだから」


 だけど、姉ちゃんの目は死んでいなかった。

 でも、その自信はなに?

 そう思ったところで姉ちゃんはパルさんの腰のポーチを指さす。


「そこにまだあたしの希望パンはあるんだからっ!」

「ふっふっふ……。そこに気付くとはさすがにゃー」


 パルさんが口の端を上げてにやりと笑うと、ポーチから紙袋を取り出す。

 姉ちゃんすごいっ! なんでわかったんだろうっ!

 さすが食べ物に関する執念は一味違う。


「さすがパルさん。あたしのために残しておいてくれたのね」

「違うにゃー。これはダメにゃー」


 そう言うとまたポーチにしまうパルさん。

 そして鼻歌まじりで片付け作業を続行し始めた。


「パルさん、ちょーだい」

「ダメにゃー」

「あたしの頼みでもダメ?」

「ソーラの頼みでもダメにゃー」


 食い下がる姉ちゃん。

 けど、パルさんも頑として首を縦に振らない。

 僕としても名残惜しいけどこれはさすがに……


「姉ちゃん諦めよう。しょうがないよ」

「ダメよカイト。ここでさがったら女がすたるんだからっ!」


 どんなプライドだよっ!

 僕がそうつっこもうとすると姉ちゃんが立ちあがった。


「パルさん。どうしてもダメなの?」

「ダメにゃー。どうしても欲しかったら奪ってみせるくらいの気概が欲しいにゃー」


 姉ちゃんがニコッと笑ってちょこんと首を傾げて可愛らしくお願いする。

 それでもパルさんはノーにゃーと言わんばかりに首を横に振る。


「……そう。意地のぶつかり合いなのね。だったら奪うまでよっ――」

「ちょっ――」


 僕が止めるより先に姉ちゃんがパルさんに飛びかかる。

 ちょっと姉ちゃんっ! それ強盗っ!

 姉ちゃんが猛スピードでパルさんに駆けて行く。

 パルさんも一瞬楽しげに口元を緩ますと、細い眼が一瞬開いて猫目が光った。


「パルさん覚悟ー。――うわっ!」

「……ありゃ?」


 姉ちゃんの目が突然何かでふさがれて動きが止まる。

 迎えうつためにとっ捕まえようとしたのかパルさんの腕が同時に空ぶった。


「わわわ。何これ。パルさんの新技?」

「もう、ソーラったらおイタはダメよ。ごめんなさいねパルドレオさん」

「お母さんっ!」


 姉ちゃんは自分の目を塞ぐものをはがそうごとわたわたしていると、母さんがやってきてパルさんに深々と頭を下げる。

 姉ちゃんの目を塞いでるのは良く見たら式紙だった。

 いつの間に母さんってば、飛ばしてきたんだろう。


「お母さんっ! じゃないでしょ。ソーラったら」

「だって、パルさんには前の水月の時に簡単にあしらわれちゃったから悔しかったんだもん。冒険者試験に合格した今ならもう少しいけると思って――」

「そう言う問題じゃありません」

「……うー」


 母さんに叱られて珍しくしょんぼりと尻尾を巻く姉ちゃん。


「あっはは。なるほどにゃー、ソーラもいっぱしの武人って事ですにゃー」


 パルさんは感心したようにうんうんと頷く。


「チハヤちんソーラを許してやってにゃー」

「ですが……」

「ミーもかつてはそれなりに腕自慢の冒険者だったにゃー。そう言う気持ちはわからんでもないですにゃー。ソーラも、ミーだから取った行動ですにゃー。不良になったわけじゃないですにゃー」

「はぁ。パルドレオさんがそうおっしゃるのでしたら……」


 母さんはそういうと姉ちゃんの目に張り付けた式紙をぺリッとはがす。


「元々素質はあると思ってたけど、前よりもぐっと踏み込みがよくなってるにゃー。グッドにゃー」

「ほんとっ?」

「でも、直線的すぎるにゃー。そこはノーグッドにゃー」

「あうっ」

「だけど、その心意気やよし。ご褒美にゃー」


 パルさんはそう言うと、ポーチの中をごそごそと探ってさっきだしたパンの入った紙袋より小さめの紙袋を出した。


「コッペの焼いたクッキーにゃー。パンはだめだけどかわりにこれをあげるにゃー」

「わあっ! ありがとうっ! パルさんっ!」


 パルさんから笑顔で紙袋を受け取る姉ちゃん。姉ちゃんはさっそく開けると、中から芳醇な香りがしてきた。

 これはたまらない。

 いいなー、姉ちゃんいいなー。

 よしっ――


「カイト、分けっこしようね」

「――えっ? ……うん」

「はい、これカイトの分」

「ありがとう……。あれ?」


 姉ちゃんからのまさかの提案。

 そして姉ちゃんから渡された分は僕の方が少し大きかった。


「あら? ふふふ、ソーラったらどういう心境の変化?」

「……負けたのに貰ったようなものだしね。……あ、おいしい」


 姉ちゃんはクッキーをぽりぽりと頬張る。

 姉ちゃんも珍しいものがあるもんだと思いながら僕も貰ったクッキーを頬張った。

 ――さすがパン妖精のコッペちゃんのクッキー。おいしい。


「それにカイトもパルさんにかかっていこうとしていたみたいだしね」

「――ッ! げほっげほっ!」


 図星を突かれた僕は思わずクッキーを喉に詰めそうになる。

 ば、バレてたのかっ。

 そう思うとなんだか途端に恥ずかしくなる。


「あっはは。変な前例作っちゃったにゃー。今度からミーに襲いかかってもクッキーはでませんからあしからずにゃー」

「あ、あー……。そ、それよりさ。パルさんはそのパンはどうするの? 誰かにあげるの?」


 苦し紛れに話題を変えようとしてみる僕。


「これはライガちんに差し入れようと思ってにゃー。屋台をササッと片付けたらライガちんの控室行ってみようと思うにゃー。後で一緒に行くかにゃー?」

「うんっ! いくーっ!」


 僕が返事をするより前に姉ちゃんが元気良くそう返事をしたのだった。

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